第百二十話 ロムソン
「暇だなぁ」
外をちらつく雪を窓越しに見ながら、俺は手元の飲み物をグイッと飲み干した。
◇
ノースラメド霊王国。ロムソンの町。
数日間に渡る地下道の旅を終えた俺たちを出迎えてくれたのは、精霊王が統べるこの国において、唯一、人が居住している町だった。
常に雪と氷に覆われており、生物をいとも簡単に凍てつかせるこの国にとって、何とか生きていくことができたのは、南の一部地域だけ。
その地域でさえ、『極寒』であることに変わりはないのだが、この地域の先祖たちは、それでもこの地に根付くことを望んだのだとか。
まだマシだった地下から、急に地上の震えあがるほどの寒さにさらされた俺たちは、兎にも角にも拠点が必要だということで、最寄りの宿屋を抑えた。
ノースラメドは町が一つしかないことから、インステッドと同一の通貨を使用しているので、面倒くさい手続きなどを経ずに部屋を確保することができたのはありがたかった。
そして、部屋につくなり、シルフが開口一番、
「じゃあボクとルーシィで精霊郷に向かうから、君は留守番でよろしく」
と言ってきた。
「留守番!?」
シルフから告げられたその言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げる。
いやいや、だって道すがらルーシィから「楽しみだね」って何度も言われて、俺も行く気満々だったのに、いきなりすぎるだろう。
そんな狼狽える俺を尻目に、シルフは大きくため息を吐く。
「残念だけど、精霊郷は精霊術士か、特別に認められた人間以外立ち入ることはできないんだ」
様子は非常に残念そうではあるものの、怪しく思った俺はルーシィに「そうなのか?と尋ねてみる。
しかし、ルーシィもどうやら知らなかったらしく、「そうなの?」とシルフに尋ねていた。
「君たち人間にとってボクたち精霊はとても価値のある存在だ。悪意を持った人間が目先の金に釣られてボクたちに危害を加える、なーんてこともあるかもしれないからね。まぁ、人間の全員が全員そんな輩じゃないってことは分かっているんだけどさ」
「自分たちの身を守るためってことか……」
納得のいく理由を前に俺は何も言えなくなる。
すると、横のルーシィが「はい、はい」と言いながら手をあげた。
「精霊術士の付き添いとか、護衛ってことで、特別に認めてもらうことはできないの?」
「確かに」
その手があった。
精霊郷へ入れる人間は、精霊術士と『特別に認められた人間』。
であれば、その認められた人間とやらになればいいのだ。精霊術士様が身元を保証してくれるのであれば、いけるんじゃなかろうか。
しかし、そんな期待に胸を弾ませる俺たちを見ながら、シルフは首を横に振った。
「確かに。祖精霊であるボクの権限をもってすれば君を招くことはできるんだけど、一年に一人と上限が決まっていてね。とある馴染みの人間からの依頼で、既にその枠を使ってしまったんだよ。まぁ、枠を使っていない他の祖精霊に頼むっていうのもできるけど、ぶっちゃけルーシィと折角二人きりでデートできる機会を邪魔されたくないから、それは却下の方向で」
「なんだよ、それ。俺一人を除け者にしなくたっていいだろ」
ルーシィと二人きりでデートがしたいから、という訳の分からない理由で却下されたことに俺が反論すると、シルフは眉尻を上げて俺に迫ってきた。
「よく言うね、君は。ここへの道中、ボクを除け者にしてずーっとルーシィとイチャコライチャコラしてたのはどこの誰だい」
「別にイチャコラなんてして――」
「『ラグ、精霊郷に行くこと、楽しみな反面、実はすごく不安なの。精霊術士として、精霊王とちゃんと対峙できるのか、とか』」
「『ルーシィなら大丈夫だ。力になれるかは分からないけど、俺が傍にいるから』」
「『ラグ……』」
「わー、わー!」
あまりの恥ずかしさから思わず大声でシルフのものまねを止めに入る。
確かに言った。記憶はある。こんなに恥ずかしいセリフだなんて思ってもなかったけど。
「分かったよ。大人しく留守番をしてればいいんだろ」
「分かったのならいいんだよ。いや、ボクも君を連れて行ってあげられないのはとても残念だと思ってはいるんだよ。あー、とっても残念だなー」
わざとらしく語尾を伸ばして見せるシルフに俺はちょっとイラっとしながらも、これ以上噛みつくとまたどんな恥ずかしいセリフを蒸し返される分かったもんじゃないので、とりあえず俺は大人しく引き下がることにした。
◇
そして二人を見送ってから時が経つのは早いもので、七日が経過する。
「の、の、の……。ノースラメド霊王国」
『クラウドスパイダーなの』
「の、の、の……。ノルス・アーヴェ」
『エノラの実なの』
「の、の、の……。ノーブレスヴァルクーン城」
『ウッドハンマーなの』
「の、の、の……。って、さっきから『の』ばっかりじゃねぇか!」
暇すぎてナノと始めたしりとりだったが、あまりの理不尽さに思わず叫びとともに力強くテーブルを叩いてしまった。別に『なの』を加味する必要はないことに叩いてから気付いたけれど、とりあえず何も気づかなかったかのようにコホンと一つ咳払いで誤魔化す。
「なぁ、ナノ。何かやることってあるかなぁ」
待っている間、俺はギルドの仕事でもやって小金を稼ごうと考えていた。
しかし、元よりこの土地柄からあまり冒険者が訪れない町。
そもそもギルド自体が存在していなかったため、俺の目論見は崩れ去った。
次に、経験値を得るためのトレーニングを行うおうと考えた。
少しでも経験値を得てナノに蓄積しておけば、『霊力の息吹』の効果がそれだけ上昇するからだ。
とりあえず素振りからだと外に駆け出したまではよかったのだが、あまりの寒さに宿へ逃げ帰ったのは言うまでもない。
結果色々と考えてみたものの、全て無理そうだという結論になり、こうして半引きこもりの状態に落ち着いている。
『ナノはこうやってラグとお話ししているだけで楽しいなの』
嬉々とした声色でナノはそう言う。
恐らくとても満面の笑みでそう言っているのだろう。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどな――」
そう言いながら、俺は何気なしに部屋の窓から外を見た。
そして一瞬、言葉を失う。
『どうしたなの?』
この町では考えられない光景を目の当たりにし、俺はすかさずナノに「悪い、ここで待ってろ」とだけ告げ、そのまま返答を待たずして一目散に部屋を飛び出した。
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