第四十二話 ユーレシュの厄日―青き終焉―③
「くっ……」
ニナは飛んでくる火弾を避けつつ、下級魔法で応戦する。
彼女が即座に精製した雷槍は、直線状にモニカへと突進した。
が、モニカはさもたやすくそれを避け、再び火弾を自らの周囲へ浮遊させると、息をつく暇も与えないといわんばかりに、ニナへとそれを向ける。
「どうしましたニナ様? 隊長ともあろうお方がそのざまですか?」
モニカは楽しそうに笑った。
ニナは彼女の笑う姿は何度も見たことがある。
だけれど、今ほど彼女の笑顔が禍々しく見えたことはない。
「モニカ……。どうして、こんなことを……」
ニナは飛んでくる火弾を避けながら、困惑した表情でモニカに尋ねた。
すると、モニカは一瞬呆気に取られた表情を浮かべる。
「あぁ、まだ気づいていないんですか。では改めて自己紹介をしましょう」
そしてそう告げると、再び笑顔に戻った。
「リーゼベト七星隊、第三隊副隊長、アルモニカ・ブランシュと申します。以後お見知りおきを」
「リーゼベト七星隊……」
聞いたことが無い隊名だが、リーゼベトと名のつく以上恐らくは敵国の兵であることに間違いはない。
伏兵がモニカであったことに気付いたニナは、ギュッと奥歯を噛みしめた。
「ええ。リーゼベトが誇る七人の騎士隊長により統括された戦闘集団、それがリーゼベト七星隊です。その第三隊が与えられた任務は諜報活動、すなわち……」
「スパイ」
「ご名答です」
モニカ……いや、アルモニカはパチパチと拍手をしてニッコリ笑う。
その人を小ばかにしたような態度にニナは更なる苛立ちを覚えた。
「ふざっ、けるなあああぁぁぁぁっ!」
ニナは持てる最大の力を己が雷槍に込める。
「『マジックブースト』!」
そして数年前、10歳の時にスキルクリスタルから得たスキルを発動させた。
ニナの魔力を吸い上げた雷槍はどんどんと肥大化していき、元の大きさの3倍ほどに膨れ上がる。
それをニナはアルモニカへ向け投擲した。
肥大化した雷槍は紫色の電流を纏い、先ほどのものとは比べ物にならない速さでアルモニカへ突進する。
一対一の戦闘において、マジックブーストの力が一番発揮されるのは下級魔法。
詠唱のいらない下級魔法を高火力で放つことができることこそが、このスキルの強みであるとニナは思っている。
さすがのアルモニカもそれは厄介とばかりにチッと舌打ちすると、腰元の細剣を鞘から引き抜いた。
そして中段にそれを構えると、飛んでくる雷槍へ向け一閃の突きを繰り出す。
剣は雷槍の中心を正確に捕え、雷槍を四散させた。
獲物を捕らえ損ねた雷槍はそのままアルモニカの周囲へと墜落し、4つの穴を地面に空けた。
「そこだっ!」
刹那、剣を抜き放ったニナがアルモニカへ特攻する。
不意を突かれたアルモニカは、瞬時に火弾を放ち牽制をしたが、ニナはそれを軽くかわすと数年ぶりとは思えない正確な刺突をアルモニカへ繰り出す。
アルモニカは研ぎ澄まされた反射神経で何とかそれを避ける。が、完全には避けきれず、頬に一筋、赤い線を刻まれた。
目端でニナが連撃刺突の構えを取っていることを確認すると、瞬時に地面を蹴って後退し、ニナと距離を取る。
ニナはそれを確認し、刺突の構えを解除した。
「なるほど。剣の腕前は鈍っていないということですか」
「そうでもないわ。マルビスに教えを受けていた時であれば、確実にあなたの心臓を貫いていたでしょうから」
「ご冗談を……」
アルモニカは額の汗を拭う。
ニナの力量を測り違えていた自身の詰めの甘さを悔いた。
いつからニナはここまで力をつけた?
少なくとも自身がニナの側近になった頃は自分の方が数段は強かったはずだ。
そこから片時も傍を離れず、監視をしていたというのに。
だが、とアルモニカは考える。
魔法はともかくとして、剣の腕前はそこまで圧倒的な差は感じない。
勝機があるとすれば剣戟。
そう踏んだアルモニカは、近接戦闘に切り替えるべく、すぐさま前進するため一歩を踏み込んだところで違和感に気付いた。
が、時は既に遅く、足元から紫色の電流が一閃の光となり、地面を貫いてアルモニカを襲う。
「『サンダースピア』!」
ニナのその一声と共に、すさまじい電撃が身体を駆け巡る。
「ああああああっ!」
電撃とともに、上空へと突き上げられたアルモニカは、意識が途切れないよう歯を食いしばって耐えた。
そして落下に併せてニナを睥睨する。
だが、その時彼女は気づいてしまった。
鞘と紫糸を繋げ弓に見立て、紫電を纏わせた細剣を矢としてこちらを狙っている姿を。
「貫け、『紫電剣閃』」
ニナの手から放たれた細剣は、紫色の一閃となって、空中のアルモニカを捕え、貫いた。
再度アルモニカの身体を凄まじい電撃が襲う。
今度こそ意識を手放したアルモニカは、自由落下の後に地面に撃墜した。
「はぁ、はぁ」
ニナはその様子を確認すると、荒い息を突きながら地面に膝をつく。
魔力にはまだある程度余裕はある。が、下級魔法とはいえ、短時間に連続して魔法を使い過ぎた。
ふらつく頭を何とか上げ、アルモニカの状態を視認する。
彼女からはプスプスと黒煙があがり、ピクリとも動かない。
死んでいるのか、はたまた気絶しているだけなのか……。
「やれやれ。任せろというから任せてみれば……。使えない部下を持つと上司は苦労する」
立ち上がり、彼女の状態を確認しようとしたところで、炎上する城から聞き覚えのある声と共に一人の男性が姿を現した。
そしてその後ろには全身鎧を着た兵士が数人、付き従うような形で城から出てくる。
「ふん、まだ死んではいないか」
男はアルモニカへ近寄ると彼女の状態を確認し、吐き捨てるようにそう言った。
「おい、誰か治癒魔法をアルモニカに」
「はっ!」
男に命令された兵士の中から一人が返事をして、アルモニカへ向け治療を開始した。
「さて……と。おやおやこれはニナ様じゃないですか。どうしたんですか? まるで近しい人間二人に裏切られたような顔をなさってらっしゃる」
その男は下卑た笑みを浮かべながらニナにそう告げた。
ニナはふつふつとわき上がる形容詞辛い感情をその言葉に乗せる。
「あなたも……なのね」
ニナは怒りで震える拳を地面に突き立て、その男を睨み付けた。
「あなたもなのねっ! ルード・レイアー!」
ニナの魂からの叫びを受けてもまだ、ルードと呼ばれたその男は卑しい笑みを浮かべていた。
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