第九話 和解と今後
「なぁ、まだ怒ってるのか?」
「……」
ニナはツンとした表情でそっぽを向き、口を利いてくれない。
はぁ、と俺はため息をついた。
結局あのまま朝を迎えた俺は、ニナに頭から水をかけられることで起床した。いや、奴隷だから文句は言わないけれど、もうちょっと起こし方とかあると思う。
確かに普通ならば女の子の服を脱がすのは色々とダメだと思うけれども、俺って奴隷だぜ。奴隷が主人の身の回りの世話をするのは当たり前だと思うんだが、違うのか? と尋ねたら、無言でビンタされた。本当に理不尽な世の中だ。
それでまぁ、奴隷という立場上、主人のご機嫌取りに奔走しているわけだけれど、このご主人様はずっとむくれ顔で話すら聞いてくれない。せめて、これからどうしていくかぐらいは話しておきたいところなのに。
という訳で現在は無言のまま、泊っている宿屋で遅めの朝食を二人でとっていた。気まずい。
「おや、昨日の子たちじゃないかい」
無言で食事をしていると、俺の背後から恰幅の良い女将さんが現れた。
それで俺の肩をバンと叩く。力加減を考えて欲しいな。ちょっと痛い。
「この子が意識のないアンタを大事そうに抱えて訪ねて来た時には何事かと思ったけど、元気そうで何よりだよ」
そして、アハハハハと俺の横で高笑いをした。鼓膜が弾けそう。
「そうなのですか?」
ニナはおずおずと女将さんに尋ねた。
「そうさね。気になってその後を少し見ていたけど、甲斐甲斐しくあんたのことを面倒見ていたよ」
「そう……なのですか?」
今度は俺に尋ねてくる。気のせいか少し申し訳なさそうに。
「ん? まあご主人様だし。当然だろ」
ニナが気絶したのは俺の所為でもあるし、何度も言うが奴隷が主人の身の回りの世話をするのは当たり前だと思うからな。奴隷扱い2年間で染みついた根性が捨てきれないのがどうも悲しいが。
「そうですか」
そのままニナは黙ってパンをちょびちょびと食べ始めた。
女将さんは俺たちのやり取りをニヤけた表情で見ていたけれど、やがて「おっと、鍋に火をかけっぱなしだったね」と厨房の方へ戻っていった。
再び俺たちの間が静寂に包まれるが、意外なことにそれを破ったのはニナだった。
「ニナで良いと言ったはずです」
彼女はパンを食べるのをやめると、ポツリと呟いた。
「え?」
何の話?
「ですから、ご主人様ではなくニナと呼んでくださいとお願いしたはずです。形式上主人と奴隷ですが、ラグナスとは対等な関係でいたいと思っていますから」
ニナの目は真剣そのものだった。
その表情に思わず面食らってしまうが、そう言えばさっきご主人様って俺言ってたな。別に意図した訳じゃないんだが、つい咄嗟に口から出てしまった。失言だったか?
「ごめん。気を付ける」
とりあえずそう返すと、満足そうに頷いた後、また申し訳なさそうな表情に戻った。
「それと、今朝は少しやり過ぎました。あなたは私のためにそうしてくれていたのに。すみません」
「い、いや、俺の方こそ、奴隷はそうするのが当たり前だと思ってたからさ。もうそういう考えはしないようにする」
「はい、よろしくお願いしますね。ラグナス」
そう言いながら彼女は満面の笑みを浮かべた。
俺にはそれが何だか一瞬、神々しいものに見えた。
彼女の金色の長髪が、窓から差し込む光で輝いていたのも理由の一つかもしれない。
「それで、結局今後はどうするんだ?」
朝食を食べ終えた俺は、まだちょびちょびとパンを食べていたニナに尋ねる。
彼女はパンを皿の上に置いて、うーんと悩み始めた。
「逃げるのに精一杯で正直何も考えてはいませんでした。ラグナスはどうしたらいいと思いますか?」
彼女は小首をかしげながら俺に尋ねる。
どうしたらいいって言われても、俺に聞かれてもな。
「ここはアスアレフの王都の隣町だし、さすがにこんなところまでリーゼベトの兵士が追ってはこないだろう。だから、ここでしばらく身を隠すというのはどうだ?」
俺の提案を受け、ニナはまた深く考え込む。
「先立つものはどうします?」
「ニナがある程度持っているんじゃないのか? 金が目的なら~って俺に言ってたろ?」
「そんなの嘘に決まってるじゃないですか。油断したところを隙を見て逃げるつもりでしたから」
「そ、そうか。意外と強かなんだな。じゃあこれも俺からの提案なんだけど……」
と、俺は一つニナに進言をした。
それはギルドでクエストを受けながら日銭を稼ぐというものだ。手っ取り早くレベルを上げられて、かつ、お金が稼げる一石二鳥のこの方法が最適解だと判断した。俺としても早くSPを上げていきたいし。
そしてそれを説明するついでに、昨晩俺が気付いたスキルのことについてもニナに伝えておく。ニナはしばらく目を丸くしながら聞いていたが、聞き終わると、「逆に私の方が釣り合わないかもしれないですね」と言って笑っていた。いや、亡国とは言え、王族とその日暮らしの俺を比べたら、見劣りするのは絶対に俺の方だと思う。
その後、しばらくニナと相談して、やはり俺の案が一番だろうという結論に達した。
「んじゃ、早速ギルドに行って、ニナの登録からだな」
善は急げと、俺が立ち上がろうとすると、ニナから「待ってください」と制止がかかった。
「まだ食べ終わってないです」
「あ、悪い」
見れば、まだ皿の上の食事は半分程度しか減っていない。
俺は椅子に座りなおすと、ニナの食事風景を眺めていることにした。
ちょびちょび。パク。
ちょびちょび。パク。
「そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「いや、もうちょっと食べるペース速くならないかなと思って」
「す、すみません」
彼女はそう言うと、焦って再びパンを食べ始めるのだった。
それでも食べるペースはそんなに変わらなかったけど。いや、別にいいんだけどな。
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