第八十話 宿り木の精霊

「コホッ、コホッ」


 むせ返る程の土埃。

 激突の衝撃でそれが巻き上がり、周りは全く何も見えない。


「ラグ……、どこ?」


 視界一杯の土煙の中、私はラグの姿を探す。

 ラグと名前を呼んでみるが返答はない。どうやら近くには居ないみたいだ。


「勢いよくやりすぎちゃったかな。せいっ」


 近くで聞き覚えのある声がしたかと思うと、一陣の風が私の周りの土煙を吹き飛ばす。

 声のした方へ目をやると、そこには右手を挙げたシルフが立っていた。


「どうやらルーシィとボクだけみたいだね」


 彼女は笑顔で私に近づくと、軽く私の服に付いた土を払ってくれた。

 良好となった視界で改めて周りを見渡すがそこにラグや他の二人は居ない。

 天井、床、壁までが大きな木の根のようなもので囲われた洞窟のような場所。

 薄く光る橙色の木の実のようなものが天井のそこかしこにぶら下がっており、魔法を使わなくても明るさは担保されている。


「オオキネの洞窟……とボクが呼んでいる場所だよ。ここを上がって行けば大樹の根元に出るんだ」


 そう言うとシルフは私を誘うように歩き出す。


「もしかしたら君のお友達も上で待っているかもしれない。一旦外へ出てみようか」


 私は少し考えを巡らせコクリと頷いた。

確かにここでうだついているよりもその方がラグと出逢う可能性は高い。きっとラグも私を探してくれているはずだから、向かうならまずは外だ。

 私がそう決心し付いていこうとすると、ふとシルフが立ち止まる。

 何か怪訝そうな、面倒くさそうな、そんな表情を浮かべ彼女はため息をついた。


「急いだ方がいい……かな」


 ◇


「ルーシィー! 聞こえたら返事をしてくれー」


 俺は四方を樹の根で囲まれた洞窟の奥に向けて大きく叫ぶ。

 しかしルーシィの声はおろか自分の声さえ返って来ない。まるでこの根っこに音が全て吸収されているみたいだった。


「恐らく彼女の傍には祖精霊様が付いているから大丈夫だと思うけど……」


 俺の傍らを歩く銀髪の男オリバーが心配そうに呟く。その後ろには同じく心配そうな表情を浮かべるライカが立っていた。

 シルフの力で俺たちは風鳴りの丘から遥か上空へ飛ばされ、気付けば鼓膜が破れるかと思うくらいの衝突音とともにこの雲海の大樹の恐らく最下層と思われる場所へたどり着いた。

 最初は巻き起こった土煙で周りが一切見えなかったが、お互いを呼ぶ声で近くにオリバーとライカが居ることが分かった。

 しばらくすると舞っていた土埃が落ち着き始め、次第に視界が開けて行ったことで二人の姿が確認でき今に至る。

 俺からすると何よりもルーシィが安全だと言うことを確認したい。

 そんなはやる気持ちのままに、この洞窟を歩き進んでいた。


――なの。


「ん?」


 ふとどこからか可愛らしい声が響く。


「何か言ったか、ライカ?」


「いえ、私は何も。そう言えばよく聞くお伽噺でファントムボイスというのがありまして」


「気のせいか」


「そっちは逆なの」


 ペラペラと何かを喋り出したライカを無視して歩き出そうとすると、再び先ほどの声が響く。


「どこだ?」


 やはり気のせいではなかったと辺りを見回すがその声の主らしき姿は見えない。


「ここなの」


「どこだよ」


「下なの」


 下?

 俺がそのままゆっくりと床の方へ目線を下げると、そこには何か……形容するならばヘンテコな生き物が居た。

 そいつは体長で言えば三十センチも無いくらい。見た目は人間の少女なのだが、髪の毛は見た感じ草のようでつむじのあたりから金と銀の花が二本生えている。

足は無く、上半身が地面の根っこの部分からニョキッと生えており、こちらを物珍しそうに目を丸くして見上げていた。


「これは『宿り木の精霊ミストルテイン』ですね」


 しゃがみこんだライカはそいつをつつきながらそう言う。


「『宿り木の精霊』?」


「はい。声の主はではなくだったと」


「なぁ、オリバー。『宿り木の精霊』ってなんだ?」


 ドヤ顔でこちらを見るライカを無視して、俺はオリバーに尋ねる。


「生命力の強い樹に惹かれ集まった土の微精霊がその樹に巣食い、吸収したエネルギーで変異したのが『宿り木の精霊』だよ」


「呼吸をするようにエネルギーを吸い続けるため相当な生命力を持つ樹でなければすぐに枯れてしまい、樹が枯れるとエネルギーを吸えなくなった精霊が死んでしまう。そんな樹なんて世界に数えるほどしかないですから普段はお目にかかることはできません。故に幻の精霊とも呼ばれています」


 若干不服そうな顔をしたライカがオリバーの説明を引き継ぐようにそう話してくれた。


「悪く言えば単なる穀潰しだね。それも相当の」


「へぇ、害悪精霊ってことか」


 俺もしゃがみこんで頬っぺたのような箇所をつついてみる。

 ぷにぷにして本当に人間の肌を触っているみたいな感触。

そいつはくすぐったそうに「やめてなの」と言うと、根の上を滑るように俺から距離を取った。

 こうしてみるとそんな害悪精霊のようには見えないけど、二人が言うのであれば間違いないのだろう。


「ラグナス君。元は微精霊だとはいえ、変異して一応はとても高位の精霊になっているから扱いは丁寧にね」


 俺は苦笑いを浮かべるオリバーにそう注意された。

 まぁ、今の話を聞く限り高位っていうのもただ単純に絶対数が少ないだけという気がしてならない。


「ねぇねぇ、なの」


 ふと、その高位の精霊様が俺のズボンの裾を引っ張る。


「なんだ?」


「そっちは逆なの。こっちなの」


 宿り木の精霊は俺が進もうとした方向と真逆の方向へ俺を引っ張る。


「もしかして出口まで案内してくれるのか?」


 俺が尋ねるとコクリとその精霊は頷いた。

 害悪精霊とか穀潰しだとか酷いことを言ったのに、どうやら親切にもこの精霊は俺たちを外へ連れて行ってくれるらしい。今になって少しだけ胸が痛んできた。


「そうか。いや、さっきは酷いこと言って悪かったな」


 俺はそいつの頭にポンと手を乗せ謝罪する。

 きっとこいつも好きでそういう体質になったんじゃないはずだ。そうしないと生きていけないからそうしているだけで、こいつ自身はもしかしたらとても良い奴なのかもしれない。


「出口までお願いできるか?」


「はいなの!」


 その精霊は満面の笑みで元気よくそう返事をした。

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