第八話 暗躍する者


「伝令です。ユーレシュの第一王女、ニナ・ユーレシュを取り逃がしたとの報告がありました」


 薄暗い謁見の間、伝令を伝えるため、早馬を飛ばしていた兵士は蒼い顔をしながら告げた。


「そうか」


 報告を受けた豪奢な鎧に身を包んだ初老の男は短く答え、腰元の剣を抜いたかと思うと、それを鞘に納めた。

 瞬間、伝令を伝えに来た兵士の首が、血飛沫を撒き散らしながら後ろへ吹き飛んでいく。

 電気信号を送る器官を無くした体躯は、銀色のタイルを赤く染めながら力なく横たえた。

 それを見ていた周りの恰幅の良い貴族たちは、ごくりと生唾を飲み込み顔を青白くさせる。

 中には後ろを向き、込み上げるものを吐き出す者もいた。

 そんな中、煌びやかな椅子に座っていた丸々と太った一人の男が、ガタンと大きな音と共に立ち上がる。

 そしてその初老の男を指差して、大声をがなり上げた。


「ジュリウス、いつになったらニナは余の物になるのだ! 何のために長い時間をかけてロギメル、ディアイン、そしてユーレシュを落としたと思っておる!」


 ジュリウスと呼ばれた初老の男は、そちらの方へ振り返り、恭しく跪く。


「お言葉ですがロネ陛下。此度の兵の采配は陛下の指示に従ったものです」


「余に意見をするな! 身の程を弁えろ!」


 ロネと呼ばれた男は手に持っていた盃をジュリウスに向けて投げつけた。

 ジュリウスはそれに対し防ぐこともせず、ただ頭に受けた。盃の尖った箇所が額に当たり、切れて血が流れだす。


「申し訳ございません。分不相応な振る舞いを致しました」


「フンッ」


 ジュリウスの謝辞に対して、鼻を鳴らすことでロネは答える。

 それに対して、ジュリウスの表情は変わらなかったが、額には青筋が浮き上がっていた。


「次で最後だ。次失敗したら貴様の命は無いものと思え!」


 それに気づかず、ジュリウスに向け捨て台詞を吐くと、ロネは傍らに置いてあった少し大きめの桐の箱を覗いた。


「もう少しだ。もう少しで貴様の娘は余の物になる。楽しみだなぁ、オリヴィア」


 ロネはにやつきながら、桐の箱を持ち上げると、イソイソと自室へ帰って行った。

 静寂が謁見の間を包む。


「身の程を弁えるのは貴様だ。醜い狂った豚め!」


 ジュリウスは誰にも聞こえぬよう小声でそう呟き、立ち上がる。


「フォーロックを呼べ」


「はっ!」


 ジュリウスの呼びかけに呼応して、一人の兵士が返事をする。

 その兵士は謁見の間を飛び出していった。

 数分後、その兵士に引き連れられる形で、一人の若い騎士が姿を現した。


「フォーロック・アレクライト。ここに参上仕りました」


 フォーロックと名乗った男は、ジュリウスの前に恭しく跪く。


「うむ」


 それを確認して、満足そうにジュリウスは頷いた。


「フォーロック。お前の隊にニナ・ユーレシュの捜索を命ずる。これは王の勅命だ、。必ず遂行して見せよ」


 すると、フォーロックは顔を煌びやかに光らせた。


「はっ、ありがたき幸せ。リーゼベト七星隊の名に懸け、必ずやご期待にお応えして見せます。ジュリウス総隊長!」


 フォーロックは胸に手を当てて返事をし、颯爽と謁見の間を出て行った。


「真っすぐで従順な若者ほど使い易いものは無いな」


 小さく呟かれるその言葉もまた、彼以外に聞こえるものなど居なかった。





 ウィッシュサイドから少し離れた交易都市ヨーゲン。

 そこにラグナスとニナの姿はあった。

 宿屋の一室のベッドにニナは横になっており、ラグナスは傍らで考えに耽っていた。


「結局、何故俺のSPは0になってしまったんだろうか」


 何度考えても行きつく答えは一つ。

 天下無双という虹スキルと引き換えに全ロスト。これしかなかった。


「だが、普通の消費量は100だぞ? 100でも相当だというのに、3000あったSPが一瞬で消えるなんてありえないだろ?」


 本来ならば30個ほどスキルを手に入れる予定だったのが、天下無双という使いどころが限られるスキルに全てを持っていかれた。

 とはいえ、この天下無双のおかげで兵士たちから逃げ切れたのも事実。ウィッシュサイドでさえ危険と判断したラグナスは、逃げるなら限界までと効果が続く限り走り続けた結果、このヨーゲンに辿り着いた。


