第四十九話 ルリエル

 ローブを取った彼女は以前のような踊り子の格好ではなく、青色の武道着に身を包んでいた。

 そして彼女は左腕の包帯を外しながら叫ぶ。


熱吼いきりぼえ


 彼女はその声と共に両の掌を自らの前方に構えた。

その構えられた両の掌からは、青色の闘気が発せられ、それは瞬時に大きな気の塊となり弾ける。


「グオオオオオォォォ!」


突如として両耳にけたたましい雄叫びが響く。

周囲の空気はビリビリと震動し、耐えきれず俺は両耳を抑え、片目をつぶる。

闘気は霧散しているはずなのに、未だに脳内にはけたたましい咆哮が鳴り響き、方向感覚が狂わされる。

 そんな中彼女は俺に襲いかかるでもなく、右へ、左へと何かしらのステップを踏んでいた。

 

「闘舞 ―砥爪とぎづめ―」


 そして不意に彼女は飛び掛かってくる。

 見れば、彼女の五指の爪は青白い光に包まれ、獣のそれのように伸びていた。

 俺は何とかアイテムボックスから剣を取り出すと、襲い来る彼女の素手をそれで受ける。

 キンという金属音が周囲に響くとともに、ズシンと手に重さを感じた。


虎龍四十蓮華こりゅうしじゅうれんげ斬切舞きりぎりまい


 彼女はそのまま俺に対し連撃を開始する。

 天下無双のおかげで速さはそこまで感じないが、剣で受け続けると言った防戦一方では埒があかない。

 感覚がやっと戻ってきたところで、俺は彼女の一瞬のすきを見つけて、剣で彼女の拳先を左に逸らし、空いた右側から軽く蹴りを叩き込んだ。


 けれど脚に人を蹴った感覚はない。

 俺の蹴りは完全に空を切っていた。

 彼女を見ると、なにやらユラユラと揺らめきながら、霧のように消滅していく。


「なにが……」


 起こったのか……、そう考える暇もないままに背中へと衝撃が走る。

 俺は地を蹴り、背後に居る何かから距離を取った。

 そこには尖った青白い色の爪を携える少女。

 今のは分身か何かなのか?


「硬い……。この爪で引き裂けないなんて」


 彼女は信じられないといった表情でこちらを見ていた。

 本当に天下無双さまさまだな。

 とはいえ、その天下無双もそろそろ終わりの頃合い。

 そろそろ決着をつけないと。


「もうあれを舞うしか――」


 そう言って彼女はするすると右腕の包帯をほどき始めた。


「て……」


「悪いな」


 彼女がそう言おうとした時には既に俺の拳が彼女の鳩尾に決まっていた。

 彼女はそのままダランと力なく俺へと倒れた。

 併せて俺の身体からはゆっくりと力が抜けていく。

 ギリギリ間に合ったってところか。


 俺は彼女を地面に横たえると、ゆっくり辺りを見渡す。

 俺を襲った連中は皆気絶し、すぐさま起き上がる素振りは見せない。


「このまま帰るのは簡単だけれど……」


 俺は再び目の前の少女に視線を落とす。

 やはりこのような少女が理由なく人を襲うようには思えない。

 そしてふと気になった俺は彼女の耳元に目を向ける。

 

 ……。





「という訳だ」


「どういう訳だ」


 目の前でキースが溜息をついた。

 そして俺たちの部屋のベッドには未だ気絶したままの少女。


「あまりこういった趣味は感心しないな」


「勘違いするな。そいつの右耳を見てみろ」


「右耳?」


 キースは俺の言う通り少女の右耳を見る。


「これは……」


 そこには小さなイヤリング。

 先には球体を丁度真っ二つに割ったような煌びやかな宝石が付いていた。


「宝石……、いやスキルクリスタルか!?」


「そう思ってスキルを習得しようとしてみたけど無理だった。多分半分に欠けているのが原因だと思うけれど、とりあえず俺を襲った理由と併せて諸々の話をこいつから聞き出そうと思ってな」


「なるほど。話は分かった」


 キースは納得と言った表情で頷く。


「それでこれから彼女をどうするんだ?」


「起きたらとりあえず拘束した上で俺を襲った理由を吐かせる。ついでにスキルクリスタルの話も聞けたら御の字だな」


「敵かもしれないとは言え、まだ相手は子供だ。手荒な真似はあまり歓迎しないが?」


「少女を痛めつける趣味は俺にもねえよ」


「ん……」


 俺とキースがそんな話をしていると、少女が小さな声を上げた。

 俺はすかさず『アースバインド』を発動させ、彼女の手と足を拘束する。


「ここは……」


 そしてゆっくりと彼女の目が開いた。

 彼女は視界に俺を入れるや否や、顔面を蒼白にして起き上がる。

 そしてすぐにその場を脱しようとしたのだろうが、手足を拘束されていることに気づき苦々しい顔になった。


「お目覚めか」


 俺はそう語りかけながら彼女に近づく。


「私を……、一体どうするつもりですか」


 彼女は弱々しい声を絞り出しながら俺をキッと睨んだ。


「どうするつもりも何も、元はと言えばお前らの方から襲ってきたんだろ? 一体どういうつもりだ?」


「……」


 俺の問いかけに対し、彼女は返答しない。

 ただ下唇を強く噛みしめ、彼女はうつむく。


「……。答える気が無いならその件はとりあえずどうでもいい。それよりも気になるのはお前のその耳についているもんだ」


 そう言いながら俺は彼女の右耳を指差した。


「それはスキルクリスタルだろ? どうしてお前が持っている? お前はいったい何者だ?」


「これは……」


 彼女は自分の右耳のそれを揺らしながら俺を見る。

 そして意を決したかのように口を開いた。


「あなたを見込んでお願いがあります」


「は?」


「私の魅了をも凌ぎ、あまつさえ夜襲も蹴散らしたその強さ。どうか私に力を貸してもらえませんか?」


「いやいや待てって。どうしていきなりそんな話になるんだよ。それに俺の質問は……」


「どうして私がスキルクリスタルを持っているのか、私が何者なのか……、でしたよね。それを話したら私に協力してくれますか?」


 彼女は真っ直ぐな眼で俺を見つめてくる。

 俺に一体何を求めてくるというのか……。


「……協力できるかどうかは話次第だ」


「……分かりました。今はそれで構いません」


 彼女はいささか納得していないようだったけれど、コクリと頷く。

 俺はそれを確認して、恐らくは派手な抵抗はしないだろうと思いアースバインドを解除し、再度質問を投げかけた。


「んで、結局お前は何者なんだ」


「私は……」


 そして彼女はゆっくりと口を開いた。


「私は、ルリエル・ジュームダレト。かつてこの地を治めていた王族の末裔です」

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