第七十五話 合間のゴブリン退治

「そっちに行ったぞ、ルーシィ!」


「エアリアル・エアブレード!」


 ルーシィの放った風の刃が、ゴブリンを真っ二つにする。

 立て続けに三体のゴブリンが襲い掛かるが、それらも全て、ルーシィは一瞬にして風の刃で切り裂いた。


「これで八体か」


 俺たちが居るのはグレナデから北部に位置するロレアの森。

 オリバーと分かれた俺たちは、明日までの暇つぶしとウォーミングアップを兼ねてゴブリン討伐の依頼を受けていた。

 討伐の証として、俺はゴブリンの耳を切り取る。この数が討伐個体数としてカウントされるから、忘れると倒し損となってしまう。


「もう数体ほど狩りたいところだけど……」


 持っていたロングソードで俺はゴブリンの耳を切り取ると、手早くアイテムボックスへしまい、辺りを見回す。


「なかなか見つからないね」


 俺の言葉を引き継ぎ、ルーシィも困った声色でそうつぶやく。

 ゴブリン退治は常に張り出されているから、もしかしたら他の冒険者に狩りつくされてしまったのかもしれない。

 そう思った矢先、少し遠くからゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。

 俺とルーシィは目で合図をすると、ゆっくりと茂みに隠れながらそちらの方へ近づく。

 少し歩いた先、そこには十数体のゴブリンが居た。

 なにやら棍棒を持った荒々しいゴブリンが数体、そしてその背後には弱そうなゴブリンが数体。

 前に居るのが雄で、後ろに居るのが雌のゴブリンだろうか。


 ルーシィ、魔法で一掃できるか?

 俺は静寂を発動しているルーシィに向け、心の中でそう投げかける。

 するとルーシィは首を横に振り、耳元まで近寄ってくると小声で「初級なら気付かず」とだけ告げた。

 詠唱が必要な精霊術や中級以上だとゴブリンに気づかれると考えてなのか、ルーシィから提示されたのは初級魔法。

 俺は少しだけ考えを巡らせ、こちらが先手を取るための牽制程度になれば十分だと判断して、頼むと心の中でルーシィへ伝えた。

 ルーシィはコクリと頷くと、手に魔法を集中し始める。

 そしてタイミングを合わせて、ルーシィはそのゴブリンの集団へ魔法を放った。

 放たれたのは数発の炎弾。初級魔法『ファイアーボール』だ。

 それらは荒々しいゴブリン数体にヒットし、その身を燃やし始める。

 俺はそれを皮切りに茂みから飛び出すと、近くに居たゴブリンを持っていたロングソートで切り裂いた。

 赤々とした鮮血が宙を舞い、金切り声と共にそのゴブリンは力なく地面へ倒れこむ。


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  剣の心得

   剣の使用時に、ステータスと剣の腕前が

  爆発的に向上する。


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 俺がランダムスキルで得たのはこの『剣の心得』という金スキル。

 昔の知り合いがこのスキルを使っていたから効果は知っていた。

 これがどれほど有用であるかも。


斬鼬きりいたち


 俺はくるりと反転すると左足を踏み込み、空を横に薙ぐ。

 瞬間、生み出された風圧が刃に変わり、まるでルーシィのエアリアル・エアブレードのように遠くのゴブリンの一体を切り裂いた。

 しかし当たったのは弱そうな雌ゴブリン。他の雌ゴブリンは俺のその攻撃に恐れをなしたのか、視認した俺からあからさまに距離を取り始める。

 この剣技、やっぱり見様見真似ではコンロールも定まらないか。実際このスキルが無ければ、俺のひ弱なステータスでは使うことすらままならない。ただ剣を横に振っただけで終わるし、何度か試してみたけれど一度たりとて使えたことは無かった。

 とはいえ、そんな俺でもこのスキルがあれば容易く使えるし、俺のステータスでもゴブリンを軽く屠ることのできる威力を出すことはできる。

 まさしくこんなスキルが俺は欲しかった。

 しかしそんな俺の攻撃は荒々しいゴブリン達の逆鱗に触れてしまったのか、ルーシィを狙っていた雄ゴブリンも含め、雌以外のそいつらは一斉に俺へ矛先を向けた。

 飛びかかってきた一匹の攻撃を俺は剣の腹で受け止め、力づくで押し返すと、今度はその背後から別の二匹が俺に飛びかかって来る。

 流石にヤバいと思い俺がバックステップで避けると、空ぶった二匹の攻撃は、地面へと向かい、その場に小さなクレーターを二つ作り出した。


「烈々たる溶熱、込めるは一撃の砲破、地走れ! 『フラムヴェーレ』」


 その短い詠唱の後、二匹のゴブリンはルーシィの方から放たれた地を駆ける炎の波に飲まれ、一瞬にして黒炭に変わる。

 俺を最初に攻撃したゴブリンは、その魔法に圧倒されて一歩、二歩と後ずさった。

 その隙を逃さず、俺は地を蹴りゴブリンとの距離を詰めると、渾身の袈裟切りでそのゴブリンを仕留めた。

 幾らかの返り血を浴びるが、そんなことを気にしている余裕はない。

 見れば、今まで傍観につとめていた雌のゴブリンも、さすがに戦況が悪いと悟ったのか、一丸となってルーシィへ向かっている。

 ルーシィはそんな雌ゴブリン達を、炎弾で次々と黒炭へ変えていった。容赦ないな……。


「ギエエッ!」


 そちらへ目を奪われていた俺の背後からけたたましい雄叫びが聞こえてくる。

 俺は舌打ちすると、振り向きざまに空を横薙いだ。

 そこにはたった今、上半身と下半身を分断されたゴブリン。

 それは宙で二つに分裂し、俺に攻撃することなく地面へボトリと落ちた。


 ――。


「これで最後か……」


 倒し終わったゴブリンの耳を俺は全て回収し終える。ルーシィも魔法の威力を調節してくれていたのか、ゴブリンは消し炭とまではなっていなかったので、事前に集めていた八体分を合わせてトータルで三十ほど集まった。

 結構な数を狩ったからなのか、ゴブリンの油や血でロングソードの切れ味が相当悪くなっていることに溜息をつく。

 剣は消耗品と言うが、また買い換えないといけないか。鍛冶師に頼んで砥いでもらうより、新しいのを調達した方が安いし。

 汎用品ではどうしても質が良いとは言えないし、贅沢を言ってはいけないのだろうけど、そこそこの業物が欲しいと思ってしまう。

 まぁ、俺がそんな業物を貰ったところでどうせ使いこなすことなんてできないだろうけど、それでもやっぱり憧れはあるよな。


「終わった?」


 魔法を連発し少し疲弊していたルーシィが、俺にそう声をかけてくる。


「あぁ、ちょうどな。そろそろ日も暮れてきたしグレナデへ帰るか」


 見れば空は綺麗な茜色。

 少しゴブリン狩りに没頭しすぎたかもしれない。

 俺とルーシィは、少しばかしの達成感を胸に、ロレアの森を後にしたのだった。



「あんたとんでもない臭いだね。さっさと風呂に入っておいで」


 ギルドへのゴブリン討伐報告後、俺たちが宿屋へ戻るなり女将さんからそう怒鳴られた。

 近接戦闘をしている以上、こればっかりはどうしようもないと思うんだけどな。ギルドの受付のお姉さんの笑顔はひきつってたし……、はぁ。

 俺は心の中でため息を吐くと、お風呂にとぼとぼと足を向けた。

 ちなみに女将さんにルーシィを止めてもらっていたので、今日もまたルーシィの思惑が遂げられることは無かったとだけ言っておこう。

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