第五十三話 水晶の洞窟

 ローンダードから徒歩で数時間。

 俺たちが水晶の洞窟へ到着したころには、辺りはすっかり暗くなり、夜空には金色の月が輝いていた。


「月の位置を見るに、時刻は予定通りだ」


 キースが俺たちに向けてそう告げる。

 俺たちが立てた作戦は、夜更けに水晶の洞窟へ侵入し、ヒュドラが寝ているうちにルリエルの姉を救出するというもの。

 俺たちの目的はスキルを手に入れることで、ルリエルの目的は姉を救出すること。

 つまりは、危険を冒してまでヒュドラと戦う必要性はないということだ。

 根本的な解決にはなっていないものの、ひとまずはその2つが最優先とするとして今に至る。


「水晶の洞窟は、ヒュドラが睨みを利かせているのか、モンスターはあまり生息していません。上手くいけばエンカウントせずに最奥部まで到着できると思います」


 武道着姿のルリエルも気合の入った声音でそう告げる。


「何事もなく救い出せればいいんだけどな……」


 念のためランダムスキルでスキルを習得しておいたけれど、使い道に困るようなスキルだったのでこちらは期待ができそうにない。

 それも相まって、一戦も交えずに救い出せるに越したことは無いということだ。


「じゃあ、行くぞ」


 俺もアイテムボックスから剣を取り出す。

 そして目で二人に合図をし、水晶の洞窟へと歩を進めた。



 ◇



 水晶の洞窟は、入ってすぐは一般的に洞窟と呼ばれるものと変わりない、石や土が混じったような壁に囲まれたものだ。

 なぜ水晶の洞窟と呼ばれるのか、それは最奥部に行けば分かるとルリエルは言う。

 俺たちは警戒を怠らず、キースのトーチライトの淡い光に照らされながら足早に奥へと進んでいく。

 道はほぼほぼ一本道で、特に迷うことはなく、ルリエルの言ったとおりエンカウントも全くしなかった。

 ヒュドラが睨みを利かせているという話だったけれど、モンスターからもそこまで恐れられているのかと考えると、少し畏怖の念を抱いてしまう。

 

「ここです」


 20分ほど進んだ先、行き止まった場所に3メートルほどの大きな穴が空いていた。

 彼女はその手前で立ち止まり、そう告げる。


「ここを降りた先が、最奥部。ヒュドラが巣食う水晶の間です」


 どうやらここが最奥部らしい。

 ルリエルの言っていたとおり、本当に一回もモンスターと出逢うことはなかった。

 俺は彼女が指差す先、その穴を覗き込んでみる。


「ここを飛び下りるのか?」


 キースも俺と一緒に覗き込みながらルリエルに尋ねる。

 暗闇の少し先に青色の光が見えるが、そこが恐らく地面なのだろう。


「そうです。もっと回り道をすれば正面からのルートもあるんですけど、ここが一番の近道なので」


「分かった」


 そう言うと、キースは全くためらいもなくその穴へと飛び込む。


「ちょっ!」


 俺が静止する間もなく、キースは穴の底へと消えていった。

 いや、いくら着地点が見えているとは言っても、もっと慎重に……。


「行きますよ、ロクスさん!」


 ルリエルも俺にそう投げかけると、キースの後を追うようにその穴へ飛び込む。

 ったく、どいつもこいつも……。

 俺は大きく溜息をつくと、軽く助走をつけてその穴へ飛び込んだ。

数秒の自由落下。

 眼下に青く煌めく地面が見える。

 俺はそこへ着地をすると、辺りを見回した。


「へぇ……」


 そこは今までの洞窟の風景とは打って変わって、幻想的な光景が広がっていた。

 地面、壁、全面が水晶でできており、そのどれもが濃青色の光を帯びている。

 水晶の洞窟と呼ばれる所以、最奥部に行けば分かるというルリエルの言葉がようやく理解できた。


「姉様っ!」


 俺がその景色に気を取られていると、ルリエルの鬼気迫った声が聞こえる。

 そちらへ振り向くと、ルリエルが何かに向かって駆け出していた。

 俺とキースもルリエルの向かう方向へと走る。

 走りながら辺りを警戒するが、どうもこの周囲にヒュドラが居るような気配はない。

 やはり作戦通り今はぐっすりと眠っているのだろうか。


 やがてルリエルは、この水晶の間には不釣り合いな灰色の石像の前で立ち止まる。


「ロクスさん。私の姉です……」


 彼女は振り返ることなく、ただ目の前の石像を見つめたまま俺にそう投げかけた。

 俺はルリエルの横へ移動し、その石像を見やる。

 姉というだけあって、ルリエルに似ているなと思った。

 多分ルリエルも成長したらこんな雰囲気の女性になるんだろうなと言ったほどに。

 

