第八十九話 力のスキル

 湖の中央に浮かぶ豪華な建物。

 そこは魔眼の吸血鬼が住むと噂されている場所。

 主が許可をしたものしか立ち入ることができないその建物の一室で、白髪の少女は指先に灯した淡い光を頼りに、物憂げな表情で本棚から一冊の本を取り出した。

 表紙はボロボロで、タイトルや著者名は読み取れない。

 微かに『Ⅲ』と記載されているのは読み取れるが、それだけだった。


「よいしょっと」


 誰に話しかけるでもなく呟くと、少女は自分の身体と同じくらいの大きさの椅子によじ登るようにして座り、机の上のランプを灯す。


「今頃はインステッド辺り、雲海の大樹にたどり着いたといったところじゃろうな」


 暗かった室内が白橙の光に照らされるのを確認した少女は、机の上に置いた本をゆっくりと開き、そしてその紅の瞳を記述された文字へ落とした。


「はてさて、ラグナスはこのスキルの意味に気付けるのじゃろうか。いや、気付いてもらわんと困るのじゃが」


 ペラペラとページをめくりながら独り言をつぶやく。

 そして本の中盤に差し掛かったあたりで少女は少し表情を曇らせた。


「その者の合意が無ければ発動できないが、このスキルの効果は本来合意などされるようなものではない。それに応じてくれるとすれば、今まさに死にゆく者、消えゆく者だけ。そういった相手に再起の『力』を与えることこそが、このスキルの本当の意味。力のスキルクリスタルとはよく言ったものじゃな」


 ふと少女はページをめくる手を止める。


「『力』……か」


 そして何かを懐かしむような笑みを、白髪の吸血鬼、スカーレット・ブラッドレイは浮かべた。


 ◇


「『アーティファクト』!」


 俺は、オリバーの持つスキルクリスタルから授かったスキルをナノに向けて発動させた。

 今にも消えそうだったナノの身体は虹色の光に包まれ、その姿を俺の望むものへと変えていく。


=======================


  アーティファクト

   生命あるものの姿を、その者の想いの

   力に応じた武器へと変える

   相手の合意を得た場合のみ使用可能

   元の姿に戻すことはできない


=======================


 虹色の光がナノへ収束するに従って、ナノは黄金に輝く一振りの剣に姿を変えた。

 俺はその黄金の剣を拾いあげ、バークフェンに向けて構える。


「今更武器を一つ新調したくらいで、何ができると?」


 冷や汗を拭いながらバークフェンは立ち上がり、こちらを少し警戒しながら魔法を討つ構えを取った。

 あれだけの量の魔法を使っておきながら、少しの休憩時間で再び魔法を使えるようになるくらいに魔力が回復できたのかと思い、俺は生唾を飲みこむ。

 だがここで臆してはせっかく自分の身を、命を犠牲にしてくれたナノに申し訳が立たない。


『ひどいなの。ナノは生きているなの』


「ん?」


 俺は剣に目を落とす。今ナノの声が聞こえたような気がしたけど、喋った?