「まあいいか。SPはまた増やせばいい。この天下無双を使えば、今まで困難だったレベル上げもできるかもしれないしな」


 1分間だけステータスが向上するスキル。これを例えば恐ろしいほど強いモンスターの前で使って倒せば、一気にレベルが上がり、SPが今までよりも早く上がるのではないかという算段だ。

 100ほどためるのに、今までだったら50日~100日かかっていたが、上手くやれば10日、果ては5日程度で十分だと俺は踏んでいる。

 だがまず確認したい問題は俺のステータス。これがどうなるか、だ。

 俺は、ステータス画面を開き、自身のステータスを確認した。


********************


ラグナス・ツヴァイト

Lv:3

筋力:GG

体力:G

知力:G

魔力:G

速力:GG

運勢:G

SP:1

スキル:【レベルリセット】【天下無双】


********************


 恐らくとんでもないスピードで走り続けていたお陰でレベルが1上がった。が、ステータスは全体的に低下をしている。恐らく半減した結果こうなったのだろう。そして数時間経った今現在でもそれが戻らないということは、やはり半減されたステータスは元には戻らないということに他ならない。

 本来なら、これもゴミスキル認定されるが、俺の期待にも似た考えが正しいとするならば、もう少しでそれが証明される。

 俺は壁にかかっている時計を見ながらカウントダウンをした。


3、


2、


1、



 長針と短針が、Ⅻの場所で重なり合う。

 それと同時に俺はステータスを開いた。


********************


ラグナス・ツヴァイト

Lv:1

筋力:G

体力:G

知力:GG

魔力:G

速力:GG

運勢:GG

SP:2

スキル:【レベルリセット】【天下無双】


********************


 ……よし。

 俺は人知れずガッツポーズを取る。やはり俺の考えは正しかった。

 レベルリセットの効果で、ステータスがリセットされた。つまり、天下無双のデバフ効果が打ち消されているということになる。

 普通の人間ならば、ステータス半減など百害あって一利なし。だが、俺は違う。毎日レベルが1に戻る俺にとって、1日だけステータスが半減したところで大した影響はない。

 更に言えば天下無双のスキルも消えていなかった。やはり入手したスキルはリセットされないんだ。

 5年間仮説だった答えが今はっきりとして、俄然俺の中で希望が溢れてくる。


「ん……」


 俺が一人喜んでいると、ベッドの方からニナの声が聞こえた。

 そちらを見ると、ベッドからむくりと起き上がっている。どうやら目が覚めたみたいだ。


「よう、寝坊助。やっと起きたか」


 俺はニナに向けて声をかける。


「ラグ……ナス? ここはどこですか?」


 虚ろな目でニナは辺りをキョロキョロと見回す。


「ここはヨーゲンの宿屋だ。とりあえず森から大分離れているから、追手は撒けたと思うが」


「そうですか」


 俺の返答にニナは安堵の表情を浮かべる。

 そして、ハタと自分の姿を見て凍り付いた。


「ああ、服か? 長い間森を走りまわってたんだろう。泥と汗でベトベトになってたからな。お前の身体拭くのにも邪魔だったし、ここの女将さんに洗濯しといてくれって渡した」


「ダレガヌガシタノ?」


 急にカチコチと片言になるニナ。どうしたんだ急に。


「俺以外居ないだろう。ちなみに身体を拭いたのも俺だ。主人想いの奴隷に感謝しろよ」


 フンと胸を張って言ってやった。俺ってば気が利くからな。伊達に奴隷扱いの2年間は無駄ではなかったということだ。


「……なさい」


「え?」


「死になさい! このド変態!」


 彼女がそう大声を張り上げた瞬間、俺の首元がカッと熱くなって体中に電撃が走った。


「あばばばばばば」


「信じられません!」


 彼女は毛布に包まり俺から距離を取る。

 なぜなのか、良かれと思ってやったのに。俺はそんな疑問を抱きながら、電撃に意識を持っていかれたのだった。

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