第四十七話 ローンダードの天舞姫
風崖都市ローンダード。
切り立った崖の上の造られたその街は、吹き止まない谷間からの風に包まれていることから、風崖都市と呼ばれている。
アスアレフ王国の東端に位置し、関所を越えればラオツァディ―公国を目前とする。
スカーレットの屋敷からは徒歩で3日ほど。
到着した俺たちは早速宿屋を根城にし、情報収集を行っていた。
「ダメだ。図書館で古い文献を漁ってみたけれど、ジュームダレトの時代のモノが一切ない。まるで一種の情報統制でも敷かれているみたいだ」
キースは赤い髪をわしゃわしゃと掻きながらそう言う。
ちなみにキースとはフォーロックのこと。
ニナをアールヴと呼ぶのと同じく、名前で素性が分からないように彼をキースと呼ぶことにしている。
「俺の方も全く同じだ。酒場で何日か聞き込みをしてみたけれど、これといった情報は得られなかったな。聞ける話は石化病とかいう流行病の話ばっかりだ」
俺は、はぁと嘆息した。
ここ数日、二手に分かれて色々と当たってみたが、成果は真っ白。
スキルクリスタルどころか、王族の末裔とやらにさえたどり着くことはできていない。
「キース。手持はどんな感じだ」
「まだ大丈夫だけれど、少し厳しいかもしれない」
滞在するにもお金は必要。
七星隊長ともあってキースがかなり持っていたが、それも少し尽きかけてきている。
「とにかく一度冷静に考えてみよう。たまには一緒にご飯でもどうだ?」
「ああ。そうだな」
俺はキースの誘いに賛同すると、彼を連れだって2階の部屋から下へ降りた。
「ん、なんだ?」
すると、何やら玄関口がざわざわと騒がしく、俺たちはそちらへ足を運ぶ。
「ルリエルちゃーん!」
外ではワーワーと沿道に向け、人だかりが誰かに向かって声援を送っていた。
「みんな、ただいま!」
その人だかりに向かって、大きな馬車の上から一人の少女が手を振っている。
「なんだあれは?」
俺はキースに視線を向けるが、彼も知らないとばかりに顔を横振った。
「なんでい兄ちゃんたち。ルリエルちゃんを知らないっていうのかい?」
「ルリエル?」
「おうともよ。『ローンダードの天舞姫』ルリエルちゃん。その踊りは魔物ですら虜になるほどの凄い踊り手さ」
馴れ馴れしく話しかけてきたガタイの良いおっさんは、ガハハハと笑いながら自慢のようにそう語った。
「天舞姫……ねぇ……」
俺はもう一度彼女を見る。
見たところ背丈は俺が10歳だった頃と同じくらいか。
少なくともかなり年下であることは間違いない。
「なんなら兄ちゃんたちも一度踊りを見てみるといい。ロンド芸団は旅興行から帰って来たばかり。しばらくはここに滞在するはずだ」
おっさんはバンバンと俺の背中を叩きながらそう進めてくる。
まぁ、昔からこういったものは禁止されてきたし、興味が無いと言えば嘘になる。
少し気晴らしをするのも悪くないかもしれない。
「せっかくだし見に行ってみるか?」
俺がキースにそう尋ねると彼は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「残念だけど遠慮しておくよ。私はそういった類のものには疎くてね。どうも苦手なんだ。だからラグ……ロクス、君に任せることにする」
「そうか……」
ま、無理に誘うのも悪いし、俺一人で行くことにするか。
◇
「ここがロンド芸団の公演場か」
時間は夜。
キースと食事を済ませた後、俺は軽くロンド芸団についての情報収集を行った。
やはり目玉であるルリエルという子の踊りは有名らしい。
そんな話を聞いたら居ても経ってもいられず、こうして公演上の前に俺は立っている。
しかし宿屋の女将に場所を聞いて来たのだが、本当に見た目は……。
「でかい酒場みたいな感じだな」
「おう、兄ちゃん!」
不意に横から声がする。
そちらへ顔を向けると、そこには馴れ馴れしく話しかけてきたおっさんが立っていた。
「なんでい。興味ないふりしておめえさんも好きじゃねえか」