『喋っている訳ではないなの。これはナノが使える六つある精霊の願いの一つ、ツイの願い『幻想の声ファントムボイス』なの』


「精霊の願い? 幻想の声?」


 いわゆる念話みたいなことを言っているのだろうか。


『そうなの。さっきみたいに喋ることはできないけど、こうして意識を通じてお話しすることはできるなの。ちなみにラグが考えていることも分かるなの』


 じゃあ今俺が考えていることも分かるということか。


『分かるなの』


 会話ができているってことはナノの言っていることは本当らしい。しかし、剣になったことでこんな特殊能力が手に入れられるなんてな。


『別に剣になったからじゃないなの。元々ナノが使える能力をそのまま継続して使えるみたいなの。ラグと最初に会った時脳内に直接喋りかけたの、覚えてないなの?』


 俺はナノにそう言われて、そういえばと思い出す。

 確かに一番最初にナノの声を聞いたとき、他の二人には聞こえていなかったみたいだった。

 洞窟内だから声が響いていたのかと思っていたけれど、あれは俺の脳内でナノの声が響いていたっていうことか。


『そういことなの』


 姿は剣のままなのに、ナノがドヤ顔をしているようで少しイラッと来る。

 だけど、確かにナノがそこに生きているのだと実感も出来て、俺はホッとした。


『ラグ、そろそろ来るなの!』


 ナノがそういうのと同時、俺の眼前にファイアーボールらしき火球が飛んでくる。

 くそっ、ナノと話していて油断した。


『ナノを魔法に向けて構えて欲しいなの!』


 脳内に響くナノの声。

 言われるがまま、火球に向けてナノを構えると、火球は透明なバリアのようなものに弾かれ、宙で力尽きたように消える。


「これって……」


『これが、フツの願い『光学障壁イリスバリア』なの』


 苦虫を噛み潰したようにバークフェンは顔をしかめ、追撃とばかりに火球を飛ばしてくる。

 しかし俺の眼前に展開されたバリアがそれらをいとも簡単に弾き、そして消滅させる。

 これは剣になる前にナノが俺を守ってくれていたバリアだ。

 すると、バークフェンは魔法がダメと踏んだのか、肉弾戦に切り替えるため、俺との距離を飛びかかるように瞬時に縮めてきた。

 まずいと思ったけれど、時すでに遅し。

 俺よりも遥かにレベルが高いと思われるバークフェンの動きなんて捕えられるはずもない。

 眼前に迫り来るダガー。

 俺は咄嗟にナノの剣を構えるが、間に合わないっ!


 キイイィィィィン!


 死を覚悟した直後、金属と金属が激しくぶつかる音が周囲に響き渡る。

 見ればバークフェンのダガーの斬撃をナノの剣がしっかりと受け止めていた。

 バークフェンは一瞬驚愕の表情を浮かべたけれど、宙でくるりと回転し、二撃目を繰り出してくる。

 しかし何故かその一撃を、俺はナノの剣で受け止めることが出来ていた。

 先ほどまで見えなかったはずのバークフェンの動きが、何故か今だけは見えたからだ。

 何度も繰り出される斬撃を、俺は辛うじて受け止め続ける。

 でも急にどうして……、ってまさか……。


『そうなの。これがヨカの願い『霊力の息吹スピリットブレス』の効果なの』


 バークフェンの攻撃を凌ぎながらナノからの幻想の声に意識を傾ける。


『ナノの霊力の分だけラグが強くなるなの』


 なるほど、霊力のステータス還元ってところか。

 というか、攻撃を受けながらナノの声に耳を傾ける、こんな芸当ができている時点で俺の能力が上がっているって証明には十分だ。

 だがバークフェン側が徐々に俺のステータスが向上していることに気付いたのか、それ用に攻撃手段が変わってくる。

 正確に言えば、真っ直ぐだった攻撃筋が、フェイントを織り交ぜた変則的な動きに変わった。

 ダガーからの斬撃への受けの姿勢を取れば、反対側から拳が飛んでくる。

 何とかそれに対処しようとすると今度は蹴り。

 防戦一方を強いられるが、こちらから反撃しようにもそれを許してくれるほど相手は軟じゃなかった。


「ぐっ……」


 そうこうしている内に、腹に一撃重いものを貰ってしまった。

 俺は腹を押さえながら一歩、二歩後ろに下がり、息を吐く。

 どのくらいのバフがかかっているかは分からないけれど、元が俺のステータスだ。

 先ほどよりもマシになっただけ。油断する訳にはいかない。


『危ないなのっ!』


 脳に響き渡るナノからの警鐘。

 見れば眼前にバークフェンの脛が迫っていた。

 そのまま俺はなすすべもなくバークフェンに蹴り飛ばされる。

 身体は右へ吹っ飛び、幾秒か宙を舞った後、硬い地面にたたきつけられた。

 その拍子に俺のアイテムボックスから何かが飛び出す。

 見ればそれはスカーレットから預かった、インザインのスキルクリスタルだった。


「スキルクリスタル……。なるほど、これによって君は力を得ていた訳だ。ならば……」


 無表情のままバークフェンは徐にスキルクリスタルを拾い握りしめると、力を込め始めた。


「やめろっ!」


 バークフェンの手の中から響く、ビキビキと罅割れる音。

 慌てて俺は立ち上がり、ナノを構えてバークフェンに向けて走った。


 バキイイイイィン。


 刹那、その音とともに何かが抜ける落ちる感覚に襲われ、地面に膝をつく。

 俺が見据えた先には、手を開き、粉々に砕けたスキルクリスタルを地面に捨てるバークフェン。

 ただそいつは恐ろしいほどに、冷たい笑みを浮かべた。

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