第四十四話 ユーレシュの厄日―青き終焉―⑤

「さて、兵士諸君。今から愚王ユリウス・ユーレシュの処刑を開始する」


 兵士たちはそのルードの声に、わっと湧きたつ。

 十字に張り付けられたユリウスはぐったりとしており、抵抗する姿勢は見せていない。

 いや、オリヴィアが死んだ時点で、彼もまたそんな気力、希望を失っていた。


「処刑方法は串刺し。一思いに愛しい者の元へ旅立たせてやろうという私の温情によるものだ。感謝するのだぞ、ユリウス・ユーレシュ」


 ルードはニヤニヤと笑いながら何も答えないユリウスへ言葉を投げた。

 人一人殺すのに何が温情だとニナは思う。

 が、今のニナには何もできない。

 ただ、目の前で父が殺されていく様を見ていくことしか……今の自分にはできなかった。

 そして、程なくしてユリウスの処刑は実行された。

 ルードから放たれた槍が、ユリウスの右胸を貫通し、彼は力なく頭を垂れた。

 ユーレシュ王の絶命。リーゼベトとユーレシュの1年にも渡る戦争が終結した瞬間だった。


「これにて我が軍の完全勝利だ! 皆の者良くやった!」


 ルードのその声に、兵士たちが皆「うおおおぉっ!」と雄叫びを上げる。

 そんな声に包まれながら、ニナは絶望に包まれた目を閉じた。


 父が死んだ。

 母が死んだ。

 魔法師団の皆が死んだ。

 モニカが裏切った。

 ルードが裏切った。

 マルビスが裏切った。

 いや、この3人は最初から味方などではなかった。

 もはや、誰も自分の味方は居ない。

 誰も、誰も彼も……。

 敵だ。

 皆敵だ。

 ここにいる、ルベルドも、アルモニカも、居なくなったマルビスクも。

 世界の全て敵だ。

 私以外の全てが敵だ。

 誰も自分を救ってなんかくれない。

 



