第七十二話 来訪者

「いやぁん。起きてるなら早く開けて欲しいわ~」


 バタン。

 その魔物を目の当たりにした俺は、咄嗟にドアを勢いよく閉めた。


「ラグ?」


「いや、何でもない。多分幻だ」


 俺は額に手を当てて、頭を垂れる。

 どうも疲れてるみたいだな。

 変な夢を見たのもそのせいかもしれない。


「失礼ね。本物よ、ホ・ン・モ・ノ」


 二回目の聞き覚えのある言葉。

 顔を上げると、いつの間にか空いていたドアの向こう側には、いかついスキンヘッドの男が立っていた。

 きっちりと整えられたメイク。そいつのウインクでつけまつげが主張を激しくする。

 魔物であることに違いはないけれど、敵ではないことにひとまず安堵を覚えた。


「まーた失礼なこと考えてるでしょ」


 アスアレフのギルドマスター。カマール・チュチュレート。

 目の前に立つ魔物は溜息一つ吐く。

 いやいや、こんな真夜中に胃もたれする顔見せられて溜息吐きたいのはこちらの方だ。


「それより、中に入れてくれないかしら。会わせたい人がいるのよ」


 ギルドマスターはそう言うと、チラッと後ろを振り返る。

 その目線の先にはローブに身を包んだ小柄な人物。フードを目深に被っているため顔は良く見えないけど、体格的にはどうも女性のように感じられた。

 普段話している時とは違う、異様な雰囲気をギルドマスターから感じ取った俺は、無言でうなずくと二人を中へ招き入れた。


 ◇


 二人を中に招き入れた俺は、まずギルドマスターにルーシィを紹介し、ついでにウィッシュサイド占拠のその後について教えてもらった。

 結局あの事件は、リーゼベト側がウィッシュサイドの復興を全面的に実施することを条件に、アスアレフ王国に少額の賠償金を支払うことをもって二国間で和解がなされたらしい。アスアレフ王国としても、三国を落として勢いづいている大国を相手に一戦交えるのは分が悪い。落としどころとしてはこれ以上にないとして、その条件を飲んだとのことだ。

 とはいえ、今回の事件でフォーロックは二国間から追われる立場となった。ウィッシュサイドを陥落させたのはフォーロックの独断であるとリーゼベトが主張したためだ。まさにトカゲの尻尾切り。本人が聞いたら卒倒するだろうな。


「にしても、あのエアリルシアちゃんが生きてたなんて……。こんな嬉しいことはないわ」


 ギルドマスターは目に涙を溜めながらルーシィの手を握る。

 意外にも、ギルドマスターとルーシィは初対面ではないらしい。

 ルーシィは困惑した表情で俺に助けを求めているが、まぁ、ギルドマスターは小さい頃のルーシィに会っているらしいし、少しの間我慢してくれ。悪い魔物じゃないんだ。


「レレシィ――、あなたのお母さんとは旧友でね。気が合う仲でいつも一緒に居たのよ。美人四人で『麗しの四華』なんて呼ばれてたこともあったわ。懐かしわね」


 その名称付けた奴はどういう感性をしているのだろうか。どう考えても一本だけ毒々しい色をした何かが混ざってるぞ。


「あの――、そろそろ」


 遠慮が混ざった声色でそう告げたのは、先ほどから沈黙を続けていた謎の女。彼女の言葉を受けてギルドマスターは「そうだったわね」と居住まいを正し、ルーシィを解放した。


「紹介するわ。この子は……」


「いえ、それは私から」


 ギルドマスターの言葉を遮った謎の女は、被ったフードをまくった。

 そこから現れたのは金髪の少し幼さを残した容姿。少しつり上がった目からは厳しさというよりしっかりした女性と言う印象を受ける。少なくとも俺やルーシィよりは年上なのだろうというのは、彼女から漂う気品で察することができた。


「私はインステッド王国第一王女、ライラ・インステッドと申します。」


 ギルドマスターが連れてきた以上、そこそこの地位の人間だとは思っていたけれど、この国王女と来たか。また急に大物を引っ張ってきたなと俺はギルドマスターに目配せする。

 俺の目線に気付いたギルドマスターは、バチィン! とウインクをしてきたので、そっと目線をライラ王女へと戻した。


「まずこんな時間に申し訳ありません」


 ライラ王女は深々と頭を下げる。

 そしてゆっくりと頭を上げると、俺の顔、そしてルーシィの顔を交互に見た。


「お伺いしたのは他でもありません。お二方は聖獣さえ倒してしまうという実力をお持ちと聞いております。是非その力を私にお貸しいただきたいのです」


「ちょっとストップ」


 俺は彼女を一旦静止すると、ギルドマスターに目を向ける。


「嘘じゃないでしょ。アルニ村での一件、完全に二人の手柄じゃない。そう言えばニナちゃんは居ないみたいけど……」


「あいつのことは後で説明する。それはそれとして、俺がそんな実力者っていうのは見当違いだぞ。今まで奇跡的に運良く何とかなっただけで、俺はそんなに強く無い」


「あら、運も実力のうちって言うじゃない」


 間髪を入れずそう告げたギルドマスターを、俺はジト目で睨んだ。

 当然ながら、俺はルーシィの実力を疑っている訳じゃないし、それこそニナに劣るなんてこれっぽっちも思ってない。

 結局は俺自身なんだ。不安定なスキルしかない現状で、それこそ自分の力を見誤って易々と依頼を引き受けようものなら、ルーシィを危険に晒すことになるのは火を見るより明らかだ。ましてや聖獣を倒す実力の持ち主に依頼したい内容と聞けば、相応の困難さであろうということは想像に難くない。

 とはいえノースラメドへ渡る手段が無い現状で、王女に恩を売れるのも大きい。上手くいけば許可を得ることが出来るのは間違いないだろう。

 さて、どうしたものか――。


「ラグは強いよ」


 俺がそう思考を巡らせていると、後ろからルーシィの言葉が背中に刺さった。

 いつも通り俺にしか聞こえないくらいの小さな声。ただ、そこには明確に強く、重い意志を感じる。

 俺がゆっくりとルーシィへ振り返ると、彼女は真顔でじっとこちらを見つめていた。瞳の奥に金色の光を揺らめかせながら。


「私が保証する」


「ルーシィ?」


「引き受けるかどうかは別にどうでもいいの。だけど……、運だけなんかじゃない、それだけはどうしても伝えたかったから。ゴメン」


 ……、はぁ。

 俺は頭を掻きながら、ポンとルーシィの頭に手を乗せた。


「謝る必要なんて無いだろ」


 ルーシィにそう告げると、俺はライラ王女へと視線を戻す。


「とりあえず話は聞くけど、協力できるかどうかは内容で判断させてくれ」


「ええ、それで構いません。もともと私が無理を承知でお願いしている話ですから」


 ライラ王女は安堵したような声でそう言うと、軽く微笑みを浮かべた。

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