第百十二話 狂音の機械竜
「グガアアアッ!」
耳を突き刺すような二度目の咆哮。
俺は胸元のルーシィを抱く手に力を込めた瞬間、グラグラと地面が揺れ始めた。
「なんだっ!?」
ここは空中に浮かんだ島。
自信なんて起こらないはずだけれど。
「ラグナス君! こっちだ!」
見ればオリバーが島の端で俺を呼んでいた。
何とかルーシィを地べたに寝かせると、俺はオリバーの方へ駆け寄り、言われるまま島の端から下を覗き込んだ。
「な、なんだこいつ!?」
見ればそこには、身の丈何メートルかと言わんばかりの大男、いや巨人が居た。
赤銅色の身体を震わせながら、その巨人はこの島を支えていた。
「そうかそうか。アー君、ノルスアーヴェの風に乗ったこの花の効果を受けちゃったのか」
俺の横に立つシルフが、手元で黄金の花を一輪いじりながらそう告げる。
「このままじゃ、この島落ちちゃうね」
にこやかに俺達にそう告げる。
「どういう意味だよ……それ……」
シルフの言葉に自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
島が落ちる?
「ここは浮き島だろっ!? あいつが今からこの島地面に落とすっていうのか?」
「いやいや。逆――って訳でもないんだけど、もともとこの島は浮いてなんかいない。アー君が支えていたのさ」
あの巨人が、この島を支えていた。
「こんな大きな島を浮かび続けさせようとすると膨大な力が必要だからね。ま、とりあえず浮かんでいるように見せればいいかと思って、ボクがアー君に命じたのさ。ボクから許しを得るまでこの島を持ち続けるようにって。後はアー君をボクの力で見えなくすれば、あら、不思議、宙を浮かび続ける島が完成するという訳さ」
「許しを得るって――。いくら魔物とは言ってもこの仕打ちはさすがに……」
苦しそうな顔で尚も地面を支えようとする巨人に憐れみさえ覚える。
「彼は魔物なんてチンケな存在じゃないさ。聖なる力を持った由緒正しき生まれの者だよ」
聖なる力を持った?
「贖罪の巨人が支える大樹――、まさか……」
ライカが血の気を失ったような顔でそう告げる。
「黄金の宝珠の一節。君もその話を知っていたんだね」
シルフは目を細め、ライカを値踏みするように見る。
「ええ。雲海の大樹がアトラスと呼ばれる聖獣に守護されていることも」
「へぇー。なるほど、なるほど」
そしてシルフは興味深げな笑みでコクコクと頷いた。
「そこまで分かっているのなら、君は総仕上げである
「狂音の機械竜?」
「おや? 黄金の宝珠の一節を知っていたからてっきりあの書物の全てを知っているのかと思ったのだけど。違ったのか」
シルフはあからさまにがっくりとした様子で肩を落とした。
「まぁ、いいや。直に分かるよ。ほら、遠くから何か聞こえてこないかい?」
遠くから……何か?
耳に全ての神経を集中させてみるが何も聞こえない。
それよりも……。
「なぁ、なんだかこの島傾いてないか?」
俺はオリバーとライカに問いかけた。
僅かではあるが地面が斜めになっているようなそんな感覚。
「まさか……と言いたいところだけれど、どうやら気のせいじゃないみたいだ」
オリバーはマジかと言ったように顔をひきつらせ、ハハハと笑う。
その瞬間、俺の耳を何か虫の鳴くような音を捕えた。
キーンと言う耳鳴りにも似たその音は、どんどんと島の下の方から上昇するように聞こえてくる。
「なぁ、何か聞こえないか?」
「え?」
「ほら、キーンって耳鳴りみたいな音」
「そんな音――、微かにするな」
傾き続ける大地、どんどんと大きくなる異音。
どちらに意識を集中させればいい? 狂音の機械竜とは一体何なんだ。
「ヒロインがボロボロになってまで魔物の群れを打ち払ったんだ。今度は主人公の番、だろう?」
シルフが意味ありげな表情でこちらを見た瞬間、彼女の背後から鈍色に光る何かが飛び上がり、地面へと土煙を上げながら着地した。
キーンと言う音の正体、それは目の前の鉄の塊の大きく広げた両翼のそれぞれの真ん中の大きな穴から発せられていた。
穴の中では十字の羽がまるで風車のように回転し、風を生み出している。
ギラつくような真っ赤な双眸、しかし何故かその瞳からは生命を感じさせられない。
全貌は巨大な竜の姿をしていながら、まるで人工物のようなそれは、静かに俺を視界にとらえていた。
「こいつは狂音の機械竜。先ほどルーシィが放ったあの超級魔法でさえ自身の音波で掻き消す力を持つ、霊力を原動力とする絡繰の竜さ」
シルフが自慢げにそう言うと、呼応するように竜の歪な羽音が唸りを上げた。
「さて、島が墜落するのが先か。君たちが竜にやられるのが先か。迷っている時間は無いよ」
シルフがそう告げた途端、先ほどとは比べ物にならないほど地面が大きく傾いた。
「くそぉっ!」
その瞬間、オリバーが何かを決心したように島の端から外へ跳んだ。
「ベルセルク!」
オリバーがそう発したことで、俺はオリバーが何をする気なのか真意を悟る。
その証拠として視界ではとらえられないものの、地面の傾きは止まり、徐々に元に戻って行った。
「ライカ! 僕が支えている間にこの巨人に癒しの魔法をかけてくれ!」
どこからかオリバーの声がこだましたかと思うと、ライカはコクリと頷き、島の端から下へ向けて魔法を放ち始めた。
「こうなることも予想通り。さて、これでこいつを止められるのは君一人になった訳だね」
くそっ、せめてルーシィだけでももう一度立ち上がることが出来ればっ!
俺はそう思って、万に一つの賭けでルーシィにエリクサーを発動させるが、何も起こらなかった。
=======================
エリクサー
対象者の傷、状態異常を全て取り除く
取り除かれた傷、状態異常は、使用者
が引き受ける
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そう、ルーシィは傷一つ負っていないし、別に状態異常にかかっている訳でもない。
ただ、魔力切れを起こしているだけなんだ。
例えばレベルリセットの状態異常回復のようにエリクサーの記載以外の効果があればと思っていたけれど、俺の魔力と引き換えに彼女の魔力を回復させるなんて、そんな都合の良い効果はエリクサーにはないということが分かった。
ルーシィは魔力切れで助力は得られない。
オリバーは巨大化して地面を支えてくれることに注力して欲しい。
ライカはもともとこの地面を支えていた巨人を癒すことで手一杯。
この様子だとシルフが手を貸してくれるなんてことは万に一つとしてない。
文字通り、こいつと対峙できるのは俺一人だけ。
ランダムスキルを失い、天下無双も発動し終わった、役に立たない俺一人だけだ……。
「さぁ、第三幕の集大成だ」
だけど――、例えそうだとしても!
例え敵わないとしても、ルーシィにはカッコ悪いところを見せる訳には行かないだろっ!
どんな時でも俺を信じ、いつも傍で支えてくれていたルーシィにだけは、絶対に!
「正真正銘のラストダンス。この状況下でこいつを打ち負かせて見せろ、英雄ラグナス!」
「上等だ」
俺はただ一言そう返すと、ルーシィを背に、黄金の剣をその巨大な竜に向けて構えた。
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