第五十一話 協力
やはりか。
「分かった。協力する」
俺ははぁ、と大きく嘆息した。
「本当ですかっ!」
彼女は目を輝かせながらこちらへ近づき、手を取った。
「本当に、本当に……」
「本当だから落ち着けって」
俺は何とか彼女を宥めながら再び息をついた。
当初の目的であるスキルクリスタルの半分がそこにある以上、俺たちはこの子に手を貸すしかない。
これから行動を共にする以上、彼女の勘違いを現時点で正しておく必要があるな。
「協力はするけど、一つだけ伝えておくことがある」
何でしょうと彼女は小首を傾げた。
「君は俺に状態異常が効かないと思っているかもしれないけれど、それは勘違いだ」
そして俺はあの夜に起きた出来事を包み隠さず彼女に話した。
ついでにレベルリセットの能力も、俺たちが何故このローンダードへやってきたかの目的も。
「そうだったんですね……」
ルリエルは少し残念そうな顔で微笑む。
無理もない。ようやく見つかったと思った解決の糸口だったんだろうからな。
それに俺としても悩ましい問題だ。
協力するのはいいものの、実際にヒュドラを眼前にして全員石化で即全滅なんて笑い話にもならない。
せめて事前にエリクサーの能力でも取得できていれば話は変わっていたのかもしれないが。
「ロクス。少しいいかい?」
俺が色々と考えを巡らせていると、傍らに立つキースが俺に話しかけてきた。
「どうした?」
俺は思考を一旦中断し、彼に目線を向ける。
「いや。君にも話していなかったことなんだが、石化という状態異常に限って、私には効かない」
「効かない?」
「正確には無効化されると言った方が正しい。この指輪の力だ」
そう言ってキースは俺に右手を見せてきる。
確かにキースの右手の薬指には、小さな黄色の宝石がついた銀色の指輪が部屋の明かりに照らされて輝いていた。
「『防石の指輪』。これを身に着けている者への石化の状態異常は全て無効化される。これがあればヒュドラにも十分に対抗し得ると思う」
彼はどうだろうかと小首を傾げ俺に尋ねた。
「いや、対抗し得るというか……ずばりそれじゃないか! それさえあれば石化を恐れずにヒュドラと戦える!」
まさに俺の危惧していた問題が一発で解決する。
まさかキースがそんな便利なものを持っているなんてな。
「というか、何でお前そんな『石化』にだけ特化したようなアイテム持ってるんだ?」
「ん、ああ。まぁ、なんというか身近に似たような能力を持つ人が居てね」
あまり話したくない内容だったのか、何だか答え辛そうにキースは頬を掻きながらそう言った。
まぁ、人には触れられたくない部分もあるだろう。
さて、と俺はルリエルの方へ目線を戻すと、何やら強い眼差しで彼女がこちらを見つめていることに気付いた。
「ん? どうかしたか?」
「ロクスさんって呼ばれてましたよね?」
「ああ。そうだな」
そういえばまだ名前は彼女に教えていなかったか。
とはいえ、ギルドで使っている偽名なんだけどな。
「もしかして、ロクス・マーヴェリックさんですか?」
彼女はなおも俺の目を見続けながら尋ねてきた。
へぇ、この子もロクス・マーヴェリックを知っているのか……。
「残念だけどロクスというのはギルド名で本名じゃない。その名前自体はロクス・マーヴェリックから拝借したけど」
俺がそう言うと、ルリエルは「あはは、ですよね」と残念そうに笑った。
「それよりもロクス・マーヴェリックのことを知っていることのほうがすごいな」
俺はルリエルにそう投げかける。
ツヴァイトの家の者を除いて、俺の周りではその著者を知っているやつは少なかった。
正確には二人居たけれど、そのぐらいマイナーな作家だ。
「昔読んだんですけど、内容がとても印象的だったので今でも覚えています。確か『愚者フィナルの冒険』でしたよね?」
そうそう、確かそんなタイトルだった。
表紙はボロボロで、古臭くて、読む気はしなかったけれど、俺の父親だった奴が「必ず読め」と煩く言うものだから、仕方なく読んだんだ。
内容は終始暗めで、あまり面白くなかったから詳しくは覚えていないけれど。
「ロクス・マーヴェリック……か。聞いたことがない……いや、うちの蔵書にそんな著者名の本があったかな……?」
キースが何かを思い出しながらぶつぶつと何かしらを呟いている。
それよりも話が本筋からかなり外れてしまってるな。
そろそろ本題に戻すとするか。
「とりあえずロクス・マーヴェリックの話はさておき、肝心のヒュドラの方なんだけれども」
俺がそう切り出すと、ルリエルはハッとして居住まいを正し、キースも「すまない、そうだった」と申し訳なさそうな顔をした。
俺は、軽く咳払いをすると続きを話し始める。
「キースの指輪で石化を回避できるのは1人。ということは、自然的に水晶の洞窟へ向うの1人に限られるということになる。だとしたらその役目は――」
「ロクス。君だと言いたいんだろう」
俺の言葉に割り込む形でキースがそう言う。
「君には天下無双という絶対的なスキルがある。こと1分という時間に限れば、これに勝る能力はない」
「話が早くて済む。じゃあ……」
「だけれど、だ」
俺が話を終えようとすると、語気を強めにキースが待ったをかけてきた。
