第十八話 ギルドマスター
はぁ、と俺はため息をつく。
結局語られたのは何ともひどい話だった。
元々推奨Aランクで募っていたが、あまりの報酬の低さに受け手がおらず、止む無くヨーゲンギルドの判断でBランク、そしてCランクと落としていったらしい。
「それで。死人が出たらどう責任を取るつもりだったんだ?」
「ギルドマスターと同じことを言うんですね。返す言葉もありません」
推奨ランクというのは、自分の力量と比較してクエストを受けるかどうかの指標となるものだ。
それを基にしている俺達からすれば、その指標が本来より高く設定されているのならまだしも、低く設定されているなんて言語道断だ。俺たちのことを舐めているとしか思えない。
それが分かっているだけに受付のお姉さんは、俺の言葉を聞いてシュンとしてしまう。
やべっと思ってアールヴを見ると、俺のことをやはり凄い形相で見ていた。うん、面倒くさいからとりあえず今は無視しよう。多少身体は痺れているけれど我慢できるから。
「んで、それとギルマスと何の関係が?」
「はい。今回の判断はヨーゲンギルドが独自に判断したものですので、アスアレフの全ギルドを統括するギルドマスターには話を入れてなかったんです。ただ、あなた方の報告と視察のタイミングが丁度被ってしまいまして……、全員大目玉でした」
「大目玉で済んだだけマシだと思うけどな」
「ですね」
うん、ビリビリが強くなってる気がするけど、まだ耐えるぞ俺は。
「それでギルドマスターがあなた方に是非お会いしてお礼が言いたいと申しておりまして」
「断っておいてくれ」
俺はそう言いながら踵を返す。わざわざ得体の知れない奴に会う必要もないだろう。
「待ってください。絶対お引止めをしろと言われてまして。私が怒られてしまうんです!」
「行くぞアーばばばばばばばばば」
お姉さんを無視してギルドを出ようとしたところで、体中に凄まじい電撃が流れた。
意識は失わなかったものの、こいつ、ほとんど最高出力でやりやがったな。
キッとアールヴを睨むと、彼女はこちらなど目もくれず、受付のお姉さんの手を取っていた。
「あなたがこれ以上怒られるのは不憫です。私たちでよろしければお力になりますよ」
ホントこいつ追われてる身なのを分かってるのか?
もう、私たちじゃなくて私だけで行って来いよ。
「助かります。では、応接室にご案内しますね」
受付のお姉さんは、カウンターからこちらへ出てくると、アールヴを案内し始めた。
それを黙って見送っていると、それに気付いたアールヴがつかつかと戻ってくる。
「何してるんです? 行きますよ、ロクス」
「へいへい」
しれっとドロンしようかと思ったのに、そうはいかなかった。
応接室に通された俺達は、ソファーに座って待つよう言われた。
数分後、ドアがギイと開き、誰かが入室してくる。
「お待たせ~」
部屋に野太い声が響いたかと思うと、現れたのは筋骨隆々のスキンヘッド。
顔はこれでもかと厚化粧がされており、何故か俺に向かって投げキッスをしてきている。
新種のモンスターか?
「アールヴ、構えろ」
「待ってください。ギリギリ人間です」
「んまっ。二人して失礼しちゃうわね」
そいつはクネクネとした動きで俺たちの前に座る。
贔屓目に言って気持ち悪い。そして帰りたい。
「私はアスアレフの全ギルドを統括するギルドマスター、カマール・チュチュレートよ。ギルドの皆からは『カマさん』や『チュチュちゃん』と呼ばれているわ。あなた達もそう呼んでくれると嬉しいわね」
「分かりました。ではチュチュちゃんと呼ばせていただきます」
え、そっち?
「ありがとう。えっとアールヴちゃんだっけ。それからあなたがロクス君ね」
何故か俺の方を見る時だけ視線が熱い気がするんだが気のせいだと思いたい。いや、気のせいであって欲しい。頼むから。
「今回はありがとう。うちの子たちの尻ぬぐいをさせるみたいになってしまって」
そう言ってギルドマスターは深々と俺たちに頭を下げた。
「本当にありがとう」
その熱のこもった謝辞に思わず面食らってしまう。どうやらそれはアールヴも同じようで、どう言葉を返していいのか分からないと言った表情を浮かべている。
俺たちが黙っていると、ギルドマスターは顔を上げ、ニカッと笑った。
「それにしても凄いわね。FランクとGランクで推奨Aランクのモンスターを討伐するなんて。あなたたち一体何者なの?」
最後の一言、そこだけ言葉に乗せられた力が違うように感じた。
お前達はどこの誰だ? 敵か? 味方か? 顔は笑っているが、声の圧から察するにそう聞いているように聞こえた。
案の定、アールヴはどうしようと言った顔で俺の方を見ている。ほら、言わんこっちゃないだろうが。
「それを聞いてどうするんだ?」
「恩人にこんなことを言うのは失礼だと思うんだけれど、あなたたちの存在を不気味に感じてしまうのよ。特にあなた」
そう言いながら、ギルドマスターは俺の方を指差す。
「根拠を聞いても?」
「女の直感ね」
「冗談は顔だけにしてくれ」
「あらやだ、直感って大事よ。それとロクス君。女性の顔をけなすのはデリカシーにかけるわね」
「冗談は顔だけにしてくれ」
「さすがの私も2回言われると少しへこむわ」
ギルドマスターがシュンと落ち込んでしまう。
「ロクス。チュチュちゃんがちょっとかわいそうです」
するとこそっとアールヴが耳打ちしてくる。かわいそうなのはちょっとだけなんだな。
あと、俺の耳元でチュチュちゃん言うな。耳が腐る。
「それで、まだ質問の答えを聞いてないんだけど」
やっぱり誤魔化せないよな。しょうがない。
「こいつ、ユーレシュの王女様。俺、こいつの奴隷。以上」
俺はアールヴの首根っこを掴んでギルドマスターへ突きつけてやった。
もう色々考えるの怠い。いい機会だから、身から出た錆って言葉をこいつに解らせてやろう。
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