第十九話 聖獣
「え、えええええええ!」
アールヴが俺に大声を上げながら俺に非難の目を向ける。
「ひ、ひどいじゃないですかロクス!」
「知らん。お前が蒔いた種だろう」
涙目でブーブー文句を言うが、もう面倒見きれん。
当然このギルドマスターが襲い掛かってくるとかになったら話は別だけれど、それまでは自分で頑張ってくれ。
ギルドマスターはというと、俺の言葉を聞いてジーっとアールヴの顔を見ている。
見られているアールヴはダラダラと汗を流しながら目を逸らしていた。
「あ、やっぱり? 薄々そうなんじゃないかなと思ってたのよね」
「は?」
俺は目を点にしながらギルドマスターを見る。気付いてたのか?
「あなた、ニナちゃんでしょう。大きくなったわね。昔のオリヴィアそっくりよ」
「おか……、母をご存じなんですか!?」
アールヴは応接机に手をつき、身を乗り出してギルドマスターにせまった。
「ええ。あなたのお母さん、オリヴィアとは古い付き合いなの。まだ小さい頃だけど、あなたにも会ったことあるのよ。覚えてない?」
「すみません」
「そう、残念。でもそう言うってことは、あなたニナちゃんで間違いないのね」
「はい」
アールヴがそう答えると、ギルドマスターは少し目を潤ませながら彼女を抱きしめた。
「良かった。王都が陥落したと聞いたときは心配したのよ。それで、オリヴィアは?」
「……」
アールヴは何も答えず、下唇を噛んだまま下を向いた。
それで何かを察したかのように、ギルドマスターは彼女を再び抱き寄せる。
「そう、分かったわ。もう何も言わなくて十分よ」
そう言って、アールヴの頭をポンポンと撫でた。
しばらくして、抱擁をやめたギルドマスターは俺に目線を移す。
「あなたのことも聞かせてもらって構わないかしら」
「断る」
俺は短くそう答えた。他人に自分の過去をべらべらと喋る趣味は無いからな。
「そう言えば私もロクスの事聞いたことなかったです」
「聞かれてないからな」
「では、聞いたら教えてくれるんですか?」
「いいえ」
「私、ロクスのそういうところ好きじゃありません」
「俺はお前の無鉄砲な正義感が好きじゃないけどな」
「お二人さん。イチャつくのは結構だけれど、私の事忘れてなーい?」
言葉の応酬をしていると、ギルドマスターが困った顔で割り込んできた。
「イ、イチャつくとかそんなんじゃありません!」
アールヴが顔を赤くして抗議するのをはいはいとギルドマスターが窘め、再度俺に目を向けた。
「別に語りたくないなら無理には聞きださないわ」
「そうしてもらえると助かる」
「むー」
アールヴは納得いってないように頬を膨らませる。
不本意だが長い付き合いになりそうだし、こいつにはどこかで話しておいてもいいのかもしれない。
「じゃあ次のお話に移るわね」
「まだあるのか?」
「ええ。これ、アルニ村の村長からのお手紙よ」
そう言って、ギルドマスターはポケットから1通の封筒を取り出す。
俺はそれを受け取り、中の手紙を取り出した。
読もうとしたところで、アールヴがぐいと身をこちらに寄せてくる。
「近いんだけど」
「こうしないと見えませんから」
まぁ、それもそうかと思ってとりあえず手紙に目を落とす。
内容としてはいたって普通で、村を救ってくれてありがとう的な内容だった。
「んで、これがどうしたっていうんだ?」
全てに目を通した俺は、ギルドマスターに尋ねる。
「そこに書かれてる大猪の名前、聞いたことない?」
そう言われて、もう一度手紙に目を落とした。
大猪の名前、大猪の名前……。
「あった。なになに……」
この度は大猪を倒していただきありがとうございます。この猪は昔から『エリュマント』と呼ばれ恐れられており――。
俺がそう読み上げた時、アールヴの顔色がどんどん青白くなっていった。
「まさか、聖獣エリュマンティアボアのことですか……」
「ご名答よ」
はぁ、とギルドマスターはため息をついた。
何だよ、聖獣って。
「ロクス君は知らないって顔してるわね。聖獣って言うのは、その地を守る土地神のようなものなの。この聖獣が居なくなった土地は枯れ、衰退へ向かっていくとされているわ」
あの大猪、そんな大層な生き物だったのか。どおりで無茶苦茶強いはずだ。
「だから聖獣には手を出してはいけないってか。まぁ理屈は分かったが、今回は仕方がないだろう。向こうが人を襲うようになったんだから」
しかし、俺の言葉受けたアールヴは首を横に振る。
「聖獣は本来人里離れたところで隠れ住んでいて、滅多なことでは人を襲わないとされてます」
「滅多なこと……か」
村人が手を出したことだろう。
「その事実を確認もせずに、おいそれとクエストとして出してしまったうちの責任よ。だけど一応当事者のあなたたちにも説明だけはしておこうと思ってね」
ギルドマスターは頭を抱えた。
「この手紙を読む限りアルニ村の人たちは知らなかったみたいです」
「だからアルニ村の人を責める訳にもいかない。当然ながら知らなかったあなたたちも含めてね。せめて、倒したのが1体だけだったらまだ良かったのだけれど。2体とも倒してしまった以上、もうこの世にはあの地を守ってくれる聖獣は居ない」
ん? 居ない?
「私、なんということをしてしまったのでしょうか……」
ギルドマスターと一緒になって頭を抱えるアールヴ。
いやいや、待て待て。
「居るだろ」
「「え?」」
アールヴとギルドマスターが声を揃えてこっちを見る。何言ってんだこいつはって顔で。オッサンは分かるけれど、アールヴが忘れてるのはおかしいだろうよ。
「お前のアイテムボックスの中に居るんじゃないのか。その聖獣様とやら」
俺がそう言うと、「あっ」とアールヴは短く声を上げてアイテムボックスを漁り始めた。
そして、一匹のクソ猪を取り出す。そいつは、呑気に鼻提灯を膨らませてグースカ寝ていた。
やがて、パチンと提灯が弾け、眠たそうに目をゆっくりと開く。
自分を覗き込む3人に、そいつは、何事かと目をしばしばと瞬かせて鳴いた。
ピギッ?
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