第九十五話 新しい魔法

「さっきは、詳細なイメージが掴めていなかったから力が発揮できなかったんだよな?」


 コクリと私は頷いた。


「黄金の花から魔物を遠ざけるエキスを抽出して、風に乗せながらそれを雨雲化してグレナデ上空に降らせるんだ。ただ嵐を発生させるとか雷を発生させるとか単純なものじゃない。できるか?」


「やってみる」


 私はラグの言葉を受けて自信を持って頷いた。

 なぜだかラグの言葉だとできる気がした。

 ラグの言葉は魔法の言葉、私に勇気と希望を与えてくれる。

 例え纏儀が解けかけている今であったとしても、こんなに扇が小さくなっていたとしても。

 先ほどまでよりも明確に私にはイメージができる。

 ラグが伝えてくれたこと。その言葉通りに、私はただ形作る。

 立ち上がった私は、黄金の花畑の手前側に移動し、扇に力を込めた。

 すると、扇はみるみるうちに先ほどまでの力を取り戻し、元の大きさまで戻る。

 まるで私の気持ちを汲み、協力してくれるかのように。

 そして無言のまま私はその剣扇を扇いだ。

 今度は明確なイメージを持ち、それをただ単純に組み上げるように。

 すると先ほどとは打って変わって、風はとてつもない勢いで黄金の花を包み込み、黒々とした雨雲をあっという間に作り出した。

 それはどんどんと肥大化しながら上昇し、程なくして雲海の大樹を包み込むのではないかという大きさに成長した。


「行けぇっ!」


 私の号令に併せて雨雲は王都グレナデの方へ。

 そのスピードたるや、全力で向かっている魔物がまるで手を抜いているのではないかと思わせるものだった。

 雨雲はあっという間に魔物の群れを追い越すと、グレナデの上空へ到着し、透明な雨をその一体に降らせる。

 するとどうだろう。今まで意気揚々とグレナデに向かっていた魔物が、たまらないといった表情で引き返してきた。


「やったなルーシィ!」


 ラグが私の手を取って笑顔を向けてくれる。

 私もたまらず「うん」と笑顔でラグに返した。


―― ルーシィ。喜んでいるところ申し訳ないけど、行き場を無くした魔物は次にどこへ向かうだろうね ――


 私とラグが喜んでいると、今まで黙っていたシルフがそう語りかけてきた。

 私はハッとして真顔でラグに伝える。


「魔物がこちらに戻ってきてる」


 見れば魔物たちは方向を180度変えて、標的を私達に変更していた。

 魔物の群れが発生した時から逆算して戻ってくる時間は分かるが、いかんせん体勢を整えたところであの量の魔物を捌ききれる自信はない。

 ましてや纏儀の時間もあとわずか、一難去ってまた一難だった。


―― さて、ここで大仕上げだ。今の君なら使えるんじゃないのかい? 超級魔法が ――


「超級魔法!?」


 超級魔法と言えば、天才の中の更に天才しか扱いきれないとされる、魔法の中でも頂点の君臨する魔法のことだ。

 その威力は下手な精霊術なんて軽く凌駕するとされ、私も今まで見たことすらない。

 確かに使えれば、あの魔物の数も何とかなるかもしれない。

 だけど……。


「そもそも超級魔法の詠唱を、私知らない」


 仮に今纏儀のおかげで魔力が爆発的に上昇していたとして、超級魔法なんて使えるなんて到底思っていなかったから、詠唱自体を知らないのだ。


―― 無ければ今君が作りだせばいい。魔法っていうのは、魔力を糧としてボク達精霊の力を強制的に引き出すもので、そもそも大賢帝のやつがボク達の力を無理矢理使うために最初に作ったものなんだ。そこから新しい魔法は作られ続けている。そこで大事なのがさっきも言ったようにイメージなんだ。詳細なイメージさえできれば、新しい魔法を作り出すこともできるって訳さ ――


「新しい魔法を……作る?」


―― そうだ、それこそボクが君に課す最後の試練であり、それこそが唯一この状況を打破できる。君の中の一番強い想い、それを詠唱に変えて爆発させるんだ。そうすればボクは君の想いに応えることが出来る ――


「私の中の強い想い」


 眼前には迫り来る魔物の群れ。

 迷っている暇はないけれど、どうすれば。

 ふと目線を横に向けると、そこにはラグが立っていた。


「シルフとの話は済んだのか」


 優しく微笑むラグ。


「うん」


「んで、何だって?」


「超級魔法を……新しい魔法を作れって……」


 自分で発していてすら気付く、不安に包まれた声。

 そんな私の気持ちを推し量ってか、ラグがギュッと手を握ってくれた。

 その途端に私の心の中で少し靄が晴れていく。


「私の一番強い想いの力を詠唱に変えれば、シルフがそれに応えてくれる。それがシルフが課す最後の試練で、この状況を打破できる唯一の策みたい」


「そうか」


 そこでラグは少し考える様子を見せた。


「紫の脈動……」


「えっ?」


「いや、何でもない。それで新しい魔法はできそうなのか?」


「うん。さっきまでは不安だったけど、ラグに手を握ってもらって、不安が無くなって、そうしたら私の中に一番強いかどうか分からないけど、微かな想いがあるって感じたの」


 二つの記憶から紡がれた、とても小さな想い。

 だけど私の中では何よりも大事で、何よりも強いと信じられる想い。


「だからね、ラグ。一つだけお願い」


 そうして私は握ったままのラグの手を強く握り返した。


「私が、詠唱を終えるまで、手を握っていて欲しいの。ラグとの記憶が私の一番強い想いだから」


「あぁ、そんなことでいいなら幾らでも」


 ラグは向き合うようにして私の両手を包み込むようにして握ってくれる。


「懐かしいね。あの時も……、ラグがこうやってくれた」


「あぁ、覚えてる」


 ラグと出会ってからすぐの出来事。

 目を閉じれば、瞼の裏に鮮明にその光景が映し出される。


「またラグと生きて会えた時、私嬉しかった」


「俺もだ」


 ラグと再会するまでの間の日々。

 今でも脳裏を離れない。

 昂っていく気持ちを感じつつ、私は溢れ出る魔力に身を任せた。


―― 準備は整ったようだね。さぁ、君の想いをボクに聴かせておくれ ――


 私は、記憶を呼び覚まし、その想いを綴った。

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