第百十五話 あなたは私の英雄だから
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
咆哮に合わせて放った一撃は、虹色の一閃となって機械竜を飲み込んだ。
その光の奔流に飲み込まれた機械竜の関節という関節が激しい放電と共にショートし、程なくしてギギギと鈍い金属音を鳴らしながら崩壊を開始する。
さながらそれは、生き物ではない機械竜の叫び声かのように周囲に轟き、気が付けば機械竜はバラバラの金属片へと姿を変えていた。
「はぁ、はぁ」
この願いの力を使ったことでの身体への疲労感はなかったけれど、レベルを稼ぐために幾重にも与えられた斬撃の痛みが俺の精神を大きく疲労させていたのだろう、ナノを地面に突き立て何とか立っていたものの、そのバラバラの金属片を見てほっと胸を撫でおろした途端、激しい眩暈が俺を襲った。
ぐらつきながら暗転していく世界。
やがて俺の記憶はシルフの「予想的中」という弾んだ言葉を最後に、プツリと途絶えた。
◇
―― ラグ ――
誰だ。
―― ラグ ――
俺の名前を呼ぶのは誰だ。
―― 目を覚まして ラグ ――
「うっ……」
ぼんやりとした意識の中、少しずつ瞼を開いた俺の目に飛び込んできたのは、木質の天井だった。
ここはどこだ。屋内?
体に伝わる少し硬めの感触。これはベッドに寝かされているのか?
「ラグっ!」
ふと俺の視界に飛び込んできたのは、青髪の少女。
「ルーシィ……?」
「良かった。このまま目を覚まさないんじゃないかって……私……」
ルーシィからは大粒の涙が溢れ、悲鳴のように叫びながら俺の胸の中で泣きじゃくる。
どのくらい時間が経っただろうか。
目を覚ましたころには居たはずのオリバーたちは気を遣ってくれたのか姿を消しており、部屋には俺とルーシィの二人きりだった。
ルーシィは、あの時から一体何が起こったのか俺に話してくれた。
どうやら狂音の機械竜を倒して気絶した俺を、何とかみんなでグレナデに運んでくれたらしい。
ライカやオリバーは無事だったようだが、バークフェンはあれからどうしたのだろうか。
色々と気になるところはあるものの、それは後で確認すればいいか。
それよりも先ほどからルーシィが俺のことを赤い目でずっと睨んできているのが気になって仕方がない。
「ど、どうしたルーシィ?」
「なんであんな無茶したの!」
「あんな無茶って……」
機械竜との戦闘の事だろうか。確かにレベルを無理矢理上げるためわざと相手の攻撃を受け続けていたけれど。
「俺には超回復があるのを知っているだろ。あのくらいじゃ俺は別に死んだりしないから」
「そんな保障どこにもない! 急にスキルが使えなくなったらどうするの!? スキルは万能なんかじゃないんだよ……」
「ルーシィ……」
「ラグのバカ! 私がどれだけ心配したかも知らないで。ラグまで居なくなったら私……、私……」
普段は感情を表に出さないルーシィが、今日だけは爆発させる勢いで俺に感情をぶつけてくる。
「ごめん」
怒るルーシィの顔を直視できず、視線を逸らしたまま俺は謝罪を口にした。
しばらくの時間、二人の間を沈黙が包む。
やがてそれを破るかのように、ルーシィがポツリとつぶやいた。
「何だか昔を思い出すね」
「昔……、か。そうだな」
そういえば、よくこんなやり取りをルーシィとしたっけか。
内容は取るに足らないことばかりだけど、まぁ当時は身体能力には自信があったし、そこそこ無茶をしたことも多々あるからな。その度にルーシィに怒られたけど。
「私ね、今とってもホッとした」
「安心したってことか?」
いつの間にか怒りモードを解除したルーシィが、俺を見上げながらコクリと頷く。
「人として、こうしてまた会えてからのラグは、どこか昔と違う雰囲気だなって思っていたの……。色々あったことは知っていたし、何がラグを変えてしまったのか、近くで見ていた私は分かっていたつもりで。だったら私があの頃のラグの笑顔を取り戻すんだって、そう思っていたけど、だけど、そんなことをする必要はなかった」
そのままルーシィはそっと俺の胸に手を当てる。
「だって、ラグはやっぱりラグだったから」
「? 何言ってるんだ。俺は……」
俺は俺だろ。そう言いかけて俺は言葉を止める。
この世のすべては、時とともに移ろい変化していく。
それは人だって同じ。
人は簡単に変わってしまう。例えそれが小さい頃から一緒に過ごしてきた家族や、大切な幼馴染だったとしても。
どれだけ信じていても、どれだけ想っていても、裏切られ、手の平を反される。
そんな想いを抱えたまま、俺は7年間という時を過ごしてきた。
だからこそ、再会して、ルーシィがルーシィのままだと分かって、俺はホッとした。安心した。
それは、変わり続ける日常の中で、ルーシィだけは変わってなかったと、変わらないものがあるんだとはっきりと分かったから。
「変わらない」
「?」
見ると、瞳の奥に金色の光を宿した少女が、こちらを真剣な眼差しで見つめていた。
「ルーシィ、スキルは……」
「何も変わらない」
そう言いながら、ルーシィは俺の頬へ自らの手をあてがう。
「あんなことがあっても、ラグはあの頃のまま」
「ルーシィ……」
彼女の手から伝わる温もり。
「私は私、ラグはラグ。それは今も昔もずっとそう」
俺の目から流れた一滴が、彼女の手を伝う。
「これからだって、あなたは私の英雄だから」
「おれ、は――」
こんなに言葉を温かく感じたのはいつぶりだろう。
知らず知らずのうちに凍らせていた心が溶け出るかのように、止めどなく涙が溢れ出す。
そんな俺の頭をルーシィは黙って抱きしめてくれた。
◇
「なぁ、ルーシィ」
「何?」
「そろそろ離してくれないか」
あれから数十分。
すっかり俺の涙は止まり、もう大丈夫だという意味でそう彼女に伝えてみるが。
「ダメ。まだこうしてる」
と、三度目の提案が却下された。
鼻孔をくすぐるのはルーシィの暖かな香り。
さすがに俺もそろそろ恥ずかしくなってきたのだが。
「それから、今日は一緒のベッドで一緒に寝るの。昔みたいに」
「いや、流石にそれはダメだろ!」
俺は力強く抱きしめてくるルーシィを何とか剥がした。
「今更恥ずかしがるような仲じゃないでしょ」
「今だから恥ずかしがるような仲なんだろ!」
ルーシィは今は馬でもなければ、お互い成長した男女なんだ。
その辺の距離感とかをもっとルーシィには弁えて欲しい。
「ケチ」
「ケチとかそういう次元の話じゃないだろ。俺だって男なんだ、その……なんというか我慢できなくなったりして、ルーシィはそれでもいいのか?」
直接的な表現は避け、男は狼なんだぞとそれとなく伝えてみる。
「ラグ――なら」
が、しかし、ルーシィはそれだけ言うと、顔を赤らめ、目線をそっと逸らした。
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