第五十六話 フォーロックVSユレーリス

「纏うは業火。ソードエンチャント『真紅ルブルム』」


「眼下の礫、集い混ざり肥大となりて、思いのままに形踊る。『ジオクリエイション』」


 私の手には赤く燃え上がる剣、そしてユレーリスの手には石で形作られた灰色の細剣が握られる。


「そんな軟な剣で、私の剣が受けれてるとでも思うのか?」


「軟かどうかは交えてみれば分かる話です」


 刹那、右方から爆音が響き渡った。

 それと同時に私は地を蹴る。

 炎と石の剣、それぞれが鈍い音を立ててぶつかった。

 私はそのまま石の剣を砕こうと、剣に力を込める。


「っ?」


 しかし、拮抗は崩れない。


「軟……なのではなかったのですか?」


 ユレーリスは嘲笑うような声色でそう呟く。

 私は軽く舌打ちをすると、バックステップで彼女から距離を取った。


「ダメですよ兄さん。目線がそこまで逸れていては」


 そう言うユレーリスの見えない表情に、若干の苛立ちを覚える。

 ユレーリスのスキルは『石工の瞳』。

 石化の発動条件は彼女の瞳を見てしまうこと。

 つまり、瞳さえ見なければ石化することはない。

 頭ではそれが分かっているからこそ、目が合わないように、大きく目を逸らしてしまう。


「くっ……」


 瞬時に距離を詰めてきたユレーリスの石剣を避けきれず、頬に赤い線が刻まれる。


「『アースバインド』」


 ユレーリスのその声とともに、ツタが地面を割って生えた。


「今更そんな下級魔法が……」


 足をからめ取ろうとするそれを避けた時に、腹部に鈍い痛みが走った。

 見ると、そこには大きな土の塊。


「『アースバレット』」


 二重発現……か。

 よろめく身体に鞭を入れ、剣を構えなおす。


「はぁ……」


 すると、ユレーリスが退屈そうに溜め息をついた。


「これが仮にも七星隊長だった人の実力ですか……。私、スキル使いませんから普通に戦ってもらって大丈夫ですよ?」


「なん、だと……?」


 わなわなと剣を握る手に力が入る。

 ダメだ、口車に乗るな。

 私は再度呼吸を整え、地を蹴りユレーリスとの距離を詰める。

 そして、大きく振りかぶった炎剣を振り下ろした。


「っ!?」


 しかしその切っ先は何物にも触れず、宙を切り裂き、地面へと着地する。


「遅い」


 ユレーリスの冷たい一言。

 瞬間、私の左肩に燃え上がるような痛みに襲われる。

 見れば、彼女の石剣が私の左肩を貫いていた。


「ぐああああっ!」


 彼女は石剣を抜くと、追撃とばかりに再度刺突を繰り出す。

 何とか炎剣で受け止めると、また別の個所へ刺突が繰り出される。

 それを何度か繰り返すうち、防ぎきれなかった刺突が私の体躯の数か所を貫いていた。

 このまま受け続けていてはジリ貧が目に見えている。

 痛みを堪えながら、私は何とか彼女と距離を取った。


「まさか、シェーンハウゼン隊長に軽く習った剣技がこんなところで役に立つとは思いませんでした」


 ユレーリスは石剣に付着した血を振り払いながら、そう言った。


「シェーンハウゼン隊長?」


 恐らくユレーリスはマルビクスさんのことを言っているのだろう。

 だが、彼は私の前任。

 私が七星隊長に就任するのと同時に隊を退いたはずだが?


「あぁ、兄さんは知らないんでしたね。あなたが既に第七隊の隊長でないのは既にご理解いただけているかと思いますが、現在は空席となった隊長席にシェーンハウゼン隊長が戻られたのです。後継者が現れるまでという期限付ではありますが」


「そう、なのか」


 先ほどのユレーリスの話で私が除籍されたのは薄々感じていた。

 しかし、あれほど隊を退きたがっていたマルビクスさんが復隊するとは……。


「『剣聖』の二つ名は兄さんよりもシェーンハウゼン隊長の方が相応しい。剣の腕は兄さんなんかよりもシェーンハウゼン隊長の方が遥かに上ですから」


 ですが――とユレーリスは付け足す。


「キース兄さんならば、少しは違ったかもしれませんね」


 その言葉に思わず体が反応してしまう。


「兄さんが隊長になれたのもキース兄さんのおかげ。そう言えば、あの子は兄さんのことをキースさんと呼んでいましたが……一体どいういうつもりなのですか?」


 詰問するように、ユレーリスの語気が強くなる。

 

「あなたはフォーロック兄さん。決してキース兄さんではない」


 そんなことは分かっている。

 しかし、ロクスから別名を名乗れと言われたあの日、咄嗟に出てきた名前がキースだった。

 意図した訳じゃない……はずなんだ。


「だんまりですか。まぁ、いいです」


 言葉を返さない私に呆れたようにユレーリスは嘆息した。


「それよりもそろそろ代わってもらえませんか?」


 そして放たれる何気ない一言。

 一瞬、何を言われたのかが分からなかったが、追い付いてきた脳の処理が拒否の一択を示し始める。


「ダメだっ!」


 反射的に口から飛び出た。


「そんなのはダメだっ! お前相手にそんな……」


「ではそのまま私に串刺しにされ続けますか? 兄さんがそれを望むなら私は別に構いませんけど」


 言葉に詰まる。

 確かにこのままではユレーリスには勝つ見込みは薄い。

 だからと言って、彼は危険すぎる。

 実の妹でさえ彼は殺しかねないのだから。


 私は……どうすればいい?


「さて、そうこうしている間に向こうも決着がつきそうですね」


 私はハッと我に返り、ルリエルの方を見る。


「ルリエルっ!」


 私がそう叫ぶ先、全身を傷だらけにしながら宙へ浮かぶルリエルの姿がそこにはあった。

 そんな彼女に追撃しようと、複数の首が一斉に彼女に襲い掛かる。


 その光景を目の当たりにし、私の中で何かが弾けとんだ。


 私は有無を言わさず地面に剣を突き立てる。

 瞬間、剣に纏っていた炎が霧散した。

 それはソードエンチャントの解除を意味する。


 もう、迷っている場合ではない!


「やっとその気になりましたか」


 ユレーリスは嬉しそうにそうつぶやく。


 代わってしまえばもう後戻りはできない。

 一か八か。


「大事な妹なんだ。どうか――、どうか殺してくれるな」


 そう願いながら私は――。






 ―― やっとの出番だね ――

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