第七十九話 風の祖精霊
「この台座でルーシィが風の精霊を呼び出せばいいのか?」
「ああ、そうだね」
若干ふて腐れ気味のオリバーは、俺の問いかけに適当に返事をする。
どうも俺が手に入れるスキルがとんでもないようなものだと思っていたらしく、オリバーは先ほどからご機嫌斜めだ。特に俺に対しての当たりが冷たい気がする。いや、これに関して別に俺は悪くないだろ。
というか俺からすると、ちょうどどうしようか悩んでいた矢先の願ったり叶ったりなスキルだったので文句は無いのだけれど、どうやらオリバーにはお気に召さなかったみたいだ。
そりゃ俺だって天下無双やエリクサーみたいなスキルが手に入れば御の字だ。ただ、変なスキル……、そう、例えばレベルリセットのような百害あって一利くらい、いやそれは言い過ぎか……、十利くらいしかないようなスキルに比べると、俺に返ってくるようなデメリットが無いだけでも十分ありがたい。
まぁ、効果に癖のあるところはいつも通りだし、結局相手次第なので使うタイミングなんかは交渉次第だと思うが。
というかこれ交渉してどうにかなる話なのだろうか。普通だったら絶対に受け入れてくれないと思う。
効果的には人でも魔物でも使えそうだから、どうやって魔物に使うか、これについて今後焦点をあてて考えていく必要性がある。
ある意味で力をもたらすスキルと言われれば、その通りなのかもしれないけど、まぁ使いどころは難しいよな。効果を見るに一回使ってしまえば多分大丈夫そうなんだけど。
「しかし、おかしいな。なぜ雲海の大樹の姿が確認できない?」
「ラグ」
「ん?」
ブツブツと何かを喋っているオリバーを見ていると、不意にルーシィが俺の服の裾を引っ張る。
「あそこで召喚すればいいの?」
ルーシィは灰色の台座を指差しながらコテンと首を傾げた。
「みたいだな。やり方とかは分かるか?」
と俺が尋ねると、ルーシィは俺の目をじっと見つめ、
「うーん――、多分、大丈夫?」
と答えた。
本当に大丈夫かな。
◇
灰色の台座の上に上ったルーシィは静かに目をつむり、瞑想を始める。
するとこの風鳴りの丘に吹いていた風が、灰色の台座に向けて集まり始めた。
それらは小さな竜巻のようにルーシィの目の前に集うと、まるでルーシィの次の言葉を待っているかのようにその場に留まる。
「根源の四元、風の祖精霊シルフ。我が呼びかけに応え、その身を顕現せよ」
「はぁ!?」
ルーシィが神々しくそう告げると、その言葉を一緒に聞いていたオリバーが素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたんだ?」
俺が尋ねると、顔を青ざめさせたオリバーが首を小さく横に振りながらありえないといった表情で叫ぶ。
「祖精霊を呼び出しただと!? 雲海の大樹へ向うことなんて数体の微精霊を呼び出すだけで十分だろう! 何で祖精霊を呼び出したんだ!」
「だそうだけど、ルーシィ」
血相を変えたオリバーの言葉を受けて、俺は台座の上のルーシィに少し大きめの声で尋ねた。
「何でって言われても……、なんとなく?」
「なんとなくで
今にも倒れそうなオリバーはそう叫ぶと膝から崩れ落ちた。
オリバーの心配を余所に目の前の竜巻の勢いが増す。
そして大きな衝撃音とともに風が霧散すると、ちょうどルーシィと同じ背丈くらいの少女が竜巻の中から現れた。
「ボクを呼んだのは君?」
若葉色の羽をヒラヒラと舞わせ、その精霊は宙に浮きながら冷たい目でルーシィを見る。
腰まで伸びた、羽の色よりも濃い深碧の長髪を靡かせる精霊は、同じく緑系統色のドレスを着ており、周囲にはこれまた緑色の小さな光の粉を纏っていた。
その神々しい姿に言葉を無くす俺を余所に、ルーシィは怖気もなく精霊に答えた。
「そう」
「すみません! これは何かの間違いなんです!」
ルーシィが答えるのとほぼ同時、卒倒していたオリバーが頭を地面に擦り付け土下座の体勢で叫んだ。
「僕……、いえ私達はただ雲海の大樹に向かいたく、微精霊の力を借りたかっただけでして……」
「――へぇ。じゃあボクはそんな雑用なんかのために呼ばれたんだね。いや、面白い冗談だ」
その精霊は少し考えを巡らせた後アハハと笑ったが気のせいだろうか、目が笑っていないように見える。
「いえ、祖精霊様! これは何かの間違いで……」
