幕間 再起の戦士①
静寂に満ちた暗闇の中。
ひやりとした石の冷たさを背中に感じながら、男は地面に座ったまま頭を垂れる。
――俺はこれから何を信じて生きていけばいいんだ。
何度そう思っただろう。
――俺が何を間違ったっていうんだ。
何度そう考えただろう。
だが、どれだけ悩み苦悩したところで、自分を閉じ込める鉄の檻が開くことはない。
リーゼベトの騎士学校を主席で卒業し、夢にまで見た七星隊へ入隊した時は天にも昇る気分だった。
これからは自分を育ててくれた国のため、そしてこの地に生きる民のため、身を粉にして働こうと、そして行く末は七星隊長になるんだと、そう思いながら向かった初任務の場所。そこで事件は起きた。
「フォーロック・アレクライトは隊を捨て逃亡した」
何者かに襲われ気絶させられていた俺は、別部隊の仲間に起こされた俺は、ただその一言だけを告げられ、拘束された。
訳が分からなかった。飲みなれていない酒の酔いにのまれ、眠気に襲われたところを何者かに不意打ちを食らってしまった俺への懲罰なのだろうかと最初は思ったが、どうやら違うと言うのは、他の仲間と共に馬車でリーゼベト王国へ移送されている間に分かった。
俺達七番隊は、リーゼベト王国の許可なく隣国アスアレフへ攻め入った罪で拘束されていた。
主犯格は隊長、そして隊士である俺達は共謀罪として捕らえられていたのだ。
「そんな馬鹿な話があるか!」
仲間の誰かがそう声高に叫んだ。
周りの仲間も同調する形で無罪を主張した。
そうだ、俺も声をあげなければならない。そう思い口を開こうとした瞬間、そんな俺たちを一瞥した別部隊の仲間が、腰から一振りの細剣を引き抜き、最初に声を上げた俺たちの舞台の仲間の首を無言で刎ねた。
噴水のように飛び散る血飛沫が一瞬にして俺たちの口を閉ざした。
そして兵士は細剣を腰の鞘へ戻すと、「黙れ」と一言、感情のない冷徹な口調で俺たちに告げた。
そこからはどうなったのか、記憶はない。
気が付けばこの薄暗い牢屋に閉じ込められ、どうなるのかさえも告げられぬまま、一体何日が過ぎたのだろう。
俺はこれからどうなるのだろうか。
何者にもなれぬまま、身に覚えのない反逆者としての烙印を押され、静かにこの地に眠ることになるのだろうか。
鬱屈とした気持ちの中、ふと気づくと遠くから足音が聞こえた。
コツコツと地面を鳴らすその音は、徐々に大きくなっていく。
そして俺の牢の前で一人の男が立ち止まった。
「ヨシュア・ジーベントだな」
そう告げる男の顔は、ちょうど影になっていて見えない。
しかしどこか聞き覚えのある声だ。
とりあえず何か反応をしなくてはと思い、コクリと何も言わずに頷く。
「よろしい。私の問いかけに反応ができるということはまだ心が死んでいない証拠。今はそれだけで十分だ」
そう言うとその男は懐から鍵束を取り出し、そのうちの一つを牢の錠へと向けて差し込んだ。
ガチャリと言う重い金属音と共に錠は取り外され、ゆっくりと牢の扉が開かれる。
「な……、ぜ?」
久しぶりに声を出したせいか、喉がつっかえて上手く言葉が出せない。
「騎士学校での成績から君のことは良く知っている。運命の巡り合わせとは言え、君ほどの男がこんなところで終わることを私は良しとはしない」
そう言うと男は鍵束を懐にしまい、俺に背を向けた。
「ここからは君の自由だ。君の能力ならばこんな場所からなど容易く抜け出せるはず。私は何も見ていない、好きなように生きるといい。だが、もし、君をこんな結末に導いた黒幕を許せないと言うのなら、例え国に牙をむいても己が無実を証明したいという闘志がまだ残っていると言うのなら、私と共に来い」
そう言って、男はゆっくりと来た道を戻り始めた。
――こんな結末に導いた黒幕を許せないか?
暗い水底に沈んでいた心が、徐々に熱を取り戻していくのが分かる。
――己が無実を証明したいと言う闘志がまだ残っているか?
止まっていた胸の鼓動が、高鳴りを響かせていく。
俺は立ち上がり、牢から飛び出ると、歩き去り行く男の後ろ姿を追った。
少し先、その立姿には見覚えがある。
そうだ、七星隊に入隊したあの日、祝いに訪れていた俺が憧れ目指すと決めた七人のうちの一人。
俺が追いかけているのを悟ると、その男は振り向かずただ足を止めた。
そんな男の後ろ姿に向けて、俺は片膝をつき、右手を左胸にあてがう。
交わした言動はたったこれだけのこと。
だが、しかし、それだけでこの人の偉大さが手に取るように分かった。
そして思わされた。俺はこの人に仕えるために生まれてきたのかもしれないと。
神から与えられた一筋の光明。繋ぎ止めた命。
どうせなら、この人のために燃やすことを今ここで誓おう。
「どこまでも付いていきます。隊長殿」
立ち上がり俺はそう言うと、隊長に駆け寄った。
リーゼベト七星隊の副官、総隊長の次席にして、第一番隊を統べる隊長、ボルガノフ・ツヴァイト。
『握殺』の二つ名を持つその男は、俺のその様子を軽く振り返って確認し、わずかに口元を上げると、何も言わずに再び歩き始めた。
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