第六話 奴隷契約


「とりあえず俺は敵ではないと言っておく」


「……。この状況で信じろと?」


 現在俺は彼女に馬乗りになって抵抗を抑えている状態だ。


「拘束を解いたらそのまま逃げられそうなんでな。話を聞いてもらうまでは少し我慢して欲しい」


 俺は極力高圧的にならないように彼女に言う。

 彼女は少し考えた後、はぁとため息をついた。


「それで、あなたの目的は何ですか? 思うにリーゼベトの兵士たちの仲間ではないようですが」


「用があるのはお前の首から下げられているそれだ」


 彼女からペンダント上に下げられている小さい宝石。それこそがまさにスキルクリスタルだった。


「金ですか? それならこれでなくても、いくらかは手持ちがありますが?」


「いや、金が目的じゃない」


「……ということは、あなたは真にこれの力を知っているということなのですね」


 さすが、王族。やっぱりこいつもこれの隠された機能について知っていたか。

 スキルクリスタルは、10歳になった子供にスキルを開花させるためにあるものだと知られている。

 故にそれ以上の使い道は無いというのが一般的な考え方だが、実はそれ以外にもう一つ、特殊な機能がある。

 それは、普通の人はまず使うことがない、『スキルの追加』というものだ。

 なぜこれが普通の人が使うことが無いのか。

 スキルの追加を行うためには、SPスキルポイントと呼ばれるものが必要となってくるのだが、1つのスキルを追加するのにSPが100消費される。このSPはレベルが変動するごとに1ずつ加算されていく。つまりは、レベル100に到達した時点で初めてこの機能を使用することができるということであり、リーゼベト王国の騎士団でさえレベル40が平均の世の中で、この機能が使用されるなんてケースはあまりない。だからこそこの機能を知っている人間は各国で保有しているとされる王族か聖職者のみだ。

 ではなぜ俺がこのことを知っているのか。それは俺が神の申し子と呼ばれていた数年前。俺の将来を有望視していた父から教えて貰ったのだ。このままレベルが上がり続け100に達したならば、2スキル持ちになれるぞと。

 だからこそ5年前に気付くことができた。俺のこのレベルリセットというスキルの可能性に。


「では尚更あなたに渡す訳にはいきません」


 彼女は頑な眼差しを向け、胸元のスキルクリスタルをギュッと握った。

 別にそれが欲しい訳じゃなくて、ただそれを使わせて欲しいだけなんだが。


「どうしたら信じてもらえるんだ?」


「……」


 彼女は俺の言葉を受け、少し考える素振りを見せた。

 そしてハッとした表情で口を開いた。


「私の奴隷になりませんか?」


「は?」


 ぶっ飛んだ発想に思わず聞き返してしまう。


「ですから、私の奴隷にならないかと……」


「いや、それは聞こえてた。正気か? という意味で聞き返したんだ」


 奴隷とは、一般的に犯罪者かその親族がなるとされている。一部例外はあるが、奴隷になるということは、自分が過去に何かしらの罪を犯しましたと公言しているようなもの。だからこそ、俺もツヴァイトではという形をとられていたんだ。別に罪を犯した訳じゃないからな。


「恥ずかしながら今の私には私に与してくれる者が居ません。奴隷であれば、生殺与奪を握っている以上、私を裏切ることはできない」


「なるほど。絶対に裏切らない協力者が必要という訳か」


「はい。今は仲間が必要なのです。仮にそれが盗賊であったとしても」


 盗賊って俺の事? 俺の事なんだろうな。

 この状況からしてそう誤解されるのは仕方が無いとして、彼女の言う裏切らないという言葉には少し心を揺さぶられるものがあった。

 それに俺からしてもこれは魅力的な提案であることに変わりはなかった。

 まず、一つとしてスキルクリスタルをいつでも使用することができるようになること。そしてもう一つは俺にとっても裏切らない仲間ができるということだ。

 奴隷の使役者が奴隷を処罰することができるのは、使役者の意志に大きく反した時だけ。つまりは、彼女を裏切らない限り俺も彼女から裏切られることはないということだ。


「分かった、それでいい。契約の仕方は王族なら知ってるよな?」


「はい。昔嫌々覚えさせられました」


 それが今生きてくるんだから、世の中っていうものは皮肉なものだよなと思う。




 拘束を解いた俺は、立ち上がる彼女の目の前に跪いた。

 彼女はすっと息を吸い込み、目を閉じる。すると目の前に魔法陣が展開され始めた。


「我、ニナ・ユーレシュが命ずる。この者を我の名のもとに隷属させよ!」


 瞬間、魔法陣が俺の首元に纏わりつき、焼けるような熱さを感じる。せめて、焼き印を入れられるなら痛覚が戻る前にして欲しかった。

 数秒後、フッと痛みが引いていった。どうやら契約の儀式が終わったみたいだ。


「完了しました。あの、隷属させておいて何ですけど、本当に良かったんですか?」


 彼女は申し訳なさそうな顔で俺に尋ねる。


「俺が選んだことだからな。だから早くスキルクリスタルを使わせてもらえないか?」


 スキルクリスタルは国宝級の代物。例え奴隷堕ちを対価としたとしても、貰い受けることはできるものではないことは俺でも知っている。


「分かりました。ですがSPが100ほどなければあまり意味がないと思うのですが?」


「俺を使役してるんなら俺のステータス見れるだろ? 確認してみろ」


 普通ステータスはその人自身しか見ることができない。

 ただし奴隷の使役者は使役している奴隷のステータスを見るという特権が与えられる。


「えっと……」


 彼女はそう言いながら、自信の前に俺のステータスを開いた。


********************


ラグナス・ツヴァイト

Lv:2

筋力:GG

体力:GG

知力:GG

魔力:G

速力:GGGG

運勢:GG

SP:3047

スキル:【レベルリセット】


********************


 彼女は絶句していた。どっちの意味でかは知らんけれども。


「という訳で俺は今時点で30個ほどスキルが習得できる状態にある」


「信じられません。それにあなたのこのスキル聞いたことがないのですが」


「それについては後々説明する」


 早くという意味を込めて俺は右手を出した。


「わ、分かりました」


 彼女は俺に近づき、首元のペンダントをすっと差し出した。

 俺はそれを受け取る。そして、念じた。

 すると、何やら俺の中からごっそりと抜けるような感覚に陥る。ちなみにどのようなスキルが手に入るかは完全にランダムで運次第らしい。この辺りは開花の時と同じだ。

 徐々にスキルクリスタルが光を放ち始める。それは青色の光だった。

 まあ、あと29個スキルを手に入れられるし、最初はこんなものかと思っていると、クリスタルは緑色の光も発し始める。そして徐々に赤、銀、金という光をも纏い始めた。


 それはあの日と同じ、虹色の光だった。

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