第百十三話 膠着状態

「結局お前は敵なのか? それとも味方なのか?」


「祖精霊に向かってお前呼ばわりとは、肝の据わった人間をボクは嫌いじゃないよ」


俺がナノで狂音の機械竜を牽制しつつそう尋ねると、シルフは意味深な笑みを浮かべながらそうはぐらかした。


「答える気はないってことか」


「さぁね」


 シルフはそう言いながらフフンと笑う。

 まぁ、その表情だけで答える気が無いことは一目瞭然なんだけどな。


「それよりも、ボクと雑談に興じている暇が今の君にあるのかい? ほら」


 シルフが「ほら」と言った瞬間、俺の胸元が見えない刃で切り裂かれた。


「えっ――」


 鮮血が飛び散り、視界を赤く染め上げる。


「ぐっ……」


 コンマ数秒遅れて電撃のような痛みが四肢を駆け巡ったが、刹那の後に痛みが消えて行く。

 これが今まで何度もお世話になったスキルのおかげであることは、もはや言うまでもない。


「はぁ、はぁ。一体なんなんだ」


「この子は音を自在に操ることができる。音の正体は空気の振動であり、これを自由自在に使いこなせるということは、一種の風の精霊術を使えることに等しい。ほら、君も見たことがあるだろう、ルーシィが風の刃を生み出す精霊術を使っていたことを」


 エアリアル・エアブレードのことか。


「まぁ、詠唱がないことを考えると、ノータイムで撃てる分こちらの方が厄介と言う見方もあるけどね。さぁ、次々いくよ。『ソニックブレード』」


 シルフがそう言うと、まるでデモンストレーションとでも言わんばかりに狂音の機械竜が次々に見えない刃を俺に向けて飛ばしてきた。

 一撃目を何とかナノで防いだ俺は、光学障壁をすぐに展開し、二撃目以降に耐える。

 ルーシィが使う精霊術より厄介なのは、詠唱が無いこともそうだけれど、その刃が視覚で捉えられないのも大きい。

 せめてもの救いとしては、その正体が音波であるがゆえに俺に迫る際にもそれは音を発しているということか。

 見えずとも耳で聞き分ければ、何とか距離感を測ることは可能そうだ。

 何撃目かで光学障壁が破壊された後も、迫る音を頼りに追撃を剣でいなし、隙を見て光学障壁を張り直す。

 防戦一方ではあるけれど、打開策が無い以上今は敵の攻撃を受けながら様子を見る他ない。

 普通レベル1の状態ではここまでの動きはできないけれど、それを可能にしているのは先ほどナノが言っていた霊力の息吹とやらの効果なのだろうか。


「なるほどなるほど、それならこれはどうかな。『ジャミングデイジー』!」

 

 シルフがそう告げた瞬間、狂音の機械竜は俺に向けて大きな金切り声を上げた。

 まるで金属が擦り合うような、聞くに堪えないその音に俺は思わず両手を耳にあてがう。


「うっ」


 脳を揺さぶるようなその金属音は、俺の三半規管を狂わせ頭痛と吐き気を引き起こす。

 視点は定まらず、幾重にも見える世界の中で立つことさえままならなくなった俺は、地面に両膝をつき、頭を抱えた。

 光学障壁がまだ生きているのか、それさえ把握しきれない。

 かろうじて目線を上げて二者を捕えるも、シルフが得意げな表情で何かを言っていること以外の状況は何も分からなかった。

 やがて金属音が止んだことが理解できたけれど、すぐに俺の平衡感覚や聴覚が戻る訳ではなく、未だ立ち上がることができない。

 その最中、恐らく狂音の機械竜がソニックブレードとやらを放ったのだろう、俺がその動作に気付いたときには、目の前は赤一色で埋め尽くされた。


「くっ!」


 痛みの程度から恐らく左眼がやられた。

 すぐさま次の攻撃が飛んできて、俺が光学障壁を張る隙も与えられずどんどん身体が切り刻まれていく。

 全身に走る激痛。もはや四肢が繋がっているのかどうかさえ分からない。

 やがて攻撃が止んだかと思うと、身体から痛みがすっと引いて行った。


「はぁ、はぁ」


 同時に感覚も元通りとなり、俺はゆっくりと立ち上がる。

 ズタボロになった服を見るに、相当数の斬撃を浴びていたらしい。


「ここまでやっても元通りか。本当に厄介なスキルだよ」


 シルフは何故か嬉しそうにフフフと笑いながらそう告げてくる。

 

