第四話 芽生えた思い
12歳になった。
本来ならば初等部を卒業する年。だが、奴隷と同様の扱いとなったあの日以降、俺は学園を退学扱いになった。父が通うだけ金の無駄だと決めてしまった。そうだな、無駄だと思うよ俺も。
だが今俺はその退学となった学園に居る。その理由は――。
「お嬢様、お帰りの時間です」
「臭いから近寄るなって言ったわよね」
そう言って、フェリシアお嬢様は小さな火球を俺の顔に向けて飛ばしてきた。初級魔法『ファイアーボール』だ。火球は俺の頬に当たり、火傷を作り出す。痛くはなかった。痛みなど随分と前から感じなくなった。
「すみませんでした」
俺は、軽くなった頭を彼女に向けて下げる。頭を下げることなど容易い。
彼女はそんな俺を一瞥すると、フンと鼻息を鳴らして去って行ってしまった。
「うわー、惨めだよねー」
「神の申し子って言われた時が懐かしく感じる」
「堕ちた申し子。誰が言ったか上手い表現だな」
それを見ていた元同級生たちが、遠くでヒソヒソと話しながら俺を笑う。
聞こえてるから。どうでもいいけど。
「なぁ、あいつって何しても痛くないらしいぜ、ほら」
そんな同級生の一人が、初級魔法『アイスニードル』を俺の足に向けて放つ。
数本の尖った氷が俺の両足に突き刺さった。刺さった場所が熱を帯び始め、血が溢れ出す。しかし痛みは感じない。この程度痛みなど感じようもなら、俺はとっくの昔に死んでいる。いや、痛みを感じなくなった時点で既に死人と同じなのかもしれないな。
俺は極めて冷静に、足に刺さった氷を一本ずつ抜いていく。そして全部抜き終わり、フラフラとした足取りで、フェリシアお嬢様が去っていった方向へ、歩き始めた。
「お帰りなさいませ、フェリシア様。ささ、ゲオルグ様がお待ちです」
「ええ。ありがとうベルベド。それよりもあの汚いのを寄越さないでくれる? 皆の前で恥をかいちゃったじゃない」
フェリシアお嬢様は、俺をギロリと睨んだ後、ベルベドに突っかかるように言った。
「申し訳ございません。あの奴隷めが自らお迎えに上がると言って聞かないものでして」
言ってない。行かないと食事を抜きにすると言ったのはお前だろうが。
「未練たらたらね。気持ちわる」
彼女は俺をギロリと睨みつけ、捨て台詞を吐きながら自室へと戻っていった。
「ラグナス!」
そして、厳しい口調でベルベドに呼ばれる。
「お嬢様のご機嫌を損ねるとは、貴様どういうつもりだ!」
どういうつもりも何も、お前の指示に従っただけだが。
「申し訳ございません」
「謝って済む問題ではない! 罰として今日と明日の食事は無いものと思え!」
ベルベドはそう言い、俺をバシンと殴り飛ばすと、憤慨した様子でお嬢様の後を追っていった。
ふん、どうせ最初から食事抜きにするつもりだった癖に、よく言う。
俺は、屋敷を出て馬小屋へ帰る。
この馬小屋の一角が今の俺の寝床だ。藁をしいただけの粗末なベッドだが、2年も使っていると慣れてくる。
座っている気力もなくした俺はそのベッドへ倒れこむようにして横になった。
心配してくれているのか、馬がブルルと言いながら俺の傷を舐めてくれる。俺が心を許せるのはお前だけだよ。
そう思い、馬の頭を優しく撫でてやると、ヒヒーンと言って嬉しそうに嘶いた。なぜ、ここまで懐かれたのかは知らないけれど、俺はこいつが居るお陰で孤独感はなかった。
安心すると眠気が襲ってくる。俺はそれに身を委ねながら夢の世界へと旅立った。
『スキルの本当の意味に気付きなさい』
はっ、と目が覚める。何やら変な夢だった。
何か女性のような人が俺の前に立ち、それだけ告げると消えていったのだ。
スキルの本当の意味? どういうことだ?
なぜか不思議と、ただの夢として切り捨てられなかった俺は、2年もの間見ることがなかったステータスを確認してみた。どうせ見たって毎日同じに戻るんだ。今更どうだっていうのか。
********************
ラグナス・ツヴァイト
Lv:1
筋力:G
体力:G
知力:GG
魔力:G
速力:GG
運勢:GG
SP:822
スキル:【レベルリセット】
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日が変わっていたのか、レベルが上がらなかったのかは知らないけれど、やはりレベル1のまま。
ステータスも初期値。ほら、何も変わってないじゃないか。
何がスキルの本当の意味に気付けだ。やはりゴミスキルはゴミスキル――。
俺がそう諦めかけた時、ある一つの事実に気付く。
あれ、
昔はここまでの数値は無かったはずだけれど……。
スキルの本当の意味に気付きなさい。
その言葉が脳内で反芻される。
ん、待てよ、ま、まさかっ!
そして俺は一つの推論に達する。俺の考えが間違っていなければ、このレベルリセットというスキルはとんでもない力を持ったスキルだ。一見レベルが1に戻るデメリットしか持たない効果だが、それがミスリードだったとしたら。
俺の手が震え始めた。いや、俺の推論は間違っていない。でなければこの高く跳ね上がったSPの説明がつかない。
既に絶望に支配され、生ける屍と化していた俺に再び希望という名の炎が灯る。
なぜ、何故俺はこの事実に2年間も気づけなかった。自分で自分を憎く感じる。
いや、考えを改めろ。2年間も気づけなかったんじゃない。2年間しか費やさずに気付くことができたんだ。あの王国の名のある学者たちでさえ辿り着けなかった答えの一端を確実に掴んだんだ。
俺は、強くなれる。それも以前など比べ物にならないほどに。
堕ちた申し子だと? ふざけろ。そう言っていられるのも今の内だ。
そうなれば、善は急げだ。俺は颯爽と立ち上がる。
隣の馬が、どうしたという表情でこちらを伺う。
「俺は今からここを発つ。お前だけはこんな俺にも優しくしてくれた。いつか俺が自分の強さを証明できた時、お前だけは迎えに来ると約束する。そうだ、ずっと馬と呼んでいて悪かったな。迎えに来る約束として今からお前に名前を付けよう。女の子だしルーシィなんてどうだ?」
馬はヒヒンと機嫌よさそうに返事をした。どうやら気に入ってくれたようだ。
「寂しいけど一旦お別れだルーシィ」
そう言って、俺は馬小屋を抜け出した。
遠くから、ルーシィと思われる嘶きが聞こえる。どうやら彼女も俺を後押ししてくれているみたいだ。
父は、俺などどうなっても良いと思っているのか、はたまた逃走を企てるなど一片も考えていないのか、俺に監視の目をつけるということはしていない。
故に、ツヴァイト家の敷地内を全て知り得る俺にとって、ここから脱走することなど造作もないことだった。
そして、俺は晴れて敷地を飛び出し、星が煌めく夜空の下、リーゼベト王国を駆け抜けていった。
俺を見限った奴ら、全員思い知るがいい。
この力でもう一度神の申し子として蘇ってやる。
芽生えたその思いを、胸に深く刻みこんだ。
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