第五十話 王族の末裔

「ジュームダレト。やっぱりな……」


 スキルクリスタルらしきものを持っていたからまさかと思ったけれど、まさかこんな形で探し人に会えるとは……。


「はい。このスキルクリスタルも私達王族が受け継いでいるものです。今は半分に割れてしまっていますけど……」


「経緯はともあれどうやらお互いの利害は一致していそうだね」


 今までダンマリを決め込んでいたキースが、俺たちの会話に割って入ってくる。


「利害が一致?」


「私たちがここに来た理由も王族の末裔を探すためなんだ。そしてその者が持つスキルクリスタルから……」


「キース!」


 俺は慌ててキースを制止した。

 こいつ勢いに任せて何を口走ろうとしているんだ。


「まだ信用できる相手かどうか分からない。俺たちの話はとりあえず彼女の話を聞いてからでも充分だろ」


「すまない。確かに君の言う通りだ。少し焦ってしまったみたいだ」


「あの、利害が一致って……」


「いや、こっちの話だ。それよりも話を続きを頼む」


「わ、分かりました」


 ルリエルはコクリと頷くとゆっくりと話を始めた。


「私の他にもう一人、王族の血を引く者が居ます。それが私の姉であるリリエル・ジュームダレト。幼くして両親を亡くした私たちは、ロンド芸団の団長に拾われ、私は踊り子として、姉は歌い手として育てられました。その後は特に何も無く、私達も幸せに過ごしていたのですが……」


 そこまで話したところで、ルリエルの顔色は曇り始める。


「三か月ほど前になります……。このローンダードに石化病という疫病が流行り始めたんです。その名のとおり、かかった者は三日と経たず石になってしまう病なんですが……」


「また石化病か……、いや、まさか……」


 するとキースが訝しげな様子で何かブツブツと呟き始める。


「どうしたキース?」


「……ん、いや……。すまない、恐らく気のせいだと思う。話の腰を折って悪かった、続けて欲しい」


 キースは何かを払拭するように首を横に振ると、ルリエルに続きを促した。

 その様子に何か引っかかるものを感じるが、今は話の続きを聞く方が先決だと判断し、俺も無言でルリエルに続きを促す。


「原因不明の病だったらしく、この街の医者もお手上げ状態だったんです。幸いなことに発症の確率は低く、1か月に1人程度。しかし、石化病は家の中や外関係なく突如として発症するので、皆がその病に怯えながらの生活を余儀なくされました。そんな時一人の女性がこの街を訪れたんです」


「一人の女……」


 やはり何かを気にかけているようにキースは再度呟く。

 ルリエルはキースのそれを少し気にした様子だったけれど、キースが何も言わないのを確認して続きを話し始めた。


「その女性は自身を旅の占い師と言っていました。彼女は自身のその占いで、石化病の原因を特定してくれたんです。原因はこのローンダードにほど近い水晶の洞窟に巣食う水蛇ヒュドラ。このヒュドラの呪いこそがローンダードに石化病がもたらしていたんです」


「水蛇ヒュドラの呪い? ヒュドラと言えば聖獣だろう? 彼らがそんなことをするはずがないと思うんだが……」


 キースは疑わしげにそう呟く。

 確かにアールヴやアスアレフのギルドマスターと話をしていたときもそう言っていた。

 その土地の守り神である聖獣は、滅多な事では人を襲うことはないと。


「私も最初はそう思いました。ですが石化病が流行るより前、腕に覚えのある冒険者が何も知らず水晶の洞窟へ入り、水蛇ヒュドラの子供を1匹仕留めてしまったという事件があったということを人づてに聞きまして……」


「それで怒り狂って呪いをこの街に振りまいた……と」


 怒り狂って暴挙に出た……、ね。

 あまりにもあのクソ猪の時と状況が酷似していることに俺は思考を巡らせながらルリエルの話を聞く。


「はい。そこで私と姉が水晶の洞窟に赴き、歌と踊りでヒュドラの怒りを収めるという案が持ち出されました。ローンダードギルドの直々の依頼ということもあって、無下に断ることも出来ず、私たちはそれを受けることになり、二人きりで水晶の洞窟に向かったんです」


