第四十一話 ユーレシュの厄日―青き終焉―②
「ここがサンタミーシア?」
ニナがスノーデンを発ってから一日後。
ニナを含む魔法師団数名は、雪灯の町サンタミーシアへたどり着いた。
使い捨てる勢いで馬を走らせて来たため、思ったよりも早く到着したが、どうにも町の様子がおかしいことにニナは首を傾げる。
「隊長これは一体……」
後ろから付いてくる師団員も不安そうな表情でこちらを見る。
この町は現在戦いの中心部。
リーゼベト軍とユーレシュ軍がぶつかり合っているという絵を想像していたのだが……。
「隊長、ここはまるで……」
「ゴーストタウンね」
ニナは師団員の言葉の続きを自らの口で発する。
そう、サンタミーシアはあまりに静かすぎるのだ。
建物も戦火に巻き込まれた様相はなく、綺麗なまま。
ただ、街からごっそりと人だけが居なくなった、そんな状態だった。
「少し散策をしてみましょう」
ニナは師団員にそう言い、二人一組で散り散りに町の確認をさせることにした。
◇
「第一班、西側。誰一人発見できませんでした」
「第二班、南側同じくです」
「第三班、東側も同じです」
「そう」
人はそれぞれの報告を受け、頭を抱える。
自らが担当した第四班、北側。
こちらも収穫無し。
一時間探索しても人っ子一人見つからない。
一体どういうことだ。この町では一体何が起こったというのだろうか。
「隊長っ! あれをっ!」
混乱が続く頭に、師団員の焦りの声が響いた。
何事かとその師団員が指差す方向を見ると、何やら空が真っ赤に染まっている。
「この方向は……、スノーデン!?」
ニナは自分の目を疑う。
しかし、あの空の色。間違いなく、スノーデンは戦火に包まれている。
「なん……で?」
ニナは目を大きく広げたまま、茫然と立ち尽くした。
スノーデンからサンタミーシアへ来るまでにリーゼベト軍とすれ違ってはいないはずだ。
ならばなぜ、今、王都は燃えている?
何が起こっているんだ。サンタミーシアは一体どうなった? スノーデンはどうなっている?
分からない。分からない、分からない。
「モニカ……」
ふと副隊長の笑顔が頭をよぎる。
そしてはっと、我を取り戻すと師団員たちに声を投げた。
「全員、直ちにスノーデンへ!」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
ニナと同じく茫然としていた師団員たちは、彼女の言葉受け、条件反射のように返事をした。
◇
どんなに早馬を使ってもスノーデンへは半日はかかる。
ましてやこの馬たちはサンタミーシアへ来るときにも無理をさせた。
何頭かは既に息絶え、馬を無くした師団員は自分の足でスノーデンへ向っている。
「ここまでか」
ニナも自身の馬の状態を確認すると、それを乗り捨て、自身で走ることを決めた。
「雷光の糸、紡ぎ交じりて、韋駄天の足袋となれ。『ムーブドエンハンス』」
ニナは、中級魔法を自らの体躯へ付与する。
これでどこまで持つか分からない。が、今は一刻も早く王都へ戻らなければならない。
ニナは羽のように軽くなった身体を確認すると、その足で地を力強く蹴った。
走る。
走る。
赤く燃える空の方角へ向けて。
幾度となく激痛が走る。
「『ヒーリングエイド』!」
その都度一番消費の少ない治癒術で応急処置をした。
下級魔法ならば魔力の消費は僅か。何度か使用したところでスノーデンに着くまでに魔力が尽きることは無い。
ニナはスノーデンへ向け我武者羅に走り続ける。
気づけば周りには誰も居ない。
唯一人で、ニナは走っていた。
それでも彼女は足を止めない。
こうしている間にも、スノーデンが、民が――。
◇
ニナは茫然と立ち尽くしていた。
覚悟はしているつもりだったのに……。
目の前で業火に包まれるスノーデンの街を目にして、ニナには立ち尽くすことしかできなかった。
何故こんなことになった。どこで私は間違った。
そんなことばかりが頭を駆け巡り、次の一歩が踏み出せない。
ただ燃えて消えゆく街並みが、ニナの瞳に焼き付けられていく。
「ニナ様っ!」
不意にどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ニナはその声で我を取り戻す。
「ニナ様っ!」
「モニカっ!」
ニナが声のする方へ顔を向けると、モニカがこちらへ走ってくるのが見えた。
良かった、生きていた。
ニナはホッと胸を撫で下ろす。
「ニナ様、ご無事だったのですね」
はぁ、はぁとモニカは息を切らせながらそう言う。
「それはこちらの台詞よ。一体何があったの?」
ニナは今にも倒れそうなモニカの肩を抱きながら彼女に尋ねた。
「伏兵が潜んでいました。ニナ様が王都を離れた後、程なくして奇襲を受けたのです」
「そんな……」
それが本当ならサンタミーシアに人が居なかったのも納得ができる。
しかし、そんなタイミングの悪い話があるのだろうか。
まるで全てが謀られたかのような……。
「どうしました隊長?」
モニカはニナの顔を覗き込みながら訪ねる。
ニナは彼女から目を逸らさず、モニカに問うた。
「モニカ。他の師団員はどこ?」
自分が連れて行った魔法師団員は数名のみ。
大半を王都に残してきたはずだ。
「王城に居ます」
「分かったわ。すぐに向かうわよ」
ニナはモニカにそう投げかけると同時に王城へ向って走り始める。
「はいっ!」
モニカも短く返事をし、ニナの後を追いかけた。
◇
白氷の青殿。
そう呼ばれていた荘厳な王城は今、赤炎と黒煙に包まれていた。
「お父様……、お母様っ!」
ニナの額に冷や汗が浮かんだ。
嫌な予感がする。
彼女の直感がそう告げていた。
王城の門を抜け、中庭を通る。
その最中、ニナは横目にとあるものを確認し、足を止めた。
「あれはっ……」
折り重なる人の山。
その服装には見覚えがある。
「魔法師団の制服……」
ニナはその山へ駆け寄り、近くで確認する。
「アルド、エルベンス、シエーラ……」
その誰もがニナの知っている顔だった。
ただ違うのは、そのどれもが黙した死体だということ。
ニナはもう、彼らの声を、笑った顔を見ることはできないということ。
「酷い……誰がこんなことを」
決まっている。リーゼベトの伏兵だ。
怒りが、憎しみが、心の奥底からわき上がる。
握った手のひらに爪が食い込み、血が滲んだ。
許せない。
敵を、全てを焼き払ってしまいたいと思ったのは、こんな怒りを感じたのは初めてだ。
メラメラと燃え上がるマグマよりも熱い闘志は、程なくして一つの衝撃で呆気なく霧散した。
「ぐっ、がはっ……」
背中に受けた衝撃の熱。
それは体内にまで達し、まるで内臓が焼き焦がされていく感覚に陥る。
「誰がこんなことを……ですか」
ニナは声の方向へ振り返る。
「お答えしましょう」
そして眼を大きく見開いた。
「私ですよ。ニナ様」
そこには邪悪な笑みを浮かべるモニカ。
周りには数個の炎球がゆらゆらと揺らめいていた。
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