ぐいぐいとこれまた馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「いや、別に好きとかでは……」
「良いってことよ。同じ好きもんどうし仲良くしようや。おう、大人2人だ」
そう言っておっさんは銀貨を4枚とりだした。
受付のお姉さんは黙ってそれを受け取る。
銀貨4枚ってことは一人1000エールか。
「おっさん。俺の分払うよ」
「いらねえ。今日は俺の奢りだ。これでルリエルちゃんのファンが増えるなら安いもんだ。それより早くいかねえと良い席は埋まっちまうぜ」
ガハハハとおっさんは笑うと、俺の腕をがっしり掴みズルズルと中へ引きずって行く。
「ちょ、まっ……」
「お、特等席がまだ空いてるじゃねえか。ラッキーだな兄ちゃん」
「おっさん、人の話を……」
「おっとごめんよ。よっこらせっと」
おっさんは俺の腕を掴んだままするすると人を避けていき、前から3列目の真ん中の席を陣取った。
無論、俺もおっさんの横に座らされる。
「一番前よりもここの方が良く見えるんだ。それにルリエルちゃんからも見えやすいから、たまにサービスで手なんか振ってくれたりするんだぜ」
ちょっ、唾が、唾が飛んでくる。
俺は興奮しながら熱く語るおっさんを何とか宥めていると、ふっと照明が暗くなった。
『ようこそロンド芸団の公演へ』
どこからか男の声が聞こえてくる。
どうやら催しが始まったみたいだ。
そこからは色々な芸人が出てきて様々な演技をしていく。
火吹き男、玉乗りする猿、空中ブランコなどなど。
これはどちらかというとサーカスというやつじゃないのか?
『さぁ、いよいよ次で最後。皆様お待ちかね、当芸団の天舞姫ルリエルによる演舞だ!』
勢いよく男がそう叫ぶ。
すると、舞台の袖から一人の少女が姿を現した。
「ルリエルちゃーん!」
隣のおっさんが急にそう叫ぶもんだから俺はめちゃくちゃ驚いた。
それに端を発して周りの男連中からルリエルちゃんコールが巻き起こる。
なんだこの人気、異常すぎじゃないか?
そんな人気の的であるルリエルという少女を俺は見る。
胸と腰元だけを金色の装飾具で隠したような艶めかしい姿をしているが、如何せん相手は子供だ。
こいつら揃いも揃ってロリコンばかりなのか?
すると彼女は両腕に巻いている包帯のうち、右腕のものをするすると取り始めた。
全て取り終えたとき、何かの生き物のようなタトゥーがその姿を現す。
「艶舞 ―
彼女は静かにそう告げると、少し照明が暗くなり、どこからか音楽が流れ始めた。
それに合わせて彼女は装飾具をシャンシャンと鳴らしながら踊り始める。
白い肌の少女は、右へ左へと舞い踊る。
腰まで伸びたほの淡い桃色の髪が、艶やかな光に照らされながら空を踊る。
その姿に、いつしか俺も釘付けになっていた。
別に俺にそういった特殊な趣味はなかった……はず。
だけれど、気づけばただ彼女のひとつひとつの挙動に目を奪われていた。
特に彼女の右腕のタトゥー。
黒墨で掘られていると思われるそれは、心なしか赤く光っているように見えた。
だんだんと視界が霞んでいく。
脳内はぼやけ、何も考えられない。
「ルリ……エル……ちゃん」
気づけばそう口に出していた。
◇
舞い終わった私は、頬を伝う汗を軽く拭った。
そして舞台から客席を見る。
どいつもこいつもだらしなく目をハートにして私を見ている。
今日もダメだったか……。
ふと一人、この街へ凱旋したときに気になった青年が居たことを思い出す。
そう言えば、さっき客席で似た風貌の人を見かけた気がする。
気になってそちらへ目を向けてみた。
そして私は嘆息する。
彼もまた他の男たちと同じようにボーっと私の方を見ていた。
少し他とは違った雰囲気を持っていたので気になっていたけれど、結局は彼も同じだったということだ。
「いつになったら、見つかるのかな……」
私は小さくそう呟いた。
この場の誰にも、この嘆きが届かないことを知りながら。
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