「女の子二人だけでそんな危険な場所に向かわせるなんて……。ギルドは一体何を考えているんだ」


 キースはぐっと拳に力を込めながら近くの壁を叩いた。

 ドンという音とともにパラパラと天井から粉が落ちてくる。


「キース。気持ちは分かるが今は深夜だぞ」


「あ、ああ、そうだな。すまない」


 ルリエルはそんな俺たちを見てクスッと笑うと、「ありがとうキースさん」とお礼を言い、話を再開した。


「水晶の洞窟の中はやけに静かで、私たちは何かに引き込まれるように最奥部まで進みました。そこには1匹の巨大なヒュドラが、まるで私たちが来るのを分かっていたかのように待ち構えていました」


 そこまで話したところで、フッとルリエル表情に影が差し、彼女は口をつぐんでしまう。


「話すのが辛いなら強制はしないぞ」


「いえ、大丈夫です……」


 彼女は大きく深呼吸をすると、意を決した様子で口を開いた。


「私たちは歌と舞をヒュドラに披露しようとしました。その時だったんです。急に悲鳴があがったかと思うと、一瞬にして姉が石化をしてしまったんです」


 そしてルリエルは震える身体を両腕で抱きしめながらうつむいた。


「そこからはあまり記憶にありません。恐怖のあまり必死で逃げたという感情だけは覚えていますが、気が付いたときにはベッドの上でした。後で団長に聞きましたが、このローンダードの街の入り口で倒れていたところを、通りすがりの冒険者の方が見つけてくださったそうです」


 そして大きくルリエルは息をつくと、何とか顔を上げる。

 明らかに血色が悪くなっているのを見るに、相当なトラウマとなっていることを感じさせられた。


 そこからもゆっくりながらルリエルは語ってくれた。

 彼女が事の顛末を団長を通じて話したところ、責任を感じたギルドがリリエルの救出部隊の依頼を出し、結成されたもののその部隊は一人残らず帰還しなかったこと。

 何度かそれが行われたが全て失敗に終わり、やがて誰もその依頼を受けなくなったこと。

 業を煮やしたロンド芸団は、旅興行という名目で各地を回り、自分たちで協力者を探し始めたこと。

 その際にルリエルの魅了状態にする舞で、試していたこと。

 結果として状態異常に耐性を持った冒険者はおらず、途方にくれたままローンダードへ帰還したこと。

 ダメもとで行ったローンダードでの公演で、俺が魅了から逃れていたことに気付いたこと。

 そして力量を確かめるため、夜襲を仕掛けたことを。


「もうあなたしか……、あなたしか姉を助けられる人は居ないんです。どうか私に力を貸してください!」


 涙ながらに彼女は訴えてくる。

 その瞳から彼女が嘘をついているようには思えない。

 恐らく今まで語ってくれたことは本当のことなんだろう。

 ともすれば、ヒュドラの石化能力も全て事実ということになる。

 だが問題は俺が状態異常に耐性を持っているとこの子が勘違いをしていることだ。

 飽くまで俺が魅了から逃れられたのは、日付変更によるレベルリセットの効果に過ぎない。

 石化が全く効かない訳ではないということは、俺にとってもそれ相応のリスクはある。


 ……が、そのリスクを負ってでも彼女に協力をせざるを得ないかもしれないことを俺は確認する必要があった。


「なあルリエル。一つ聞きたい」


「はい……」


「まだスキルクリスタルの話を聞いていない。見るにそのスキルクリスタルは半分に割れているな。もう半分はどこにある?」


 そう、俺の当初の目的はこのスキルクリスタルにある。

 俺の予想が正しければ恐らくは……。


「もう半分は、私の姉が持っています」

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