第八十一話 お友達①
「えーっと……」
「ここなの」
ニコニコとこちらを見上げる精霊。
しかしここは出口と言うよりも……。
「最深部っぽいところだな」
目の前にはポッカリと開いた巨大な空洞。もちろん周囲は根っこの壁でできており、この先に空洞らしきものは見つからない。
出口はこちらと精霊を信じて付いてきたはいいものの、外はおろか逆方向へ連れてこられたみたいだ。
「俺は出口へ案内してくれと言ったんだが」
少しイラついた口調を精霊に投げる。
するとその精霊は何を言っているのか分からないと言う表情を浮かべながら「ここが出口なの」と言い張った。
「どこが、ここが出口だよ。外はおろか完全に最深部じゃないか」
「外? それは入口のことを言っているなの?」
……。
なるほど。こいつにとって外は入口なわけか。
「ここはこの洞窟の出口なの。なの達のお家なの」
「達?」
「人間だわ。あいつが人間を連れてきたんだわ!」
するとどこからかこの精霊と似たような声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、ポコンっという音が似合いそうな勢いで、似たような姿の精霊が姿を現す。
「今度は人間ぞよ? この間は変な魔物だったぞよ」
ポコンポコンと次から次へ似たような精霊が姿を見せ、あっという間にその数が数十ほどになった。
「みんな、ただいまなの」
「ただいまなの、じゃないんだわ! 人間なんて連れてきて、あんたのせいでどれだけの被害が出たか覚えてないんだわ!」
だわだわという語尾でしゃべる精霊が手から触手のようなものを伸ばし、ペシンと俺達をここへ招いた精霊を叩く。
周りの他の精霊達もそれを咎める様子もなく、ただ怪訝な表情でその様子を伺っていた。
「ごめんなさいなの。ただお友達が欲しくて……」
「そんなに友達が欲しければさっさとここから出ていくと良いんだわ!」
シュルシュルと伸びる触手。
ビクッと身体を振るわせ俺達をここへ招いた精霊は、身を守るように両手を頭の上に掲げた。
それはまるで鞭のようなしなりを見せ、その精霊を叩き続けた。
相変わらず、その行為をどの精霊も止める素振りを見せない。
「やめろ」
居てもたってもいられず、俺は精霊との間に割り込むと今まさに振り下ろされた触手を素手でつかんだ。
低レベルの俺が止めきれないほどの力であれば天下無双を発動することも考えたけれど、案外容易く止めることができた。
「な、何するんだわっ、人間!」
触手を掴まれた精霊は鋭い眼差しで俺を睨み付ける。
「何の関係もない人間が、私たちの問題に首を突っ込むなだわ!」
何の関係もないか。
確かに俺とこの叩き続けられている精霊はさっきであったばかりで、縁もゆかりもない。
だけど……。
「こいつは俺の友達だ」
何とかこの状況を止めるために、俺の口から咄嗟に出まかせが飛び出る。
何でこの言葉を選んだのか、俺としても謎だったけれど、不思議とこう言えば打開できそうな、そんな気がした。
「ここへ案内を頼んだのは俺達だ。故あって俺たちが行きたいところとは別だったけど、こいつが悪い訳じゃない。そんなに俺たちが気に入らないのならすぐに出ていくから、これ以上仲間に手を上げるのはやめろ」
俺はそう告げると、握った触手を振り払った。
数秒間、時が止まったように睨みあう俺とそいつ。
すると、だわだわという語尾の精霊は面白くない表情でフンっと鼻を鳴らし、顔をそっぽに向けた。
「そんな奴仲間でもなんでもないんだわっ! 出ていくならさっさと出て行けなんだわっ!」
そう言うと、根っこの地面にまるで飲みこまれるかのようにその精霊は消えて行く。
同じようにして黙って見ていた他の精霊達も消えて行った。
「俺の言い方が悪かった。入口の方へ連れて行ってくれないか」
少しトゲの残った口調で、俺は残った精霊にそう言う。
そいつは少しうろたえた様子を見せたが、表情を曇らせコクリと頷いた。
◇
「助けてくれてありがとうなの……」
先ほどのこいつらの家とは逆方向。
そちらに向かってゆっくりと進みながら、その精霊は呟いた。
「別にお前のためじゃない。ただ見過ごせなかっただけだ……」
見過ごせなかった。
昔の自分を傍から見ているみたいで、とてもやりきれない気持ちになったからだ。
自分でも驚くほど自然に、気付いたら身体が動いていた。
まだ俺の中のトラウマが消えていないことに、溜息が出た。
「それでも助けてくれてありがとうなの」
洞窟の外へ向かいながら、ポツリと二度目のお礼をその精霊は呟く。
「純粋なお礼は素直に受け取っておいたらいいんじゃないかい?」
すると、今まで黙っていたオリバーがそう告げる。
まぁ、お礼を言われる分には悪い気はしないしなと思った矢先、オリバーは続けてとんでもないことを言った。
「友達なんだろう?」
「は?」
オリバーは、何かを含んだような笑みを浮かべる。
「友達って……」
「君ははっきりとそう言ったじゃないか」
「た、確かにあの時はそう言ったけど……」
「友達なの!」
すると、目をキラキラと輝かせながらその精霊が俺とオリバーの会話に割って入ってきた。
「友達初めてできたの! とっても嬉しいなの!」
まるで子供がはしゃぐようにピョンピョン飛び跳ねながら、精霊は喜びを体いっぱいに表す。
「君は、あれを見ても友達じゃないと言えるのかい?」
「……。お前性格悪いだろ」
「一応これも君のためなのだけどね。精霊と交友を持っておくことは悪いことじゃないよ。精霊の助力は役立つことばかりだから」
俺はオリバーにそう言われ、改めて飛び回る精霊を見やる。
そいつは嬉しさのあまり周りが見えていないのか、飛び跳ねたはずみで壁に激突した。
後ろに倒れて、少し赤くはれた額に両手をあてがい、涙目を浮かべている。
……、本当に役立つのか、あれ。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったなの!」
思い出したかのように精霊はこちらへスッと近づいてくると、俺を見上げた。
「名前?」
「そうなの。名前、教えて欲しいなの。なんて呼べばいいか分からないなの」
さて、どうするか。
一応ギルド名であるロクスと名乗っておくべきか、それとも本名を名乗るべきか。
まだかまだかと期待の眼差しで見上げてくるそいつを見て、俺は溜息一つ着いて口を開いた。
「ラグナスだ。ラグナス・ツヴァイト」
「ラグ……ナス?」
幼児が喋るかのごとく拙い口調で、俺の名前を復唱する。
「そうだ。呼びにくかったら別にラグでもいいