第八十八話 お友達③

 思い切り叩きつけられた衝撃で内臓が揺さぶられる。

 が、天下無双の効果で背中に痛みは感じない。

 俺はすぐさま地面に着地をし、ズキズキとうずく脇腹を押さえながら体勢を整えた。

 ったく、天下無双を発動していても受けるダメージってどれだけだよ。

 俺は間髪を入れず地面を蹴ると、再びバークフェンに向けて突撃した。

 残り時間は半分ほど。

 冷静に相手の力量や戦況を分析している余裕はない。


「やれやれ」


 そんな俺を見てバークフェンは溜息をつくと、再び俺の拳を左手で受けた。

 すると先ほどと同じように体から力が抜ける感覚。

 そして、瞬時の間に膝蹴りを腹部に受けた。


「ガハッ」


 痛みと衝撃で一瞬気を失いかける。

 そのまま俺は顔を蹴られ、再び大樹に叩きつけられた。


「うぐっ」


 声にならない声が腹のあたりから漏れ出た。

 顔、腹からの痛みが体中を支配し、脳の機能を麻痺させる。

 天下無双を使っているのにこんなダメージを受けていることの動揺もあり、上手く考えがまとまらない。

 一体何が起こっているのかと。


「はぁ、はぁ」


 地面に着地した俺は、決して疲れている訳でもないのに荒い息を吐いた。

 色々な考えが頭を巡っては行き場を無くし、留まっては次の考えを阻害する。

 脳が酸素を欲し、呼吸だけが荒くなっていく。

 残り十数秒。刻一刻と迫る天下無双の残り時間が、俺の焦燥感を煽った。


「うおおおぉぉぉっ!」


 獣のように叫び声を上げ、俺は全力でバークフェンへ突進する。

 拳の攻撃は彼には通じない。ならば体当たりであいつを突き飛ばせばいい。

 そんな短絡的な考えを嘲笑うかのように、バークフェンは超高速の俺の体当たりを左手一本で制止した。

 また体中の力が抜け落ちていく。さっきから都度襲われるこの感覚は一体なんだ!?

 そう思ったのも束の間、こんどはバークフェンの回し蹴りで俺は大樹とは反対方向へ蹴り飛ばされる。

 大きく宙を飛んだ俺の身体は、咲き乱れる黄金の花畑、その丁度中央付近へ地面を抉るようにして右半身から落ちた。

 着地の痛みは無い。

 そう思って、立ち上がろうとした時、痛みが消える感覚と共に、身体から一瞬にして力が抜け落ちたのが分かった。

 見れば虹色のオーラは俺の身体から消え去っている。


「おや、もう終わりかな?」


 ゆったりとこちらへ歩み寄ってくるバークフェンは、微笑を浮かべそう呟いた。

 俺はアイテムボックスから再び剣を取り出すと、バークフェンに向けて構える。


「殺す気は無かったのでは?」


「事情が変わったんだよ」


 震える声と手元。

 この男はヤバいと脳が警鐘を鳴らしているのか、そいつが一歩近づく度に俺は反射で一歩後退する。


「そうか、じゃあ私も」


 そう言って、歩き出しながらバークフェンは懐から小さなダガーを取り出した。


「剣を素手で受け止めたくはないのでね」


 あんな小さなダガーで俺のロングソードを止めると言うのか。


「やれるものならやってみろよ!」


 俺は剣を構えたまま地面を蹴り、バークフェンへ向けて駈け出した。

 明らかに先ほどと比べて遅いスピードで、縮まっていく距離。

 そして剣が彼に当たると踏んだところで大きく振りかぶり、袈裟切りを放った。


「遅い」


 キイィィィンという金属同士がぶつかり合う音。

 その後にガキィンという鈍い音を立て、俺のロングソードが真っ二つに折られた。


「なん……で」


「隙だらけだ」


 動揺する俺を余所に、とてつもないスピードで迫り来るダガー。

避ける暇などなく、それは俺の左胸を寸分の狂いもなく突き刺した。


「ぐっ……」


胸元に熱い痛み。

 バークフェンは、突き刺したダガーを刹那に俺の身体から抜いた。

 銀色の小さな刀身は、俺の血で染まり、抜き出る軌跡にその赤い線を刻む。

 後ろに倒れ行く俺の顎元へ向けて、バークフェンが追撃の蹴りを入れた。

 俺の身体は再び宙を舞い、金色の花畑へ再び落下した。

 このまま死ぬのかと思った矢先、胸元や顎の痛みが嘘のように消え失せる。

 見れば傷口は完全に塞がれており、心臓は確かにトクントクンと鼓動しているのが感じられた。

 『超回復』。ホント、このスキルが無かったら今まで何回俺は死んでいたことか。


「ん? 確かに致命傷を与えたはず……」


 バークフェンは不思議そうに俺の身体を眺める。

 まるでルーシィが隣に居るように感じながら、俺はゆっくりと立ち上がり、剣先を失ったロングソードを無いよりマシと構えた。

 にしても……。


「あんた、今マジで俺を殺すつもりだっただろ」


 これは黄金の宝珠を争う戦いだというのが俺の認識だ。

 相手を戦闘不能にすればわざわざ殺す必要はないはずだろう。


「そうだが?」


 するとバークフェンは当たり前と言った表情でそう答えた。


「どのような代物であれ、君のそれは遊びの道具なんかではない」


 そしてバークフェンは俺のロングソードを指差す。


「君がそれを私へ構えた時点でこれは殺し合いだ。それに加え、君は「殺す気が無い」から「事情が変わった」と意見を曲げた。だから私も以降は殺す気で対応させてもらう。ただそれだけだ」


