第五話 5年後


 アスアレフ王国、末端の町、ウィッシュサイド。

 その町のギルドの一角に青年は居た。


「あんちゃんかい? スキルクリスタルの情報を欲しがっている物好きは」


 日に焼けた黒い肌。ガタイのいい男は、ニカッと笑って不愛想な青年に話しかける。


「あんたは?」


 青年は声に殺気を纏わせる。


「おいおい、いきなりなご挨拶だな。俺は情報屋のクリフだ」


 そう言ってクリフは手を差し出すが、青年は一瞥だけすると、フンと鼻を鳴らして拒否する。


「俺が欲しいのはスキルクリスタルの情報だけだ。いくらになる?」


 クリフはやれやれと手を引っ込めると、スキンヘッドの頭を掻いた。


「いきなり金の話かい。まぁいいけどよ。そうだな、5万エールでどうだい?」


 すると、青年は持っていた袋から、アスアレフ王国の紋章が刻まれた金貨を5枚取り出す。

 クリフはそれらを手に取り、鑑定の魔法を使って真偽を確かめた。


「よし、本物だ。最近は偽金が横行しているから悪くは思わないでくれよ」


「どうでもいい。さっさと情報をよこせ」


「まあまあ焦りなさんな」


 クリフは金貨を自分の懐へ納めながら、青年との距離を詰める。

 そして、声のトーンを落として話を始めた。


 内容としては、スキルクリスタルはとても希少なもので、王家の人間や聖職者しか保有を許されていない代物であること。そして、先日の戦争でリーゼベト王国が滅ぼした隣国、ユーレシュ王国の王族が、このアスアレフ王国内まで逃げてきており、その目撃情報がこのウィッシュサイドの近隣の森であったというものであった。


「つまり、その逃げている王族とやらがスキルクリスタルを持っているだろうということか?」


「ご明察。俺が知っているのはそこまでだ。後は自分の足で探してみるんだな」


 クリフはそれだけ言うと、青年から身を離し、じゃあなと手を挙げると、そのまま去っていった。


 ツヴァイトの屋敷を飛び出してから5年。

 やっと、やっとだ。やっとここまで辿り着くことができた。

 俺の目的を果たすためにはどうしてもスキルクリスタルを手にする必要がある。

 最初は教会のを使おうと思っていたが、リーゼベトでは如何せん俺の名が知れ渡り過ぎている。だからわざわざ隣国のアスアレフにまで足を運んだのは良いものの、どうやらスキルクリスタルを使おうと思うと、それぞれの国を統治している国王の許可が必要となるということが分かった。

 よそ者である俺に易々と許可が下りる訳もなく、仕方なしに俺はギルドに登録して日銭を稼ぎ始めた。本当はここで成果を出してから許可を貰おうと思っていたけれど、所詮レベル1がどうあがこうと限界はある。ギルドランクを5年でGからFにあげるのが精いっぱいだった。モンスターを倒すというものではなく、どちらかというと採取や雑用系ばかりをこなしていたためあまりランクが上がらなかったのだろう。

 だが、今までの奴隷のような生活を強いられていた俺は、引き続き質素な生活を続けることである程度の蓄えはできていた。

 そのため、ギルドの受付にスキルクリスタルを入手する方法を知っている人が居たら紹介して欲しいと頼んでいたのだ。


 そして話は今に至る。


 早速、クリフと名乗る情報屋から仕入れた情報にあった近隣の森とやらに行くため、傍らの剣を担ぐ。今は上手く使いこなせないが、一応護身用として持っているものだ。

 ギルドの受付に紹介のお礼だけを一言告げ、ギルドハウスを後にした。



 ウィッシュサイドから歩いて1時間。

 エキュートの森の入り口に俺は立っていた。ここは採取クエストなどで良く訪れているから道中も迷わず来れる。

 早速中に入ってみるが、様相は普段と変わらない。ここはそこまで強いモンスターも居ないため、気を付けていればエンカウントをせずに奥まで進むことができる。

 ある程度進むけれど本当いつもと何も変わらない。こんなところに王族が潜んでいるのか?

 すると微かだが、周りの木々がざわめいたのが分かった。

 誰か、来る。

 俺はすかさず近くの茂みに身を隠した。数十秒後、俺の進行方向から銀色の鎧をまとった兵士たちが十数名、隊を成して歩いてきた。


「くそう、どこに居る」


 隊の先頭に立っていた兵士が、悔しそうに言う。恐らく兵士長だろう。


「こうなれば手分けして森をしらみつぶしに探すのだ。見つけ次第始末しても構わん。なんとしても取り逃がすな!」


 はっ、と後ろの兵士たちが短く返事をし、散っていった。

 ……、どうやら噂は本当だったらしいな。なんせ、あいつらの鎧についている紋章はリーゼベト王国のもの。追っているのは、ユーレシュの王族に間違いないだろう。

 となれば、あいつらよりも俺が先に見つけ出す必要性がでてきた。

 地の利は恐らく俺にあるから、上手くいけば絶対に見つかるはずだ。


 数時間後――。


「もしかしたらこの森にはもう居ないのかもしれないな」


 俺も兵士たちに気付かれないよう気配を消しながら、隠れられる場所をしらみつぶしに探したけれど、結局見つからなかった。そうなると、俄然森を抜け出たと考えるのが妥当だろう。


「くそっ、折角掴んだ糸口だったのに!」


 俺は近くの木を殴りつけた。そうすることでこの苛立ちを緩和させたかった。

 どうしてこうも上手くいかないんだと思ってしまう。次にクリスタルの情報が手に入るまでどのくらいの時間がかかるのだろうと少し絶望もする。


 その時だった。


「居たぞー! 追えー、追えー!」


 近くから先ほどの兵士のものと思われる声が聞こえた。

 その声の方を向くと、こちらへ一人の少女が走ってくるのが見える。あれが、ユーレシュの王族か!

 少女は後ろを振り向きながら走っているため、前方の俺にはまだ気付いていない。

 俺はさっと身を屈めると、彼女が俺の下へ来たタイミングで、茂みの中へ彼女の体を押し倒した。

 俺と少女の体はもつれあいながら、上手く緑の中へ溶け込む。

 彼女は一瞬何が起こったのか分からないような表情をしたが、すぐに大声で暴れ始めたので「見つかりたくなかったら静かにしろ」と小声でつぶやき黙らせた。

 近くをカシャカシャと鎧の音を立てながら兵士たちがやってくる。


「居たか?」


「いや、また霞のように消えてしまった」


「だが、この辺りに隠れているのは間違いない。俺はこっちを探すから、お前は向こうを探せ」


 そう言って再び兵士が散開した。


 さてさて、急場はしのいだものの、咄嗟に生まれたこの状況、果たしてどうしようか。

 とりあえず、目の前ですごい睨んでくるこの子に俺は味方だとなんとか理解させるところからだな。

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