第百二十一話 謎の少女

 俺は部屋を飛び出した勢いで階段を駆け下り、そのまま駆け抜ける形で宿屋を飛び出すと、日が落ち切った暗い路地を走った。


「はぁ、はぁ」


 部屋の窓から見えた光景。

 それはワンピース一枚で膝を抱えて座っている少女の姿だった。

 この寒さの中でだ。


「はぁ、はぁ」


 確かこの辺だったはず。

 辺りを見回してみると、白い雪の中、対照的な褐色の肌の少女が、ポツポツと立つ街灯の一つに照らされて、自身の膝に顔を埋める形で三画座りをしていた。

 年齢は4~5歳くらい。ピクリとも動かないので生死は分からない。


「おい、お前!」


 声をかけた瞬間、少女はビクッと反応する。

 良かった。どうやら最悪の状態にはなっていなかったみたいだ。


「お兄ちゃん、誰?」


 少女はこちらを見上げ、か細い声を絞り出すようにして俺に尋ねてくる。


「俺か? 俺はそこの宿に泊まっているただの冒険者だ。そんなことよりも、お前親はどうしたんだ? なでこんなところにそんな恰好で一人でいるんだよ。死にたいのか!?」


 俺は矢継ぎ早に質問を投げかける。


「親は居ない。集落のみんなに怒られて、そのまま飛び出してきちゃったからこんな恰好なの。大丈夫、寒いのは平気だから」


「平気って……」


 見たところ、確かに寒さで震えているとかはなさそうだった。

 とはいえ、さすがにここに放置しておくという訳にもいかない。


「今は大丈夫だとしても、このままここに居続けるのは危険だ。とりあえずそこの宿に入って暖を取ろう。女将さんには話をつけてやるから」


 そう言って、俺は少女に向けて手を差し出す。


「別に放っておいてくれていいよ? お兄ちゃんに迷惑かけられないし」


 しかし、少女は無垢な瞳でこちらを見つめ、そう返してきた。


「あー、もう。このまま野垂れ死にされた方が夢見が悪くなって迷惑なんだよ。いいから、来い!」


 俺は有無を言わさず少女の手を取った。

 棒のように細い腕は、まるで氷でできているのではないかと思わせるほど冷たかった。


 ◇


 少女を宿に連れて行った俺は、その足で女将さんに追加料金を払って、彼女の看護を依頼した。

 女将さんは少女を見るや否や「かわいそうに」と言って、お風呂を準備してくれた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 一仕事終えた俺が部屋に戻ろうとすると、去り際に少女が満面の笑みでそう言ってくれて、少し心がほっこりした。


「で、だ。なんでお前は今俺の部屋に居るんだ?」


 目の前には褐色肌の少女。

 彼女の腰まで伸びた桃色の頭髪がつやつやしているところを見るに、お風呂には大人しく入ったようだが、いまだに薄手のワンピースを着ている。


「なんでって、今日は満室で部屋が用意できないから、お兄ちゃんの部屋に泊まれって女将さんが」


 そう言って、少女は小さな手に握っていた数枚の銀貨を机の上に置いた。


「これ、女将さんがお兄ちゃんに返して来いって」


 そこに置かれたのは、俺が女将さんに支払った追加料金全額だった。


「なるほど。金は要らないから、最後まで面倒を見てやれってことか」


 幸か不幸か、ルーシィの希望で二人部屋を抑えていたから、ベッドは一つ余ってはいる。


「だけど俺が変質者扱いされたらどうするんだよ。疑われないために女将さんに預けたっていうのに」


 俺はそう言いながら頭を抱える。

 この少女を強引に宿に連れていく時点で若干アウトなのではと脳裏をよぎったのに、同じ部屋に泊まるのは完全にアウトだろ。

 別に手を出すつもりなど毛頭ないが、そこは世間体とかいろいろあるし、というか人助けの域を超えてそうな気もするし。


「私がお兄ちゃんと一緒の部屋がいいって言ったの。そしたら女将さんもあの子なら大丈夫そうだねって言ってくれて、それからそういえば今日はちょうど満室だから、お兄ちゃんの部屋に泊まりなさいって」


 何故か信頼を得ているのは嬉しいが、大丈夫の根拠は何なんだろうか。

 あと、満室なのは絶対嘘だ。


「迷惑……だった?」


 俺が頭を抱えたままでいると、少女が潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

 うー、あー、もー!


「分かったよ。分かりましたよ。ただし、今日一日だけだからな。明日は、えっと、集落だっけ? に送り届けるからな」


 本当ならこうなった時点で早く自分の手元から話したいところではあるが、さすがに今日送り届けるにはあまりに夜更け過ぎる。

 暴漢に襲われてでもしたら、ナノの力を使ったとしてもこの子を守り抜けるかどうか分からないし、明日改めての方が断然いいだろう。


「そういえば、お兄ちゃんはなんて名前なの?」


 不意に少女からそう聞かれ、そう言われてみれば名乗っていなかったかと思う。


「俺はロクスだ。お前は?」


 と、少女に名を告げたところで、少女は目を輝かせながら俺の胸元へダイブしてきた。


「お兄ちゃんロクスさんって名前なの!?」


「あ、あぁ、そうだよ」


 何かまずいことでも言っただろうか。

 確かにオリバーにはロクスと名乗る事さえ気を付けたほうが良いと忠告はされていたけれど、さすがにこんな年端のいかない子供がリーゼベトの追手なんてことはないだろう。


「そうなんだぁ。そうなんだぁ。お兄ちゃんがロクスさんなんだぁ」


 そういいながら少女は俺から離れてベッドの上で飛び跳ねる。

 何がそんなに嬉しかったのか分からないけれど、まぁ、何か嬉しかったんだろう。


「で、お前の名前は?」


 そして、とりあえず立ち消えていた質問をもう一度投げかけた。

 いつまでもお前呼びじゃさすがにかわいそうだからな。


「私の名前はグノ」


「グノ?」


「そう、グノ」


 グノは名前を呼ばれて嬉しかったからなのか、ベッドの上で足をパタパタと可愛く動かす。

 グノ……、グノかぁ。なんかナノに名前が似てるな。なぁ、ナノ?

 俺は少女に悟られず、ナノに向けて言葉を飛ばす。

 しかし、少し待っていても返事はなかった。

 いつもなら『確かになの』とか言って、すぐに返事してくれるのに。

 何だろう、グノとのことでまたちょっとの時間放置していたから、また怒っているのだろうか。


 それから俺とグノは、少しばかりの他愛ない雑談をした後、それぞれのベッドで眠りについた。

 ちなみに、グノがナノを持ち上げて「綺麗な剣!」と言って遊び始めた時は、ケガでもするんじゃないかと気が気じゃなかった。あと、これ以上ナノの機嫌を損ねないでくれとも思ったのは言うまでもない。

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レベルリセット ~ゴミスキルだと勘違いしたけれど実はとんでもないチートスキルだった~ 雷舞 蛇尾 @pomum

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