 そう告げるバークフェンの顔は真剣そのものだった。

 俺はそれを聞き、自分の甘さを呪った。

 天下無双の力に驕り、あまつさえそれが通用しなかったと分かるや否や、あの時飲みあった仲なのだから、目的は黄金の宝珠だからと高を括っていた。

 彼は敵。そして俺が持っているのは人を殺すことが可能な武器。

 最初から手加減など考えず、瞬時にケリをつけておくべきだった。

 全ては俺の甘さが招いたことだ。


 ◇


「ぐっ……、はぁ、はぁ」


 ボロボロの衣服。傷だらけの身体。

 不思議な力で傷を回復し続けるラグは、なお身体を引きずりながら眼鏡の男へ立ち向かっていた。

 何度やられても何度やられても。

そして遂に不思議な力が発動しなくなり、ラグは立ち上がらなくなった。


「また傷が回復されても困るし、魔法で止めとしますか。今の君には中級魔法程度で十分でしょう」


 その眼鏡の男はラグへ向けて手をかざす。


「烈々たる溶熱、込めるは一撃の砲破、地走れ! 『フラムヴェーレ』」


 眼鏡の男から放たれる地を走る炎の波。

 危ないと思った瞬間、体が動き出していた。


 ◇


 目の前に迫り来る炎の波。

 こんなところで終わりなのかと悔しさが溢れ出るが、痛みと疲労感で体は動かない。


「ラグは、ナノが守るなの!」


 その時、目の前に何かがピョコンと飛び出した。

 そいつはバリアのようなもので、その炎の波を一瞬で消し去る。

 そいつは先ほど別れを告げたはずの精霊、ナノだった。


「なに!?」


 驚きにバークフェンは目を見開く。


「自分の家に戻ったんじゃ……」


「ラグが心配でずっと様子を伺っていたなの」


「ナノ……」


「なるほど『宿り木の精霊』か。では恐るるに足りない」


 一瞬動揺を見せたバークフェンだが、相手がナノと分かると余裕の表情で初級魔法を連発してきた。

 ファイアーボール、エアショック、サンダースピア。恐らく二重発現も使っている。

 それらを全てナノは受け止めてくれていたが、次第にナノの表情が苦痛に歪んでいく。


「お前限界なんじゃ……」


「ナノが……、ナノがラグを守るなの」


 どうしてそこまでと尋ねる俺に、「お友達だからなの」と笑顔でナノは答える。


「おい、やめろ!」


 俺の制止を聞かず、ナノは初級魔法をバリアで防ぎ続けた。

 こうしている間にもナノは霊力を消耗しているはずだ。ましてや大飯喰らいの『宿り木の精霊』。速度も他の精霊と比べて尋常ないはずだ。

 全ての霊力を使い果たした精霊は消滅する。そのことを思い出し必死に止めるが、それでもナノは俺の前からどかなかった。


「はぁ、はぁ」


 何分間続けられていただろうか。

 遂にバークフェンが魔力を大きく消耗したのか、地面に膝をつく。

 その瞬間にバリアも消滅し、ナノも背中から倒れた。


「ナノ!」


 俺は腕の力だけでなんとか身体を引きずり、ナノをその手に乗せる。


「しっかりしろ……、ナノ」


「力……、もう残っていないなの」


 力なく、弱々しくナノは呟く。

 そしてうっすらと体が透明化を始めた。


「待ってろ。今助けてやるから」


 このまま消滅なんてさせてたまるか。

 俺はすかさず『エリクサー』のスキルを発動させた。

 このスキルはきっと消耗した魔力なんかも回復できるはずだ。であれば霊力も例外でないはず。

 しかし、どれだけ発動してもナノが薄れていくことを止めることはできなかった。


「なんで、なんでだよ……」


 俺には治癒魔法は使えない。

 頼りの綱の『エリクサー』でさえどうにもできないことがあると知り、絶望の二文字が頭を埋め尽くした。

 そうしている内にバークフェンがゆっくりと立ち上がる。近くに空いた瓶が落ちているのを見るに、アイテムで少量の魔力を回復したと見える。

 初級とはいえ、それでもあれほどの数の魔法を使ったのだからすぐには動けないはずだけれど。


「ナノが……、ラグの剣だったら……」


 俺の手の中で消えゆくナノ。

 彼女が最後の力を振り絞って、何かを言おうとしている。


「ラグの剣だったら……、ずっと傍で守っていられたのに……なの」


 ナノは俺の傍らで折れた剣を見てそう言った。

 俺の剣だったら……。そうまでしてお前は俺のことを。

 そこで俺はあることに気付いた。

 もしかして、あのスキルはそういうことだったのかと。


「ナノ。お前は俺の剣であることを望むのか……」


 確かめるように、俺は尋ねる。

 コクリとナノは頷く。


「一生、俺の傍で戦ってくれるか」


 再びナノはコクリと頷く。

 もはや決意は揺るがないようだ。俺もナノに向けて分かったと頷いた。


「お前の気持ち受け取った。ナノ、もう一度立ち上がれ。あいつを俺達で倒すぞ!」


 鼓舞するように俺は叫んだ。

そして俺は手の中のナノに向けて、スキルを発動させる。

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