第四十三話 ユーレシュの厄日―青き終焉―④

「はて、ルード・レイアーとは一体誰でしょうか? 私はリーゼベト七星隊第三隊隊長ルベルド・レイアース。どなかたと勘違いをなされているのでは?」


 また、リーゼベト七星隊か……。

 一体この国にはいつから、どのくらいの人数の伏兵が潜んでいたのか。


「ルード……」


 幼いころから見せてくれていたあの笑顔は嘘だったのか。

 辛い時、心の支えになってくれていたのもすべて……。


「ふむ。もう少し心が強いものだと思っていたが、意外と簡単に折れてしまったな」


 生気の抜け落ちたニナの表情を見たルードは、面白くないと言った様子でため息を吐いた。


「せっかく、そのために、こんな余興まで用意していたというのに」


 ルードはそう言い、パチンと指を弾く。

 それを聞いた兵士の数人は、燃え盛る城の中から2人の男女を連れてきた。


「お父様……、お母様!」


 ニナはその姿からはっきりとその二人が自分の両親、王と王妃であることを悟る。


「ニナ……か?」


 ユリウスはその声を聞き、消え入りそうな声でそう返した。


「逃げなさい……。せめてお前だけでも……」


「うるさいっ!」


 ルードは言葉を続けようとするユリウスを平手打ちで制止する。


「誰が喋っても良いと言った? お前は大人しくそこで見ていろ」


 ルードはそう言うと、王妃であるオリヴィアの方へ歩み寄る。


「本当はニナも……と言いたかったところだが、如何せんあの娘はロネ様に献上するもの。穢れていてはロネ様に殺されかねない。だがお前は別だ」


「何を……、いやっ!」


 ルードはオリヴィアへと近寄ると、卑しい笑みを浮かべながら、持っていた短剣で彼女の胸元を切り裂いた。

 薄手のドレスは力なく二つに分かれ、白雪のように綺麗な肌が姿を見せる。


「お前の生死は問われていない。つまりは、どのような状態で献上しても問題ないということだ」


 彼は持っていた短剣をしまうと、その手を、オリヴィアの胸元へ伸ばしていく。

 それを見ていたニナは奥歯をギリッと噛みしめると、両手をルードへ向けた。


「お母様に汚い手で触るなぁっ!」


 刹那、両手から火弾が数発、ルードへ向って直線状に放たれる。

 が、兵士の中の一人が間に割り込んだかと思うと、剣で火弾を全て切り落とした。


「チッ、そいつを抑えておけ!」


「はっ!」


 ルードに命令された兵士は、短く返事をすると、ニナへと距離を詰める。

 ニナは近寄られまいと、火弾や雷槍で応戦するが、兵士はいともたやすくそれを避けていく。

 そしてあっという間に鼻先まで距離を詰めると、ニナの鳩尾に強烈な一撃を見舞った。


「がはっ……」


 言葉にできない痛みが身体を突き抜けた。

 同時に胃の中のものが逆流を起こし、口から飛び出す。

 血が混じっていたのか、それは真白な雪の一部を赤く染めた。

 ニナはそのまま膝から崩れ落ちると、うつ伏せになる形で地面に倒れる。

 頬に非情なまでの冷たさを感じた。


「ふんっ、これで邪魔者は居なくなったな。ではこちらは楽しませていただくとしようか」


 そういうと、ルードはドレスの隙間から手を差し込み、彼女の肌に触れた。


「おぉ。これがオリヴィア……、ユーレシュの美王妃の柔肌か。いくらか年を重ねたとはいえ、なかなか」


「やめ……て……」


 オリヴィアは消え入りそうな声で拒絶を示すが、ルードには聞き入れられない。

 彼女の腕は、兵士に拘束され抗うこともままならない。


「妻から手を離せっ!」


 ユリウスも反撃を試みるが、同じく兵士に手を拘束されており、動くことができない。


「くそっ、くそぉっ!」


「その煩い蠅を黙らせろ」


 耐えかねたルードは兵士にそう命じる。

 命じられた兵士たちは、顔、胸、腹、ユリウスのいたる箇所へ暴力を見舞った。

 次第にユリウスの声は小さくなっていく。


 その間にも、ルードはオリヴィアの身体を弄んでいった。

 胸、腰、唇。

 まるで飢えた獣のように彼女を貪っていく。

 ニナはそんな光景に、思わず目を逸らした。

 父が殴打され、母が凌辱される姿など、誰が見ていられようか。

 しかしニナを拘束していた兵士がそれを許さない。

 彼女が顔を背けたのを確認すると、無理矢理にその光景を見せるかのように顔の向きをそちらへ戻された。

 目を閉じようものなら、無理矢理にでもこじ開けられる。

 ニナにはただただ、黙ってそれを見ているしかなかった。





