第九十四話 黄金の宝珠

 扇に乗って風が生まれ、それが突風になり荒れ狂う。

 風は雷を纏いながら駆け抜け、飛行する魔物たちを次々と倒していく……そのはずだった。

 しかし現実に起こったのは、少し強めの風が前方に吹いたくらい。

 到底魔物には届かないほど、圧倒的に出力が不足していた。


―― イメージが足りない ――


 その様子を見ていたシルフがため息交じりに告げる。


―― ルーシィ、君がその扇で本当に魔物を倒せると信じない限り、扇は応えてくれないよ。それこそ漠然としたイメージなんかじゃなく、詳細なイメージでね ――


「詳細なイメージ……」


 私はこの扇でどうやって倒すつもりだったのか。

 それこそ一扇ぎすれば嵐のような風が吹き荒れ、雷が轟き、それらが魔物を蹴散らしてくれると、そう考えていたはず。

 いや、それを漠然と言わずして何というのか。

 嵐はどうやって巻き起こす? 雷はどうやって生まれる?

 どうやって……魔物を倒す……?

 

「っ……」


 私は膝をつき、奥歯を噛みしめた。

 想像ができないのだ。例え、この扇をもってしてもあの量の魔物を倒すことなんて。


「ルーシィ……」


 心配そうな表情でラグが私の肩を支えてくれた。

 その表情を見て、感情が溢れそうになる。

 見れば髪の毛の先端が瑠璃色に戻り始めていた。

 纏儀が解け始め、感情が戻ってきたのだ。


「私……私……」


 ポロポロと悔しさが雫となって目から溢れはじめた。

 纏儀が解ければ、いよいよ私はただの無力な少女に戻る。

 その前に何とかできるのは私だけだ、そう息巻いていたのに、結局祖精霊の力を借りてもこの状況を何とかすることはできなかった。


「私……精霊術士なのに……」


 街一つ救うことさえできない。

 精霊術士なのに……、私は何もできない。

 その瞬間、私の身体を温かい何かが包み込んだ。

 気づけば抱きしめられるように、私はラグの胸におさまっていた。


「あの時も言っただろ、一人で抱え込むなって」


 ラグの優しい声が耳を撫でる。


「お前が気付いたこと、知っていること、全部俺に教えてくれ。俺が力になる」


 懐かしい。

 そうだ、私は前に一度、この声、この言葉に救われた。

 あぁ、やっぱりラグは……、ラグは私の……。

 そこから、私はシルフとのこと、黄金の宝珠のこと、そして纏儀のことなどをラグに伝えた。

 決して上手な説明ではなかったと思う。

刻一刻と魔物が王都へ向かう中、ラグは黙って私の言葉に耳を傾け、焦らずゆっくりと話を聞いてくれた。


 ◇


 ルーシィの話を聞きながら、俺は一つ試してみたいことがあった。

 ここに来るまでの数日間で起きた不思議な出来事。

 それを確かめる人間がここには居る。


「ルーシィ、オリバーから貰った香水を持っているか?」


「えっ? これのこと?」


 ルーシィは自分のアイテムボックスから一本のガラス瓶を取り出す。


「あぁ、そうだ。それを俺に渡してくれ」


 ルーシィは無言でうなずき、それを手渡してくる。


「なぁ、オリバー。今のルーシィの話は聞いていたよな」


 俺は背後に立つオリバーに向け、そう投げかける。


「まぁ、大体は理解したつもりだけど……」


「この状況、似ていると思わないか?」


 言い終わる前、喰い気味に俺は言葉を被せる。


「似ている?」


「あぁ、シルフが語った伝説では、黄金の宝珠は花の国の遍く魔物を追い払ったんだろ。ということはその当時も花の国……、つまり王都グレナデは魔物に襲われていたことになる」


「その伝説は僕も読んだことはあるけれど、さすがにこじつけが……」


「お前、この香水どうやって作ったんだ?」


 俺の言葉に、オリバーは怪訝な表情を浮かべる。


「矢継ぎ早にどうしたんだい? この状況とその香水、今は関係が無いだろう」


「この花から作ったんじゃないのか?」


 俺は地面に無数に咲くものから一本を抜き取り、オリバーに見せた。

 黄金に輝く花弁をもつ、一本の花を。

 するとオリバーの表情がどうして分かったのかというものに変わる。


「答えなくてもそれだけで十分だ。この香水、香りが無いのが変だと思っていたけれど、それとは別に魔物を遠ざける効果があるんじゃないかと思ってな」


 奇妙に思ったのはトロル討伐のクエストを受けた時だ。

 パーティに女性が居れば確実にそちらを狙うとされるトロルが、ルーシィを無視して俺を狙ってきた。

 ゴブリン退治の時もどちらかというと俺の方に攻撃が集中していた気もする。


「正解とまではいかないけれど、遠からずってところかな。うちにこの黄金の花片が一片だけ厳重に保管されていてね。それを使って僕がそのライラ・ルーテットを作り出したんだ。ラグナス君の言う通り、もともとこの黄金の花の花片から抽出されるエキスには魔物が嫌がる臭いを発する効果があるみたいで……ってまさかっ!」


 そこまでペラペラとオリバーが喋ったところでオリバーは何かに気付いたように目を大きく広げた。


「この黄金の花こそが……伝説上の『黄金の宝珠』ってことなのか!?」


「俺の予想では……な」


 色々な情報を繋ぎ合わせると、黄金の宝珠が黄金の林檎であるという情報が眉唾物だ。

 

「伝説に照らし合わせると、この黄金の花のエキスを雨として王都グレナデに降らせることが出来れば、王都グレナデが襲われることはないってことになる」


「君は天才か!」


 興奮したオリバーが俺の肩を掴んで前後に揺らしてくるが、俺からすると、その香水を作っているお前自身が何故さっきのルーシィの話を聞いて気付かないのかと思ってしまう。


「で、どうやって雨を降らせるんだい?」


 オリバーからの核心をついた質問。


「あぁ、それはな……」


 そして俺は胸の中で小さくなっているルーシィの両肩に手を置いた。


「その扇で、できるかルーシィ?」


「えっ……」


 俺は力を失ってなのか、通常サイズほどの大きさに縮んでしまった扇を指して、そう尋ねた。

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