第四十一話 ユーレシュの厄日―青き終焉―②

「ここがサンタミーシア?」


 ニナがスノーデンを発ってから一日後。

 ニナを含む魔法師団数名は、雪灯の町サンタミーシアへたどり着いた。

 使い捨てる勢いで馬を走らせて来たため、思ったよりも早く到着したが、どうにも町の様子がおかしいことにニナは首を傾げる。


「隊長これは一体……」


 後ろから付いてくる師団員も不安そうな表情でこちらを見る。

 この町は現在戦いの中心部。

 リーゼベト軍とユーレシュ軍がぶつかり合っているという絵を想像していたのだが……。


「隊長、ここはまるで……」


「ゴーストタウンね」


 ニナは師団員の言葉の続きを自らの口で発する。

 そう、サンタミーシアはあまりに静かすぎるのだ。

 建物も戦火に巻き込まれた様相はなく、綺麗なまま。

 ただ、街からごっそりと人だけが居なくなった、そんな状態だった。


「少し散策をしてみましょう」


 ニナは師団員にそう言い、二人一組で散り散りに町の確認をさせることにした。





「第一班、西側。誰一人発見できませんでした」


「第二班、南側同じくです」


「第三班、東側も同じです」


「そう」


 人はそれぞれの報告を受け、頭を抱える。

 自らが担当した第四班、北側。

 こちらも収穫無し。

 一時間探索しても人っ子一人見つからない。

 一体どういうことだ。この町では一体何が起こったというのだろうか。


「隊長っ! あれをっ!」


 混乱が続く頭に、師団員の焦りの声が響いた。

 何事かとその師団員が指差す方向を見ると、何やら空が真っ赤に染まっている。


「この方向は……、スノーデン!?」


 ニナは自分の目を疑う。

 しかし、あの空の色。間違いなく、スノーデンは戦火に包まれている。


「なん……で?」


 ニナは目を大きく広げたまま、茫然と立ち尽くした。

 スノーデンからサンタミーシアへ来るまでにリーゼベト軍とすれ違ってはいないはずだ。

 ならばなぜ、今、王都は燃えている?

 何が起こっているんだ。サンタミーシアは一体どうなった? スノーデンはどうなっている?

 分からない。分からない、分からない。


「モニカ……」


 ふと副隊長の笑顔が頭をよぎる。

 そしてはっと、我を取り戻すと師団員たちに声を投げた。


「全員、直ちにスノーデンへ!」


「「「「「「はいっ!」」」」」」


 ニナと同じく茫然としていた師団員たちは、彼女の言葉受け、条件反射のように返事をした。





 どんなに早馬を使ってもスノーデンへは半日はかかる。

 ましてやこの馬たちはサンタミーシアへ来るときにも無理をさせた。

 何頭かは既に息絶え、馬を無くした師団員は自分の足でスノーデンへ向っている。


「ここまでか」


 ニナも自身の馬の状態を確認すると、それを乗り捨て、自身で走ることを決めた。


「雷光の糸、紡ぎ交じりて、韋駄天の足袋となれ。『ムーブドエンハンス』」


 ニナは、中級魔法を自らの体躯へ付与する。

 これでどこまで持つか分からない。が、今は一刻も早く王都へ戻らなければならない。

 ニナは羽のように軽くなった身体を確認すると、その足で地を力強く蹴った。


 走る。

 走る。

 赤く燃える空の方角へ向けて。


 幾度となく激痛が走る。


「『ヒーリングエイド』!」


 その都度一番消費の少ない治癒術で応急処置をした。

 下級魔法ならば魔力の消費は僅か。何度か使用したところでスノーデンに着くまでに魔力が尽きることは無い。

 

 ニナはスノーデンへ向け我武者羅に走り続ける。

 気づけば周りには誰も居ない。

 唯一人で、ニナは走っていた。

 それでも彼女は足を止めない。

 こうしている間にも、スノーデンが、民が――。





 ニナは茫然と立ち尽くしていた。

 覚悟はしているつもりだったのに……。

 目の前で業火に包まれるスノーデンの街を目にして、ニナには立ち尽くすことしかできなかった。

 何故こんなことになった。どこで私は間違った。

 そんなことばかりが頭を駆け巡り、次の一歩が踏み出せない。

 ただ燃えて消えゆく街並みが、ニナの瞳に焼き付けられていく。


「ニナ様っ!」


 不意にどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ニナはその声で我を取り戻す。

 

「ニナ様っ!」


「モニカっ!」


 ニナが声のする方へ顔を向けると、モニカがこちらへ走ってくるのが見えた。

 良かった、生きていた。

 ニナはホッと胸を撫で下ろす。


「ニナ様、ご無事だったのですね」


 はぁ、はぁとモニカは息を切らせながらそう言う。


「それはこちらの台詞よ。一体何があったの?」


 ニナは今にも倒れそうなモニカの肩を抱きながら彼女に尋ねた。


「伏兵が潜んでいました。ニナ様が王都を離れた後、程なくして奇襲を受けたのです」


「そんな……」


 それが本当ならサンタミーシアに人が居なかったのも納得ができる。

 しかし、そんなタイミングの悪い話があるのだろうか。

 まるで全てが謀られたかのような……。


「どうしました隊長?」


 モニカはニナの顔を覗き込みながら訪ねる。

 ニナは彼女から目を逸らさず、モニカに問うた。


「モニカ。他の師団員はどこ?」


 自分が連れて行った魔法師団員は数名のみ。

 大半を王都に残してきたはずだ。


「王城に居ます」


「分かったわ。すぐに向かうわよ」


 ニナはモニカにそう投げかけると同時に王城へ向って走り始める。


「はいっ!」


 モニカも短く返事をし、ニナの後を追いかけた。





 白氷の青殿。

 そう呼ばれていた荘厳な王城は今、赤炎と黒煙に包まれていた。


「お父様……、お母様っ!」


 ニナの額に冷や汗が浮かんだ。

 嫌な予感がする。

 彼女の直感がそう告げていた。


 王城の門を抜け、中庭を通る。

 その最中、ニナは横目にとあるものを確認し、足を止めた。


「あれはっ……」


 折り重なる人の山。

 その服装には見覚えがある。


「魔法師団の制服……」


 ニナはその山へ駆け寄り、近くで確認する。


「アルド、エルベンス、シエーラ……」


 その誰もがニナの知っている顔だった。

 ただ違うのは、そのどれもが黙した死体だということ。

 ニナはもう、彼らの声を、笑った顔を見ることはできないということ。


「酷い……誰がこんなことを」


 決まっている。リーゼベトの伏兵だ。

 怒りが、憎しみが、心の奥底からわき上がる。

 握った手のひらに爪が食い込み、血が滲んだ。


 許せない。


 敵を、全てを焼き払ってしまいたいと思ったのは、こんな怒りを感じたのは初めてだ。

 メラメラと燃え上がるマグマよりも熱い闘志は、程なくして一つの衝撃で呆気なく霧散した。


「ぐっ、がはっ……」


 背中に受けた衝撃の熱。

 それは体内にまで達し、まるで内臓が焼き焦がされていく感覚に陥る。


「誰がこんなことを……ですか」


 ニナは声の方向へ振り返る。


「お答えしましょう」


 そして眼を大きく見開いた。


「私ですよ。ニナ様」


 そこには邪悪な笑みを浮かべるモニカ。

 周りには数個の炎球がゆらゆらと揺らめいていた。

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