幕間 とある紳士が遺した、創作のための個人的な手記②

「艶舞 ――桃源誘――」


 舞台に立った少女が一言そう告げると、照明は落とされ、奇妙な音楽がいずこから流れ始めた。

 さて、と、私は隣に座る興味対象を見る。

 彼はまっすぐ前を見つめ、まるで少女に魅了されたかのように微動だにしない。

 それは他の観客も同じだった。

 少女が右へ左へと舞う度に、どんどんと観客たちは深く深く、まるで眠りに落ちるように彼女に飲み込まれていった。


 くだらない催眠の類か。

 私はそう断じ、持っていた山高帽を目深に被りなおした。


 やがて音楽が鳴りやみ、舞台の幕が降りる。


「これにて公演は終了。明日もどうぞお越しください」


 そっと腕時計で時刻を確認すると、日付が変わる少し前であることが確認できる。

 程なくして観客たちが立ち上がり、いずこかへ導かれるように皆整列したまま、移動を始めたため、私もそれに倣って移動を開始した。

 私が見初めた少年も、今はまだ夢うつつの状態だ。


 やはり私の思い過ごしだったか――。


 観客たちに紛れて歩きながらそう思った次の瞬間、少年の体がわずかに光り輝き、そして少年ははっとした表情で左右を見渡した。


 幻影を破った?


 わずかながらに高揚する心を抑えつつ、他の観客に紛れ彼の動向を伺う。

 まるでここはどこだと言わんばかりにキョロキョロと周囲を伺い、そして何かを察したように、再びとろんとした眼に戻って歩き始めた。


 マーベラス――、実にマーベラスだ!


 一見して再び催眠状態になったように見えるが、気配で分かる。彼は演技をしている。周りは欺けても、この私の眼は欺けないよ、ラグナス君。

 あの二人を追っていたはずが、いつの間にか彼一人となり、また別の――、これは特に興味をそそられないので省略しよう。

 いずれにしてもどちらの動向を見守ろうか悩んだ末、彼の方に付いて来てどうやら正解だったみたいだ。


 彼は今何かしらのスキルを発動させ、催眠状態から脱した。つまりは、状態異常から抜け出したということだ。

 そんなスキルはこの私でさえ聞いたことが無い。


 いや……、一つだけ、可能性があるスキルが存在する。

 仮にそのスキルだとすれば、この時点で発動したのも納得できる。


 私は高まり続けるときめきにもう、心が狂いだしそうだった。


 ―― シュケーテル・ウーヌス・パパラッチメンの手記第2ページより ――


 彼は、この第二章を気付きの物語として紡いだ。

 物語は小さな違和感から始まり、そして大きな確信へと変わっていく。

 その小さな違和感、手帳を読んでいる読者諸氏に果たして伝えることができているだろうか。

 今は、天を越えた遥かなる高みで、それを見守らせてもらうとしよう。


 君が、君たちが、いつかこの世界の真実へたどり着くことを願って。


 トレース

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