尚も頭を地面につけたまま叫ぶオリバー。これって流れ的に俺もやった方がいいんだろうか。
「何の間違いなのかな?」
「間違いじゃない」
今にも死にそうなオリバーが言葉に詰まっていると、ルーシィがその精霊を見据えてそう言った。
「あなたが呼んで欲しそうに来たから、なんとなく呼んだだけ」
「「えっ」」
俺とオリバーが同時に驚きの表情で精霊を見ると、彼女はプクッと頬を膨らませ、拗ねた目でルーシィを見た。
「あーあ、バラしたらダメじゃないか。何か面白い反応だったから遊んでたのに」
◇
「ということで改めまして、ボクは祖精霊シルフ。彼女に呼んで欲しくて自らやってきました」
「なぁ、ラグナス君。僕は夢を見ているのだろうか。ちょっと頬をつねってもらっていいかい?」
何とか立ち上がることができたオリバーに言われた通り頬をつねると、彼は「痛い痛い!」とすぐに抵抗した後、「やっぱり夢じゃないのか」と肩を落とす。
「そんなにヤバい奴なのか?」
俺は精霊に関する知識が無いから精霊郷の頂点と言われてもあまりピンとこない。
「ヤバいもなにも祖精霊というのはだね……」
「あー、そこの君。そういう面倒くさいのいいからいいから。祖精霊っていうのは単純に精霊の中で一番無駄に長生きしてる集団ってだけさ。それより……」
尚も不安げなオリバーをシルフは軽くいなすと、興味深げに翡翠のような眼をルーシィへ向けた。
「君がエアリルシア・ロギメルだね」
「うん。ルーシィでいい」
「そうかい。じゃあルーシィと呼ばせてもらおうかな。可愛い呼び名だね」
「世界で一番大切な人が付けてくれた呼び名」
そう言うとチラリとこちらにルーシィは目配せしてくる。
世界で一番大切だなんて大げさだなと思いながらも、恥ずかしさから顔が熱くなるのが分かった。
「君のことは産まれてからずっと見ていた。それこそ君の周りの精霊達からも話は聞いていたよ。こうして本当の姿の君に会える日を楽しみにしていた。さすがにお馬さんの君に会ってもしょうがないからね。君の命を救うためとはいえ、スカーレットももう少しやり方があったと思うんだけどなぁ」
「スカーレットを知っているのか?」
スカーレットとは恐らくスカーレット・ブラッドレイのことだ。この精霊はあの吸血鬼のことを知っているのか?
「あぁ、知っているよ。それこそ、彼女が子供の頃からね」
子供の頃からって……。俺からすると見た目は今でも完全に子供なんだけどな。
「アハハ、君の顔から考えていることは分かるよ。でも彼女が望んでそうなったのだから、仕方がないことだけどね。おっと、あまり喋りすぎるとまた彼女がうるさく言って来るからこの辺で話を戻そうか」
シルフはそう言うと、俺に向けていた目線をルーシィへ戻す。
「ボクが君に会いに来たのは君の器を直接この目で見定めるためだ。もちろんその目的を果たす意味でも君たちを雲海の大樹へご案内しよう。ボクにかかれば造作もない話だから」
そう告げるとシルフは指をパチンと鳴らした。
瞬間、俺たちの頭上に、それこそこの平原一帯に影を落とすくらいの巨大な岩の塊がいきなり現れた。
「他の人間にあの地を踏まれたくはないからね、隠していたんだよ。最近の人間は精霊の力を借りる方法以外で、例えばそう、空を飛んで侵入しようとする輩がいるみたいだから」
恐らくシルフはヴィヴロさんたちのことを言っているのだろう。
ルーシィのことをずっと見ていたのであれば、恐らく俺たちとの会話も聞いていたのだろう。
危うくヴィヴロさんの提案に乗っていたら、俺たちもあそこへたどり着けなかっただろう。
「準備はできたかい。行くよ!」
そう言うとシルフはもう一度パチンと指を鳴らした。
「えっ、ちょっ、待っ」
待ってと言おうとしたのも束の間、俺の身体が風でできた泡のようなものに包まれる。
見れば俺にルーシィ、それにオリバーとライカもそれぞれ同じ状態になっていた。
「さぁ、雲海の大樹へ、レッツゴー!」
彼女がそう叫んだ瞬間、体が浮き上がるような感覚に包まれる。
と思った刹那、気付けば建物跡どころか風鳴りの丘自体が遥か下。
猛スピードで上空へ舞い上がる風の泡はやがて、雲海の大樹の最下部であろう岩肌へ向けて進んでいき、直撃して人一人分の穴をこじ開けることで止まった。
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