第五十四話 的中した予感
「ロクス……さん……?」
私は自分の目を疑いながら、慌ててロクスさんのもとへ駆け寄った。
「ロクスさん、ロクスさん!?」
彼に手を伸ばし、触れてみる。
けれど返ってくる感触は、冷たい石のそれと同じだった。
「キースさん! ロクスさんがっ!」
私は振り返りキースさんに助けを求める。
「分かっている。分かっているが……、少し状況を整理させて欲しい」
キースさんは顎に手を当て何か考え事をしながらこちらへゆっくりと歩いてくる。
「ロクスの最後の言葉を覚えているかい?」
「えっと……、『後は頼む』でしたよね?」
完全に石化する直前、ロクスさんは私たちにそう伝えてきた。
「いや、その前。彼は『スキルのデメリット』、そう言ったはずだ」
「は、はい……。確かそう言っていた気も……」
「君のお姉さんを石化から解放したスキルは『エリクサー』に間違いない。そのエリクサーのスキルを使用することの代償が今彼に起こっている現象なのだとしたら、この状況にも納得せざるを得ない」
「代償……」
「例えば、治癒した事象が自身に跳ね返る……とかね」
私はその言葉を受け、もう一度ロクスさんと地面に横たわっている姉様を見る。
確かにロクスさんの石化が始まったのは姉様の石化を治した後だ。
キースさんの言うデメリットが本当だとするなら、私はなんて酷いお願いを彼にしてしまったのだろう……。
「キースさん! ロクスさんを何とか助けられないでしょうか!?」
懇願するように私はキースさんへ詰め寄る。
しかしキースさんは苦い顔のまま私から目を逸らした。
「霊薬エリクサー。本当に見つけなければならなくなってしまったな」
私はその言葉を聞き、身体から何かが抜けるような感覚に陥り、その場にへたりこんでしまった。
私のせいだ……。
私のせいでロクスさんが……。
「ルリエル? ルリエル!?」
どうしよう……、どうすれば……。
「ルリエル!」
瞬間、両肩に鈍い痛みが走る。
見ると、キースさんが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「キースさん……」
「ロクスには申し訳ないけれど、今は彼を救う手だてがない。君のお姉さんを連れてここから出よう」
「はい……」
私はキースさんの提案に返事をして、立ち上がる。
確かにここでこうしていても仕方ない。
今はひとまず体勢を立て直して、改めてロクスさんを助ける手段を……。
「そんなこと、私が許すとでも?」
不意に洞窟内に響き渡る女性の声。
姉様は未だ意識を取り戻しておらず、私が発したものでもない。
声がした方へ目線をやると、そこには一人の女性が立っていた。
その出で立ちには見覚えがある。
「あなたは……」
あの赤毛の長髪、忘れようはずもない。
彼女は私たちにこの水晶の洞窟のヒュドラこそが石化の原因だと教えてくれた張本人。
旅の占い師と名乗る女性その人だった。
確か名前は……。
「ユ……」
「ユレーリス!」
私が言うよりも先に、キースさんが彼女の名を叫ぶ。
「信じたくはなかったけれど、やはりお前の手引きか」
「あぁ、これはこれは……。誰かと思えば、裏切り者のフォーロック兄さんじゃないですか」
フォーロック……兄さん?
頭の中がこんがらがる。
この人はキースさんではないのか?
「私が裏切り者?」
「ええ。国を裏切り寝返ったと、リーゼベトではそう喧伝されていますよ」
フフフと愉快そうにユレーリスは笑う。
「そんなのはでたらめだっ!」
「でたらめ? 独断で隣国の町ウィッシュサイドを陥落させたばかりか、援護に加わったリュオン隊長へあろうことか刃を向け、挙句の果てにはユーレシュの残党と手を組んだにも関わらず?」
「ち、違うっ! それはっ!」
「何が違うというのでしょう。唯でさえ私たちはこの世に生を受けること自体が間違っている穢れた血族。純潔たるリーゼベト王族に絶対の忠誠を誓うことでようやく生きる意味が与えられているのですよ。それをあろうことか……」
「穢れた血族……だと?」
キースさんの手が、声が震え、私でも感じ取れるほどの殺気を帯び始める。
「本気で言っているのか、ユレーリス!」
「だってそうでしょう? 私たちの母は平民。清廉な王族の血が低俗な平民の血で穢され、生まれ落ちたのが私たち兄妹」
「馬鹿な事を言うなっ! 平民も貴族も王族も同じ人間。流れる血に綺麗も汚いもある訳がないだろう!」
「そう思うのなら、私にではなくリーゼベトの王座の前で声高にそう叫べばいいのではないですか? それを決めるのは兄さんでも私でもないのですから」
キースさんは黙ったまま拳を握りしめていた。
後ろからでは表情は分からないけれど、言葉にしがたい感情が私にも伝わる。
「いつからそんなことを言うようになった……」
キースさんの言葉は、静かな悲しみを帯びていた。
「昔のお前はもっと優しい子だったのに。七星隊隊長に就任してからまるで人格ごと変わってしまったみたいだ」
「はぁ……、兄さんは一体いつの話を……。リーゼベト七星隊第三隊隊長ユレーリス・アレクライトこそが、今のこの私なのです。いい加減ありもしない幻影を私に重ねるのはやめてもらえませんか? 気持ち悪い」
そんなキースさんの思いを知ってか知らずか、ユレーリスは彼を冷たくあしらう。
「兄さんはただ大人しくその子をこちらに渡せばいいんです。用事があるのは兄さんではなく、その子なのですから」
私!?
急に矛先がこちらへ向いたことに驚きつつ、ユレーリスへと目を向けると、彼女は私に気づき冷ややかな笑みを浮かべた。
その言葉では形容しがたい冷たい笑みに、悪寒が走る。
「そうか……。もはや何を言っても無駄なのだな」
キースさんはそう呟き、アイテムボックスから大剣を取り出すと、ユレーリスに向かって構える。
「ルリエル」
「は、はいっ!」
穏やかなフォーロックさんが発したとは思えない声音に思わず体が強張った。
「ユレーリスのスキルは厄介だ。弱点を知る私でなければ太刀打ちできない。君は手出し無用で頼む」
「わ、分かりました」
振り向かず、ただ前を一点に見つめたまま喋るキースさんの言葉に、私はそう返した。
「あら? 兄さんは1対1で私と対等にやりあえると? 少し会わない間に随分傲慢になられたのですね。まぁ、そもそもその子は手出しできないでしょうけれど……」
そう言って、彼女は不意に指をパチンと鳴らした。
手出しできないってどういう……?
そんな疑問が脳裏に浮かんだ瞬間、地響きが洞窟内を揺らす。
ドシン、ドシンとその地響きはどんどんと大きくなっていき、天井からパラパラと水晶の欠片が地面へと落ちてきた。
やがて洞窟の奥、ユレーリスの背後の穴から数メートルはあろうかという大きな魔物が姿を現す。
それは全身を漆黒の鱗に包み、複数の首をゆらゆらと揺らしながらこちらへと向かってきた。
「ヒュ……ドラ……?」
見紛うことは無い。
それは、あの日姉を石化させた忌々しい魔物だった。
ユレーリスは近くに寄ってきたその魔物の首の一つを、まるで飼いならしているかのようにゆっくりと撫でつける。
「だって、その子の相手はこの子がするのですから」
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