「ロクス! 彼女の左耳を見てみろ!」


 不意にキースが俺に向かってそう言った。

 俺はキースの言うとおり、左耳に目をやると、そこにはルリエルがしているものと瓜二つの、何故か石化をしていないイヤリングがあった。

 その先には半分に割れたような小さな宝石。

 間違いない、あれがもう半分のスキルクリスタルだ。


「ルリエル。お前の右耳のそれ、借りていいか?」


 俺がそうルリエルに伝えると、彼女は黙って頷き、イヤリングを取り外す。


「お願いします……、ロクスさん!」


 俺は彼女から手渡されたそれを受け取り、「ああ」とだけ返事を返した。

 そしてゆっくりと石像へと歩み寄り、イヤリングの先についている宝石、スキルクリスタルを、一つの球体となるように付け合わせた。


 頼む……、どうか……。


 そう願いながら、俺はスキルクリスタルに念じる。


 刹那、そのスキルクリスタルから青色の光が生まれた。

 次いで、緑色、赤色とどんどん色の種類は増えていき、やがてそれらは混ざり合い虹色の光へと変化する。

 やがて俺の中から何かが抜けて出ていく感覚と同時に、その光は俺の中へと消えて行った。

 俺はすぐさま自分のステータスを確認する。


********************


 ラグナス・ツヴァイト

 Lv:3

 筋力:GGGGG

 体力:GGGG

 知力:GGG

 魔力:GG

 速力:GGG

 運勢:GGGG

 SP:0

 スキル:【レベルリセット】【エリクサー】

 【ランダムスキル】【天下無双】

 【ベルセルク】


********************


「ロクス、さっきの光が出たということは……」


「あぁ、成功だ」


 俺がそう告げると、二人の顔が晴れやかなものになる。


「時間もないことだ。リリエルさんを早く元に戻してここを脱出しよう!」


 キースのその言葉を受け、俺は頷くと早速取得したスキルを、石像に向け発動させる。


「『エリクサー』!」


 すると、俺の手から何やら白い光が放たれ、石像を包んでいく。

 そして、パキッ、パキッという音とともに石像にヒビが入り始めた。

 それは全身に行きわたっていき、やがて大きな砕石音が水晶の間に響き渡る。

 見ると、目の前の石像だった彼女は人間としての姿を取り戻していた。

 しかし意識は戻っていないのか、そのまま俺の方へと倒れこんでくる。

 慌てて俺は彼女を抱き止めた。


「姉様っ!」


 それを見ていたルリエルが俺へと駆け寄ってくる。

 俺はひとまず彼女を地面に横たえ、手首から脈を測った。

 トクン、トクンという鼓動を感じ、俺は胸を撫で下ろす。


「心配ない。脈はある」


 不安そうにしていたルリエルにそう伝えると、彼女も安心したのかほっと息を吐いた。

とはいえ、長く石化していたんだ。すぐに医者に診てもらった方がいいだろう。

 俺はそう思い、彼女を運ぶのをキースに手伝ってもらおうと振り返ろうとした瞬間、違和感に気付いた。


 足が……動かない……?


 なんでだ? 俺は不思議にそう思って自分の足元を見ると、俺の膝から下が石に変わっていた。

 慌てて周囲を確認するが、未だにヒュドラが現れた気配はない。

 仮に現れたとしても俺は今『防石の指輪』を付けているんだ。

 石化の状態異常にはならないはずなのに……。

 いや、まさかっ!

 俺は使用する前に確認しなかったことを後悔しながら、慌てて『エリクサー』の効果を確認する。


=======================


  エリクサー

   対象者の傷、状態異常を全て取り除く

   取り除かれた傷、状態異常は、使用者

   が引き受ける


=======================


 なんだよ、このスキル……。

 取り除かれたものは使用者が引き受ける。

 つまりは、回復した内容分俺がダメージを受けるってことじゃないか。


 クソ……。

 気が急いて慎重さを欠いてしまったことを後悔した。

 防石の指輪は石化を防いでくれるんじゃなかったのか?

 それとも虹スキルのデメリットは、アイテムの効力すら無効化してしまうということなのか?

 色々と思考を巡らせては見るが答えは見つからないし、石化はどんどんと俺の身体を蝕んでいく。

 俺は何とか状況だけでも伝えようと、顔だけキースとルリエルの方へ振り返る。

 すると二人とも俺の状態に既に気づいていたようで、絶句していた。


「悪い、キース……、ルリエル……スキルのデメリットだ……」


 固まりかけている口を何とか動かし、俺は二人に伝える。


「後は頼む……」


 そして完全に俺の口は動かなくなり、視界は灰色へと染まっていった。

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