第九十六話 ルーシィ①
―― エアリルシア・ロギメルの名において命ずる ――
北は『白氷の青殿』で有名な魔法王国ユーレシュがあり、東は花の都グレナデを王都とするインステッド王国と、とある貴族が実験を握ったラオツァディ―公国、そして南に目を向ければ、アスアレフ王国とリーゼベト王国という2カ国に囲まれている、その王国の名はロギメル。
ユレーリス大陸の中西部に位置し、横長の国土が特徴的な国である。
そのロギメル王国の王都マクベシアはファティムル地方と呼ばれる地域にあり、その王城は、石レンガ造りの古城であり、中庭をぐるりと石レンガの壁が囲うような、特殊な造りとなっていた。
そこには多種多様な花が植えられており、世界各国の花々が揃っているその場所は、ルーデンス王とレレシィ王妃の娘、エアリルシア・ロギメルのお気に入りの場所の一つだった。
心地の良い花の香りは、引っ込み思案な性格のせいで友達の居ない彼女の心をいつも癒してくれる。
そんな彼女の運命を変える出逢いは急に訪れる。
その日もいつものように花畑の中で、お供の精霊と憩いのひと時を過ごしていた。
安らぎの香りの中、少しの眠気が彼女の目蓋を落としかけていた時、突如「うわああぁっ!」という叫び声が中庭に響いた。
瞬間、ドサッという何かが落ちる音ともに急に目の前が暗転する。
「わっ!」
突然の出来事で驚嘆の声が小さく漏れる。
どうも何かが自分に被さっているらしい。
慌ててそれを触って確認すると、なにやらサラサラとした手触りの布のようなものであることが確認できた。
もぞもぞと身体を動かし、何とかその布の塊のようなものから抜け出そうとするが、上手く抜け出せない。
すると、そんな彼女を見かねてか、お供の精霊が風でその布の塊を吹き飛ばしてくれた。
この精霊の名はエウロと言い、精霊術士である母親が護衛にとつけてくれた風の精霊だった。
その精霊のお蔭で何とか再び太陽を拝むことが出来たエアリルシアの眼前には、一人の少年が立っていた。
この大陸では珍しい黒髪に黒い瞳の少年。
その黒髪には、トレードマークのように、まるで獣に引っ掛かれたような三本の白毛がピョコンと生えている。
少年はその黒い瞳を上空に向けており、ゆっくりとそれを自分に向けて降ろす。
そしてその少年と目があった。
しばしの静寂が二人を包む。
時間にして数秒。
その数秒がエアリルシアにはとても長く感じられた。
まるで二人のいるこの空間だけ時間が停止したのではないかと錯覚するほどに。
時折、暖かな風が頬を撫でる。
交錯する視線、そんな静寂を破ったのはその少年だった。
「えっと……」
少年は何を言ってよいのか分からないと言った表情で、視線を宙に泳がせた後、ゆっくりとエアリルシアに向け手を伸ばしてきた。
少年とはいえ初対面の相手から急に手を伸ばされ、エアリルシアは驚きとともに恐怖に身を強張らせる。
それを感じ取ったのか、エウロが風の刃で少年の手を牽制した。
少年には精霊が見えていないのか、何が起こったのか分からないといった様子で自分の手を見ている。
逃げるなら今だと感じ取ったエアリルシアは、少年に聞こえないほどの小声で精霊術を発動させた。
「根源の四元、風の祖精霊シルフ。我が呼びかけに応え、空翔ける力を我に。『エアリアル・スカイウォーク』」
少女は立ち上がり、自分の背後に階段状になった風の疑似地面を作り出すと、そこを駆け上がった。
何段か駆け上がったところで、石レンガの壁の頂上に到達し、エアリルシアはそのまま壁の上に降り立つと、近くのドアを思い切り開けて中に飛び込んだ。
そのまま建物内の螺旋状の階段を、勢いそのままに駆け上がる。
気づけば少女は物見塔の最上階、彼女の一番のお気に入りの場所に到達していた。
「はぁ、はぁ」
顎から垂れる汗を人拭いし、呼吸を整える。
そういえばどうなっただろうと中庭の方を見ていると、何やら数人の兵士に少年が取り囲まれているところが確認できた。
少女はもう大丈夫だと一安心すると、ゆっくりと壁に沿って腰を降ろす。
ここは有事の際などに周囲の敵影などを即時に捉える場所だ。
今のロギメルは戦時下ではないため、この場所はほとんど使用されておらず、両親でさえエアリルシアの一番のお気に入りの場所がここであることは知らない。
故に兵士たちもここに立ち入ることは無く、エアリルシアが一人きりになるにはこの上ない場所だった。
お気に入りの理由はそれだけじゃない。
綺麗な山々や広がる平野はとても綺麗で、この景色がエアリルシアは好きだった。
嫌なことがあった時でもここからの景色を見れば大抵のことは気にならなくなる。
そんな心落ち着ける場所だからこそ、先ほど少女を襲った睡魔が再び現れた。
思い切り走ったから体力も消耗している。
彼女が夢の中へ誘われるのにそう時間はかからなかった。
◇
「シア……、エアリルシア!」
何者かが自分の名前を呼ぶ。
ゆっくりと目を開けるとそこには、綺麗なドレスに身を包んだ女性が立っていた。
「こんなところに居たのね。手間をかけさせないで頂戴!」
父であるルーデンス王譲りの綺麗な金髪を靡かせながら、その女性はエアリルシアの右腕を思い切り掴んで立ち上がらせた。
「痛っ!」
思わず悲鳴にも似た声が出る。
そんなエアリルシアを見て、女性は険しかった表情をさらに険しくさせた。
「あんたがこんなところで寝ているのが悪いのでしょう。今から晩餐会だと言うのに、本当に愚図な妹ね」
そういえば今日は父から晩餐会が開かれると聞かされていたことを少女は思い出した。
各国の要人が集まってくることもあり、王家の人間は全員出席するのだという。
「ごめんなさい、ジャシータ姉様」
その事を忘れ、ここで寝ていたことに罪悪感を感じ姉に謝罪をする。
しかし姉はそんなエアリルシアを一瞥すると、フンと鼻を鳴らして再び少女の右腕を掴んだ。
「悪いと思っているならさっさとしなさいよ。全く、あんたのせいで父様やフランシス兄様が恥をかいたらどうするつもり!」
女性は叫ぶようにそう言うと、力の限り少女の腕を引っ張る。
エアリルシアはその力に抗うこともできず、そのままその場を後にしたのだった。
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