 どのくらい時間が経っただろうか。

 いつの間にか、目の前には虫の息のユリウスと、そして全裸同然のオリヴィアが倒れていた。

 ルードはというと、満足した様子でその二人を見下ろしている。


「さて、せめてもの情けだ。3分待ってやろう。その間に大好きなお父様、お母様とお別れを済ませておけ」


 彼がそう言うと、ユリウスとオリヴィアの元から兵士たちが退散していく。

 情けなどとどの口がそれを言うのかと思ったが、ニナはそれでも二人へ声をかけた。


「お父様……お母様……」


「ニナ……か……」


 彼女の声にまずユリウスが反応した。


「済まない。こんなことになってしまって」


「そんなっ! お父様は悪くない悪いことなんてしていないのに……」


 ニナは涙交じりの声で父に応える。


「せめて……、お前だけでも生きてくれ。そしてあの日渡したクリスタル。それを……ユーレシュの血を引く最後の者として守り続けてくれ……」


「お父様……」


 ニナは自分の胸元に手をやる。

 そこには先日の誕生日に貰ったユーレシュの国宝、スキルクリスタルがあった。


「ニナ……」


 次いでオリヴィアが口を開く。


「お母様……」


「私からの最後のお願い……」


「最後って、まるで死んじゃうみたいな言い方……」


「皆が幸せになる国を、誰も私たちのような思いをしない国を、笑顔で溢れる国を……作って」


 ニナはその言葉に胸が締め付けられた。

 子供のころ一度だけ交わした母との約束。

 その情景が瞼の裏に思い起こされる。


「うん、私は王族だから頑張る。だからっ……」


「約束……よ」


「約束する、だからっ!」


 死なないで……、そう言おうと思った瞬間、何者かが母の背中に剣を突き立てた。

 ニナは大きく目を見開き、そいつの姿を視界に焼き付ける。


「無駄な希望を与えてくれるな、オリヴィア」


 紳士のような出で立ちの男。

 その男は、銀色の細剣をゆっくりと引き抜く。

 何故だ、何故あなたまでも……。


「これから死よりも辛い運命が待ち構えている娘に、それはあまりに酷だ」


 そして彼はゆっくりと、オリヴィアの首元に剣を差し向けた。


「ニナ……私の可愛いニナ……」


 オリヴィアは口元から血を流しながらも、ニナの名前を呼ぶ。

 ニナはその紳士から再び母へと目を向けた。


「おかあ……さま……」


「愛しているわ……いつまでも」


 そしてオリヴィアは笑った。

 同時に、彼女の笑顔は宙を舞う。

 瞬間、ニナの中から何かが弾け飛んだ。


「お前もかぁぁぁぁっ! マルビスっ!」


 ニナは銀色の細剣を振るった老紳士を睨み付ける。

 その老紳士は、冷え切ったような表情で細剣についた血を振り払った。


「マルビスクか? 援軍は頼んでいないはずだが?」


「想定よりも時間がかかっていたからな。どうせお前がつまらん遊びでもしているのだろうと思って急かしに来たまでだ」


「つまらん遊びとは言ってくれるじゃないか。第七隊隊長マルビスク・シェーンハウゼン殿」


「第七隊……隊長……」


 あぁ、またか。また、リーゼベト七星隊、それも隊長クラス。

 自身が剣の師と崇めていたくらいだ、それぐらいの地位でも不思議ではない。

 つまり、ユーレシュを落とすために、リーゼベトは精鋭部隊の隊長を二人も潜らせていたということか。

 数年も前から……っ!


「つまらん遊びであろう。それよりも、俺はこいつを持って一足先にリーゼベトへ帰らせてもらう」


 マルビスクはオリヴィアだったそれを掴み、近くにあった白い箱に入れた。


「お前も後片付けが終わったらさっさと帰還するんだな。あまり遅いとロネ様の怒りを買うぞ」


 彼はそれだけ告げると、もはやこの場所に興味はないと言った様子で立ち去ろうとする。


「何故……、なんで……」


 ニナは怒りと、驚愕と、そして混乱でただ涙ながらに呟くことしかできない。

 マルビスクはそんなニナを一瞥すると、何も言わずに馬に飛び乗り、足早にその場から去って行った。

 残されたルードはやれやれと嘆息し、ニナの方を見る。


「まあ当面の目標は全て完遂した。後はこいつを連れて帰るだけ……。おっと、一つ忘れていた」


 そしてニナからユリウスへと目線を変えた。


「お前の処刑を忘れていた」


 ルードのその声は、まるで悪魔のささやきのようだとニナは感じた。

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