「それは敵が1分で全滅するという状況にあればという話。第二、第三と敵が潜伏していた場合、天下無双の効果が切れた君で太刀打ちできるかい?」
ぐっ、と俺は言葉に詰まる。
確かに大猪討伐戦やリュオンとの戦いでは、アールヴやキースが居てくれたからこそ何とかなったところはある。
「それに道中はどうする? そもそも君一人では水晶の洞窟の最奥部までたどり着くことさえ困難じゃないか?」
「それはそうだが……。じゃあどうする?」
「この指輪は君が持っていてくれ。その上で私も君に同行しよう」
キースはそう言いながら、俺に防石の指輪を渡してきた。
「お前こそ何言ってるんだ? さっきのルリエルの話を聞いてなかった訳じゃないんだろ?」
指輪なしに同行するということは常に石化の危険性が伴うということ。
それを承知で言っているのであれば、その自殺行為に何の意味があるというのか。
「もちろん聞いていた。その上で私は君に賭けようと思う」
「俺に賭ける?」
一体何を賭けるというのか。
仮に命だとでも言うのなら、俺はそんな重いもの背負いたくはない。
「君の能力エリクサーだ。エリクサーとはどんな状態異常でも治す能力。額面通り受け取るなら、その能力さえあれば、仮に私が石化をしたとしてもすぐに治すことができるだろう?」
「そうかもしれない……、けどよく考えてみろよ。スキルクリスタルは2つに割れてるんだぞ。俺が習得できなかったらどうするつもりだ?」
「そうなったら、君は天下無双を使って洞窟から離脱をして欲しい。そして本物の霊薬エリクサーを見つけて私を助けてくれ」
「おま、何言って……。霊薬エリクサーと言えば、あるかどうかも分からない伝説上の薬だぞ? それを探し出せって本気か?」
「冗談で言っているように見えるか?」
キースはそう言いながら真剣な眼差しを俺に向けてくる。
嘘でも冗談で言っているとは言えないその瞳に、俺はどうしてという気持ちのみが湧きあがってきた。
確かにルーシィはキースの持ち馬であることには変わりない。
だけど話を聞く限り、ルーシィは彼の言うことを聞かないじゃじゃ馬だったはずで、特段の思い入れがあるようには受け取れなかった。
対して、俺にとってルーシィは、一番辛かった時期に俺の傍に居てくれた大事な存在だ。
だからこそルーシィが苦しんでいるのなら、俺にできることであればなんだってしてやりたいと思っている。
それこそ水晶の洞窟へ一人で乗り込むことなんて何とも思わないぐらいに。
「何故って顔をしているね」
そんな俺の考えが表情に現れてしまったのか、キースは俺を見ながらクスリと笑った
「理由は聞かないで欲しい。決して褒められたものではないし、君を怒らせることも今はしたくない」
俺が怒る?
どういう理屈でそう言う結論になるのかますます頭がこんがらがりそうだ。
……、だけどキースがそう言うなら、これ以上聞くのはやめておこう。
嫌がる相手に詰め寄る趣味は、俺にはないからな。
「あの……、私も行きます!」
すると、俺とキースのやり取りを聞いていたルリエルも、意を決した声色でそう叫ぶ。
「いや、だからお前もさっきの話を……」
「聞いてなかった訳じゃないです。確かに今でも怖いのも確かです。でも、自分の身内を助けてもらうのに、ただ指を咥えて待っているだけなんてやっぱりできません。それにこのスキルクリスタルの半分が無かったら、お姉ちゃんのスキルクリスタルを使っても、そのスキルは手に入らないんでしょう? 私、このスキルクリスタルを預けるなんてしませんから!」
その絶対に引かないと言った表情に俺は嘆息する。
キースと言い、ルリエルと言い、どうしてどいつもこいつも……。
「さっきも言ったけれど、石化をしても元に戻してやれる保証はない。それにヒュドラの強さも未知数だ。それでもか?」
「覚悟の上です。それに私には師匠から教わった拳法と、代々王族に受け継がれる舞がありますから。そこそこ強いんですよ、私」
ルリエルは自身満々といったようにドンと胸を叩いた。
確かに天下無双が無ければ俺では歯が立たなかったのは確かだ。
この様子だと何を言っても無駄なんだろうな。
「はぁ、分かったよ。それじゃあこの3人で向かうとしよう」
「ああ」
「はいっ!」
俺がそう言うと、二人は息を合わせたように返事をした。
その後俺たちはヒュドラの攻略について打ち合わせを行った。
色々な危険が伴う以上、立ち回りや作戦などを綿密に立てておくのは当然だからだ。
夜も遅く、俺との戦いで疲れていたのか、ルリエルが船を漕ぎはじめたとこで一旦床に就こうという話になり、キースは自分の部屋に帰って行った。
ルリエルにはとりあえず俺のベッドを使ってもらうことにした。
最初は自分が床でいいと抵抗をしていたが、敵でなくなった以上、女の子を床で寝かせる訳にはいかない。
何とか俺は説得をし、ルリエルをベッドへ押し込むと俺はランプの灯を消し床に寝っころがる。
打ち合わせに夢中で気付かなかったけれど、既に窓の外は明るくなり始めていた。
洞窟へ向うのは今日の夕方前。
それまでに出来うる限り身体を休めておかなければと、俺は意識を手放したのだった。
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