第百十七話 監視者
「寒っ」
馬車から降りた俺は、あまりの寒さに身を震わせ、狭いアイテムボックスから厚手のコートを取り出し慌てて羽織る。
ここはノースラメドとインステッドとの国境。吐く息は真っ白で、改めてオリバーから防寒着を持って来いと言われた意味を実感させられた。
「ルーシィは寒くないのか?」
ルーシィはと言えば、あの日と同じままの白色の巫女服を着ている。
薄そうな生地、袖口は手首まであるものの、膝丈のスカートを見るに、その恰好では凍えると思うのだけれど。
「全然」
しかしルーシィは平気だと言わんばかりの顔で首を横に振った。
「これは特殊な生地でできているから、この程度の寒さであればへっちゃらさ。何せこの先のノースラメドの雪氷の地でさえ平気で歩けるくらいの代物だからね」
シルフは、俺の疑念を払うようにそう説明してくれる。
精霊っていうのは何でもありなのかよと思う一方、俺にもそんなスキルがあればと思ってしまう。
そういえばと、今日のランダムスキルを入手していないことに気付き、そして俺は思い出した。
バークフェンにスカーレットから預かったスキルクリスタルを粉々に砕かれ、その結果ランダムスキルと言う有能なスキルを失ったことを。
そういえば結局あいつらはどうなったのだろうか。
いや、そんなことよりもこの事実をどうルーシィに伝えたものだろうか。
色々なことが瞬時に頭を駆け巡るが、いかんせん整理がつかない。
いずれにせよ、まだこのことはルーシィには話していないため、道中で伝えておく必要はあるか――。
「さあ、こっちだ」
俺がもやもやと思考を巡らせていると、オリバーが門の傍らに建つ一軒家を指差した。
「門はこっちじゃないのか?」
俺たちはこれからこのバカでかい門を通ってノースラメドへ向かう算段になっていたはず。
しかしオリバーは、「あれはただのハリボテだよ。今はね」とだけ告げ、ライカを連れてそそくさと歩いて行ってしまった。
ハリボテってどういう意味だ? なんて考えていると、ルーシィに袖口を掴まれ、「とりあえずついて行ってみない?」とクイクイと引っ張られる。
まぁ、結局のところオリバーに案内してもらわないとこの国境は越えられない訳だし、仕方ないかと、ルーシィに促されるまま俺達もオリバーの後に続いた。
「ここは……」
家の中は外より幾分か寒さがマシだった。
家具の具合などから廃屋という訳ではなさそうだ。
「ここは我が家さ。まぁ、とりあえず王都からの長旅の疲れでも癒やそうじゃないか」
そう言って、近くの椅子に腰かけるようオリバーに促された。
馬車で3時間程度の道程だったため、そこまで疲れている訳じゃないけれど、何かオリバーが話したいことがありそうな雰囲気だったため、俺は黙ってコクリと頷く。
オリバーは近くの暖炉に魔法で火をつけると、空いている椅子へ腰をかけた。
一つのテーブルを囲むように、皆がそれぞれの椅子へ腰かけたところで、そこから他愛もない談笑が1時間くらい続いた。
別に急ぐ旅ではなかったので、越境するための体休めと思い、俺も適当に話を聞いていたのだけれど、話が一段落したところでオリバーが「さて」と空気感を一変させた。
「唐突だが、ラグナス君は霊薬エリクサーを知っているかい?」
神妙な面持ちでオリバーはそう語り掛けてくる。
霊薬エリクサーと言えば、あの存在するかどうかも分からない伝説の霊薬のことだろう。
「あぁ、知っているが。それがどうしたんだ?」
「君はそれを持っているかい?」
「霊薬エリクサーを? そんな訳……」
ないだろうと言いかけて、オリバーの表情からそういう意味ではないことを悟る。
「スキルの事を言っているのだとしたら持っているぞ」
どういう訳かオリバーは俺のスキルことを何かしら知っている節がある。
本人に聞いても「来るべき時が来たら」としか答えてくれないが、恐らく彼は俺の持つエリクサーのことを言っているのだろうと、そう思った。
「やはりね」
俺の予想は的中し、それを聞いたオリバーは満足げに頷く。
「『エリクサー』。女帝を司るスキルクリスタルより得られしスキル。それを持つものがついに現れてしまったのか」
そしてオリバーは表情に影を落としながら続けた。
「君が僕の持つスキルクリスタルからスキルを得た時、確証に変わったよ。君が僕の待ち望んだ人間であると。これでようやく僕の監視者としての役目も終わる。いや、終わってしまうという表現が今は正しいかな」
満足そうな割に少し寂しそうな眼でオリバーはライカを見つめる。
そのライカは彼の視線に気づき、悲しげな表情で目を背けた。
何の話か俺達には皆目見当がつかないが、オリバーとライカの間に流れる何とも言えない空気に、思わず口をつぐんでしまう。
しばらくの沈黙が続いた後、オリバーはすっと立ち上がった。
「ついてきて欲しい。君たちに見せたいものがある」
◇
オリバーに言われるまま彼の後に続くと、居間の奥のその先に会ったのは古びた木製のドアだった。
見た目より重たい造りなのか、オリバーがかなりの力を込めてそのドアを開くと、そこにあったのは地下へと続く階段だった。
そのまま俺たちはミシミシと古びた木の階段を軋ませながら、トーチライトの灯りを頼りに地下へ降りていく。
「なぁ、見せたいものって何だよ」
なおも目的を言わず、ひたすら歩き続けるオリバーにたまらず尋ねるが、しかし返答はない。
黙って付いて来いと言うことなのだろうけど、せめて目的くらいは話して欲しいもんだ。
ふと横を見ると、ルーシィが瞳を金色に光らせているので、小声で尋ねてみる。
「なぁ、俺たちは今どこに案内させられてるんだ?」
するとルーシィは小声で「『黙ってついて来てくれ』だって」と返事をしてくれた。
ルーシィ対策もバッチリってことですか。
どのくらい階段を下っただろうか。
やがて開けた空間に出ると、目の前にこれまた古びた金属製のドアが二つ現れる。
オリバーはその右側の扉に手をかけると、ゆっくりと手前に開いた。
「ここだ」
そこは何やら不思議な緑色の光に照らされた空間だった。
広さはオリバーの部屋の居間ほどの大きさで、地下だと言うのに地面には芝生が茂っている。
その部屋の中央に天蓋付きの大きなベッドがポツンと一つ。それ以外に何もない。
強いて言えば、そのベッドの付近だけ、円形に多種多様な花が咲いている。
「ラグナス君。ベッドの上を見てくれるかい」
俺はオリバーに促されるまま、花を踏まないように気を付けながらベッドに近づいた。
近づくにつれ、そこに誰かが横たわっているのが分かる。
少女? どこかで見たようなその風貌は真横に立ってみることでよりはっきりと分かった。
「えっ!?」
俺は思わずライカと、ベッドに横たわる少女を何度も見比べる。
そこに横たわっていたのは、ライカと瓜二つの女性。
「なんでライラ王女がここに?」
咄嗟に彼女がライラ王女だと判断しオリバーに尋ねるが、彼は無言で首を横に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます