第百八話 ロギメル陥落の日―天を劈く始まりの雷嘶―①


―― 嘆きの海、英雄宿した最後の光に、閃き爆ぜるは駿馬の鼓動 ――


 ロギメルがスキルクリスタルの譲渡を正式に断ったあの日、リーゼベトとロギメルの対立は決定的なものとなった。

 瞬く間にリーゼベトの兵はロギメルの地を襲い、圧倒的な武力で次々と主要な都市が陥落していく。

 この戦争をリーゼベト側で指揮しているのは、リーゼベト七星隊と呼ばれる戦闘集団の二番隊隊長、通り名を『握殺』。

 類まれなる頭脳の持ち主であり、歴戦の戦では数々の武功をあげるほどの力量の持ち主でもある。

 リーゼベトとロギメルの戦力差、そしてその勇将の指揮により、ついに戦禍は王都マクベシアにまで至った。

 すなわち、その時もまた、刻一刻と差し迫っていることを意味していた。


「どうだ、身体に異常はないか。エアリルシア」


 ロギメル国王ルーデンス・ロギメル。

 父様は心配そうな表情を浮かべ、私にそう尋ねてくる。


「大丈夫。精霊のおかげで視力に問題はないから」


 私の左眼に移植されたスキルクリスタルへ私は手をあてがいながらそう答える。

 スキルクリスタルを移植する以上、私の左眼の視力は失われるはずだった。

 しかし、母様の使役する微精霊が、私の視神経とスキルクリスタルを接合させる役目を担ってくれたことで、スキルクリスタルを通してでもこうして外の世界を見ることが出来る。

 私が死ぬまで、その役目を引き受けてくれた微精霊には感謝しかない。


 リーゼベトはロギメルの国宝であるこのスキルクリスタルを狙っている。

 父様は、そのスキルクリスタルを私に託し、例え自分たちがどうなろうと、私だけは必ず生き残って欲しいと、そう言った。

 絶対にこれだけはリーゼベトのロネに渡す訳にはいかない。

 いつか伝説の英雄が、この国を訪れるその日まで。


「国王陛下! 伝令でございます!」


 すると、血相を変えた兵士が王城の間に飛び込んできた。


「何事だ!」


「西門と南門から敵軍です。数は2万余。なんとか城下町へ入らせないよう食い止めてはおりますが、時間の問題かと。既に火矢の影響で、町の数か所では火の手もあがっております」


「多勢に無勢……か。籠城戦、兵糧にはまだ余裕があるが、どこまで耐えきれるか……」


 父様は苦しげな表情を浮かべながら、ううむと唸る。

 現精霊術士である母様も、今は前線で指揮を執りながら敵の攻勢を防いでいるはずだ。

 それでも押されているということは、それほどまでに敵の攻撃が激しいことを意味している。

 いよいよ母様でも食い止められないとなると、ロギメルはもはや為す術がない。

 父様がこんなに顔色を悪くして唸っているのも頷けた。


 ◇


「レレシィ!」


 日が丁度落ち切った頃、母様が全身傷だらけの状態で帰城した。

 父様はその姿を見るや否や、母様にかけより安否を確認する。

 その際に母様は何やら父様に囁いていたが、数秒後、父様は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏す形で涙を流し始めた。


「母様、一体何が」


 私は居てもたっても居られず、何が起こったのか、その場に駆け寄り母様に尋ねる。


「フランシスが……戦死したわ」


「フランシス兄様が!?」


 生き残った私の最後の兄妹。

 若い頃の父様も強かったらしいけれど、それを凌駕するほどの力量を持っているとされた兄様が死んだ。


「で、でも兄様にも精霊の加護が……」


 兄様もまた、私と同様母様の子供、兄様もまた精霊術の使い手である。

 精霊の加護を受けていた兄様がやられるはずなんてない。


「上には上がいた。あいつらは化け物よ。兵士一人一人がまるで狂戦士のように殺しに対する衝動に包まれている。ましてやそれを指揮しているのは彼。一縷の隙もなかった。幸い日が落ちて一旦兵が引き上げて行ったから私も何とか生きてここに帰ることはできたけれど、明日にはどうなっているか分からないわ」


 母様の顔は沈んでおり、いかに相手が強いのかが分かる。

 フランシス兄様の死の悲しみ、そして明日には城が落とされるかもしれないという恐怖。

 今、自分がどんな感情なのかが理解できないほど、私の心の中はぐちゃぐちゃだった。


「エアリルシア、すぐに準備しなさい。もう少しあなたが成長してからと思っていたけれど、先延ばしをしている時間は無いわ」


 母様は何かを決心したように、真っ直ぐに私の瞳を見つめる。

 母様が言っていること、私にはそれが何を意味しているのか、すぐに理解ができた。

 嘆く父様の横、私は静かに頷き、ついにその時がやってきたのかと決意を固める。

 そうだ、悲しんでいる暇も、臆している暇も私にはない。


 精霊術士の継承。


 私が精霊術士の位を、母様から譲り受ける。

 何故母様が今そう告げたのか、それが分からないほど私は馬鹿じゃない。

 死んだ兄様、そして姉様たちの想いも背負って、私が母様の後を継ぐ。


 ◇


 精霊術士とはそもそも、精霊郷にいる四大祖精霊、それらを束ねる精霊王の力を使役できる存在を意味する。

 その位は、初代精霊術士から今に至るまで受け継がれ、その血脈により精霊王へと証明される。

 この世には初代精霊術士から流れる血脈を受け継いだ精霊術士が何人か居るようだけれど、全員が全員精霊王の力を使役できる訳ではない。

 まずは精霊王と面会し、その力量を認められなければ力を使うことができない。

 その理屈は通常の精霊術と同じだ。

 即ち精霊術士とは、精霊王へ面会するためだけの通行手形のようなものにしか過ぎない。

 それでも、精霊術士であれば精霊郷へと自由に出入りが出来るという特典はあるけれど。

 最初はそんなものかと思っていたけれど、そもそも精霊郷に入ることさえ通常の人間には難しく、それだけ精霊術士とは高潔で気高いものなのだと、母様から教わってからは私の認識も変化した。


「ここが、儀式の間?」


「ええ。私がここへ来てから、今日と言う日のために設えてもらった部屋よ」


 王城の地下へ降りる階段を下り、しばらく歩いていると、儀式の間と呼ばれる部屋にたどり着いた。

部屋の中は思っていたよりも狭く、私の部屋よりも小さいくらい。

 物などは何もない。ただ地面の中央に魔法陣のようなものが描いてあるだけ。


「本当ならあなたが最低でも十歳になって、自分のスキルを手に入れてからと思っていたのだけど。さぁ魔法陣の中に立って、すぐに終わるから」


 私は母様に急かされ、魔法陣の中央に立つ。

 そこからは母様の言う通り、あっさりと儀式は終了した。

 母様が何やら分からない言語で呪文を唱えると、中央の魔法陣が光り、私の中へ温かい何かが流れ込んでくるのが分かった。

 数秒後に光は消え、母様から「終わったわ」と告げられた。


「もう、私が精霊術士なの?」


 身体には何ら変わったことはないし、そうなったという一切の自覚は無い。


「そうよ。私ではなく、今はあなたが精霊術士になったの。いい、エアリルシア今から大事な話を……っ!?」


 母様がそう告げた瞬間、突如として上階から巨大な爆音が轟いた。

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