第百十一話 女教皇の雷嘶
「エアリルシア・ロギメルの名において命ずる」
散らばる記憶の欠片は次々に紡がれ、一つの詠唱となって紡がれる。
「祖は叡智、受け継がれしは純血の才。蒼穹焦がれる寂寥は、深淵刻む創傷癒す三流星をその手に抱く。嘆きの海、英雄宿した最後の光に、閃き爆ぜるは駿馬の鼓動。炎獄駆けろ紫の脈動、天を劈け始まりの雷嘶!」
詠唱の後、身体を駆け巡る迸るほどに満ち溢れた魔力は、雷の波動に姿を変えて私の身体を包んだ。
やがて一部私の制御下から外れたそれらは、電撃となって周囲の土を穿ち始める。
「ルーシィ……」
心配そうに私を見つめるのはラグ。
「大丈夫。私の後ろへ」
私は真剣な眼差しの中わずかに笑みを見せ、ラグを背後へ誘う。
詠唱の最中、私の脳裏に浮かんだ魔法のイメージでは、恐らく私の背後に居る限りこの魔法に巻き込まれることはない。
ラグはそんな私の表情を読み取るとコクリと頷き、私の背後にすっと隠れた。
射程圏内には誰も居ない。そのことを確認し、魔法を発動させるため私は意識を眼前へと集中させた。
あの日感じた絶望は未だ脳裏を離れない。
だけど、そんな絶望さえ飲みこむほどの希望を宿した想いを、あの日私は母様から受け取った。
生き続けるという誓いを糧として脈々と育て続けていたその想いの種は、ラグと再会したことで私の中に確かな意志として芽吹いていくのを感じる。
侵略者に踏みにじられたままで終わらせなんてしない。
父様が、母様が、兄様が、姉様が愛したあの地を、私が取り戻すんだ。
―― そうだ。もう何も恐れる必要はないんだ。湧き上がる希望を魔力に変えて。燃え上がる意志を魔力に変えて。心のままに、解き放て! ――
ロギメルを背負うのは、私だっ!
「『
瞬間、私の中から莫大な魔力が消失した。
私から放たれた魔法は半円状の波となって魔物を飲みこみ、紫へ変色させていく。
一体も逃さず、まるで見えない何かが喰らいつくように。
しかし、そこからは何かの魔法が発動する気配はなかった。
大規模な爆発が起こる訳でも、はたまた巨大な何かが姿を現す訳でもなく、静寂が辺りを包み込む。
膨大な魔力を身に受けながら何も変化が起こっていないことに狼狽していた魔物たちは、やがて大したことがないと判断したのだろう、気持ちの悪い笑みを浮かべながら私の方へ向ってきた。
今から自分の身に何が起こるかも知らないで。
そして眼前、今まさに一体のガーゴイルがその手に持つ石剣を掲げ、私へ向けて振り下ろそうとした刹那。
「
私は前に突き出した右手の指を鳴らした。
「ギィィャヤヤアアァァァッ」
ガーゴイルから放たれたのは、鼓膜を突き抜ける断末魔。
見ればガーゴイルは、手足があらぬ方向にひん曲がったかと思うと、紫電を纏った真っ赤な炎に包まれ、秒と経たず消炭になった。
それは伝播するように周りの魔物にも広がっていく。
姿形は小型の竜であるワイバーンは、翼がひしゃげたかと思うと全身が氷に包まれ、そのまま地面に落下して粉々に砕けた。
鳥のような羽に包まれた大きな両翼を持ち、真っ赤な鬼のような形相のアークヴェロスは、身体が風船のように膨らんだかと思うと轟音と共に爆砕した。
「何が――、起こっているんだ」
背後で目を丸くしていたオリバーが、声を震わせながら私に尋ねてくる。
「それは――」
「自滅だよ」
口を開いた私を制するように、いつの間にか私から分離したシルフが目を細めながらそう告げた。
首元から髪を掴んで髪の色を確認してみるに、今の魔法を使ったことで纏儀が解除されたようだ。
「ルーシィが放ったのは身体の電気信号を狂わせる電音波。合図とともに一斉にそれが身体を侵食し、狂わせ、そして自滅へと導いた。その証拠に、ガーゴイルは炎系、ワイバーンは氷系、そしてアークヴェロスは爆発系の技を得意としているのが証拠ってところかな」
どうだい? と言わんばかりのしたり顔でシルフは答えを求めてくる。
私は正解という意味で、黙って頷いた。
もっと正確に言うなれば、その力を大きく増幅させた上で暴発させているため、本来その魔物が出力できる技の威力を凌駕しているというのがこの魔法の特徴なのだけれど、とはいえ、一度見ただけで魔法の性質を見抜く辺り、流石は祖精霊といったところだろうか。
もしかすると自身の力を使って放たれた魔法だからその性質が理解できたのかもしれないけれど、それはそれとして、気付けば目の前に広がっていた魔物の大群は、まるで全てが幻だったのかと思わせるほどに跡形もなく消滅していた。
「やったな! ルーシィ!」
心配そうな顔をしていたラグが朗らかな表情で私の手を取る。
纏儀が解除された今、僅かな恥ずかしさを感じるけれど、それにも増した嬉しさが私を笑顔にさせた。
「うんっ!」
このどうしようもない状況を打開できたのは、傍にラグが居てくれたからに他ならない。
そんな愛しい人へ飛び込もうとした瞬間、私は足元から崩れ落ちた。
あれ――、なん……で?
「ルーシィ!」
すかさずラグが私を受け止めてくれる。
「超級魔法の反動だね。一時的な魔力不足ってところかな」
シルフがやれやれという仕草でそう教えてくれた。
纏儀で魔力量を強制的に引き上げたとしても、超級魔法を一回使っただけで立てなくなるなんて。
桁違いの魔力と卓越した魔法のセンスがあって初めて超級魔法は使えるのだと昔聞いたことはあるものの、それが本当だったのだと改めて実感させられた。
これを平気な顔で使える人間が居ることが信じられない。居るとするならば、私なんかでは到底敵わない、きっと化け物のような人に違いない。
へくちっ。
遠くで可愛らしいクシャミが聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
そんなことよりも、ラグに合法的に抱き着いて、その上ハスハスできる機会なんて滅多にないのだから、今はこの幸せな一時を余計な思考で無駄にしたくない。
「ハスハス」
あぁ、ラグの香り――。
「な、なぁ。顔つきがヤバいけど本当に大丈夫か?」
「大じょぶぅ」
危ない危ない。脳が蕩けるにつれて、つい語尾まで蕩けてしまった。
ラグは怪訝そうな顔をしているけれど、これは失った魔力を満たすために必要なこと。
決してやましい気持ちはないことないけど、必要なこと。
何やら三人分くらいの冷ややかな目線を感じるけれど、必要なこと。私は気にしない。
「グルアアアアアァッ!」
しかし、そんな私とラグの幸せな一時も束の間。
突如周囲に鳴り響いたのは、ラグの胸の中の私でさえ一瞬で正常に戻る程に不気味な叫び声だった。
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