 ―― もはや私が生きている意味はなんだろうか ――




「さぁ、軽い宴のあと帰還するとしよう」




 ―― この世界に希望なんてない ――




「ルード様、こいつちょっと味見したらダメですかね?」




 ―― ならばいっそ、全てを消してしまえばいい ――




「ダメだ。最初はロネ様と決まっておるのだからな……、とはいえ、多少ならバレないか?」







 ―― こんな世界……、消えてなくなれ ――



「我、二――ナ・ユーレシュの名において命ずる」


「あん?」


「全てを喰らえ、青き終焉」


 ニナの口から放たれる短い詠唱。

 彼女が古代文字から読み解いたその短い詠唱は、とある魔法に共通する特徴である。

 それを使うのにニナはもう躊躇いなどなかった。

 絶望を目の前にした彼女に、その魔法による反動など何も関係ないのだから。


「『ブルー・エンドノヴァ』」


 瞬間、彼女の中から凄まじい魔力が消失したのを感じた。

 そして、まず、彼女に汚らしい手を伸ばそうとしていた兵士が餌食になる。


「ぐあああああっ!」


 彼の体内から青い炎が溢れだし、その身を包み込む。

 そして、瞬く間にその姿を塵へと変えた。

 同時に周囲の兵士数人も不可解な発火現象に襲われる。

 兵士たちは断末魔をあげながら、どんどんと青い炎に燃やし尽くされていく。


「何が……、何が起こっているというのだ」


 その光景を見ていたルードは、額に汗を浮かべる。

 そして、発端たる少女を睨み付けた。


「貴様、何をしたっ!」


 ニナはゆっくりと立ち上がると、感情の消えた顔でルードを見る。


「生ある全てを無差別に喰らい尽くす炎。禁魔法『ブルー・エンドノヴァ』。発動した以上その周囲の全てを喰らうまで止まらないし、私にも止められない」


「なん……だと……」


「別に止める道理も無いのだけれど」


 ニナは冷たくそう言い放つ。

 ルードは身体の穴という穴から汗が噴き出すのを感じた。

 この魔法はヤバいと直感でそう感じたのだ。

 二人がそんな言葉を交わしている間にも、青い炎はまるで伝染病のように周囲の兵士たちに広がり、そして喰らっていく。

 ましてや、体内から発現する炎に次は誰が餌食となるのかも予感させない。


「た、助けてくれー!」


 恐怖からその場を逃げ出す兵士。

 しかし、青い炎は、逃がしはしないとばかりに次々と兵士たちを喰らった。

 残酷なまでに一瞬で。


「ぎゃああああっ!」


 その青い炎はついにルードまでも捕える。


「わ、私が悪かった。た、助けてくれ……」


 涙ながらにルードは懇願する。

 しかしニナはそんなルードを表情の消えた目で見下ろした。


「言ったでしょ。私にも止められないし、止める道理も無いって」


「そ、そんな……、うぎゃあああぁっ!」


 そしてルードは断末魔と共に、呆気なく塵と化した。

 あまりの手ごたえのなさにニナは嘆息する。


「ニナ様……」


 次いで青い炎に包まれた女性が一人、這いながらニナの足首を掴んだ。


「モニカ……」


 彼女もまたその身を塵に変え、白雪の中に埋もれる。

 そして、ニナの周りからは命の灯が全て消え果てた。





 長い静寂の中心で、ニナは立ち尽くしていた。


「終わった」


 何もかも。

 後は自らの命が終えるのを待つばかりだ。


 ―― 喰い足りぬ ――


 不意に何者かの声が頭に響く。


 ―― まだ喰い足りぬ ――


 その言葉だけで何者がそれを発しているのかを理解する。


「喰い足りないのなら、私を喰らえばいい」


 ニナは虚空へ向けそう呟く。

 しかしその者からの返答はない。

 再び静寂が辺りを包む。


 ―― 見つけた ――


 不意にその者がそう発する。


 ―― たくさん、見つけた ――


 見つけた? 一体何を……。

 刹那、辺りの木々が青い炎に包まれた。

 次いで、地面から青い炎が吹き出し、周囲が全て真っ青に染まる。


「どういうこと?」


 ニナは動揺しながら周りを見渡す。

 そして、一つの結論にたどり着いた。

 『ブルー・エンドノヴァ』は生ある全てを無差別に喰らいつくす禁魔法。

 即ち、対象は人間だけではない。

 白雪に隠れてやり過ごしていたが、ユーレシュという国を支える大地、そしてそこに芽吹く木々は生に溢れている。


「ま、待って」


 ニナは事の重大さに気づき、その者を止めようとする。

 が、それはニナの言うことを聞く気などさらさら無いと言わんばかりに、何も返答せず、ただ周囲を青に染めていく。

 次第に大地の色は燻っていき、木々も人間と同じく塵へと変わっていく。

 青い炎はスノーデンを丸ごと飲み込み、全てを喰らい尽くしていった。





 どのくらい時間が経っただろうか。

 ニナは辺りを見渡した。


 何もない。

 それは比喩などではなく、そのままの意味。

 辺りは遠く地平線の先まで、何も遮るものが無い。

 大地も黒く淀み、まるで生を感じさせない。


 そう、全てが消え去ってしまっていた。


 確かに自分は世界の消滅を望んだ。

 だが、自らが愛した国だけが消えてしまっている今、それはニナの本意に反している。

 どうせなら、リーゼベト、果てはこの世界全てを喰らい尽くしてくれたなら良かったのに。

 なぜ、なぜユーレシュだけがこんな目に合わなければならないのか。

 自らが発端とはいえ、不条理な結末にニナは憤りを感じた。


 ―― 満足した ――


 その者は幸せそうにそう発する。


 ―― では代償を ――


 代賞? ああなるほど。

 ようやく、自分が喰らわれる番が来たのか。


 ―― 汝の一番大切なものを頂くとしよう ――


 私の一番大切なもの。そんなものは決まっている。

 講釈はいい、さっさと持っていけ。


 するとニナの体内から青い炎が噴き出し始めた。

 ああ、やっと、この孤独から解放される。

 お父様、お母様……、ニナも今そちらへ参ります。


 ……。


 ……。


 しかし、いくら待てど暮らせど、ニナの体躯が塵に代わる様子はない。

 そして青い炎はニナの身体に何ら傷をつけないままに、ふっと消えて行った。


「どういうこと?」


 一瞬、何が起こったのか分からない。

 だが、それも束の間、ニナは身体の奥底から膨大な魔力が抜け落ちていくのを感じた。


「な、なにをっ……」


 ―― その他の一番大切なもの、『名』の一部を頂いた ――


「『名』?」


 ニナは慌てて自分のステータス画面を確認する。


********************


ニナ・ユーレシュ

Lv:17

筋力:G

体力:G

知力:C+

魔力:CC

速力:EEEE+

運勢:D

スキル:【マジックブースト】


********************


 ニナ・ユーレシュ……。

 確かに私の名はニナだがそれは飽くまで愛称であり、真名は違う。

 私の本当の名前は……。


「私の本当の名前は……」


 私の本当の名前は……、何だ?

 嘘だっ。嘘だ嘘だ。思いだせないなんてありえない。

 それになんだこのステータスは。

 レベルは半分以下、それ以外も軒並み大幅に下がっている。


 ―― では、また会おう ――


「ま、待って」


 ニナは慌てて制止をする。

 が、その者からの応答はなく、気配は霧散し、消えて行った。



 こうして王都スノーデンは、リーゼベトの兵士を巻き込み、一日にしてその姿を消すこととなる。

 これが後に語られることとなる、『ユーレシュの厄日』の真実。

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