「俺としては、どうせなら痛覚も感じなくさせて欲しかったところだけどな」


 そう言いながら俺は自身のステータスを確認した。


********************


ラグナス・ツヴァイト

Lv:1

筋力:G

体力:G

知力:GG

魔力:G

速力:GG

運勢:GG

SP:45

スキル:【レベルリセット】【超回復】

【エリクサー】【アーティファクト】

【天下無双】


********************


 本当に、俺のスキルはナノの願いとやらの力との相性が抜群にいい。

 ナノがいる限り、超回復のスキルと願いの一つである経験値吸収のおかげで、即死以外の攻撃を除いて俺が死ぬことはない。

 さながら準不死身の能力(+SPもおまけに上昇)ってところだけれど、デメリットと言うべくは、先ほどもシルフに向けて言った通り痛覚が無くなっている訳ではないので、痛みは伴っていることだ。

 つまり、あまりこの手法を取り続けるのは精神衛生上よろしくはない。切り刻まれる痛みなんてもろに記憶に刻まれるからな。


「でも、そうやって攻撃を受け続けているだけってことは、この子を打開する策も力も今の君は思いついていないことに他ならない。違うかい?」


 そうシルフから問いかけられた俺は、奥歯をギュッと噛みしめた。

 痛いところを突いてきやがる。

 確かに俺が準不死身状態である以上負けることは無いけれど、そこから勝ち筋があるって訳でもない。


「そうだったとして、それはお互い様だろ」


 そう、俺が準不死身状態であるなら相手に勝ち筋がある訳でもない。

 打つ手がないのは知るも同じはずだ。

 しかしシルフはプラプラと手を振りながら、


「一緒にしないでくれよ。例えばそうだなぁ――」


 と言いながら、島の外を眺めた。


「さっきも説明した通り、『ジャミングデイジー』は直線状の相手に異音を放って器官を狂わせる技だ」


 あの金属音の中で何を言っていたのかと思えば、ご丁寧に技の説明をしてくれていたらしい。全く聞こえなかったけど。


「それを今下で一生懸命にこの島を支えてくれている君の友人に向けて放ってみたらどうだろうか。さすがにこれほどの距離から落下すれば、回復する余地はないんじゃないのかい? いくら君と言えどもね」


「なっ、やめっ――」


「なーんて。そんなつまらない幕引き、生憎ボクは求めていないんだ」


 俺が慌てて制止しようとした瞬間、嘲るようにシルフはそう言って笑った。

 まるで遊ばれているかのように扱われているようで、思わず奥歯に力が入る。


「ボクは解き明かしたいだけだからね。このボクにさえ隠された真実の答えを」


「隠された真実?」


「そう。それにはどうしても君の……、愚かな君の協力がどうしても必要となる」


 遊んでいるのかと思えば急に真面目な表情。

 何を解き明かすつもりでいるのか、この精霊が何を考えているのか全くもって分からない。


「意味不明だ。それに必要とされるのは光栄だけど、今日会ったばかりの人間に対して愚かとは、祖精霊っていうのは大概良い性格しているんだな」


「横柄な存在であることは自覚しているよ。まぁ、君が愚かであるというのはボクの妄想の結果導き出された答えだから、あまり気を悪くしないでもらえると助かるかな」


 嘲笑されたことへのお返しとばかりに嫌味の一つを投げつけてみたものの、俺の言葉なんてまるで意に介さないといったように、軽く流したシルフが悪びれもせずそう返してくる。

 あまり気を悪くするなと言っているものの、結果的に愚かだと結論付けられていることに変わりがないと思うのは俺だけなのだろうか。

 それに結局隠された真実とやらについてはこれ以上語るつもりがないということも分かった。結局のところ意味不明という言葉に対しての返事が無かったからな。


 さて、と俺は再び機械竜を見やる。

 こうしていても膠着した状況が前に進むわけではない。むしろ時間がないのはこちら側だ。今もオリバーやライカが必死に時間を作ってくれているんだ。

 何か手はないかと策を巡らせる。

 守りに徹さず、あえて機械竜に斬り込んでみるかと考えてみる。

 しかし、今の俺の力で果たしてダメージが与えられるだろうか。

 そもそも、あの見えない斬撃の中、近づくことすら困難じゃないのか。

 それに、下手に近づいてそれこそ即死級の攻撃をされたら?

 駆け巡る様々な考えが思いついた全ての行動を抑制し、再び光学障壁を展開すると言う防戦一辺倒な戦略を引き続き俺にとらせた。

 情けなくても、今は機を伺うしかない。


『ラグ、聞いてほしいなの』


 そんな決意を俺がした時、不意にナノが俺に話しかけてきた。


『ナノに秘策があるなの』


 どこか自信に満ち溢れた声色。

 ナノは俺に向かってただ一言、そう言い切った。

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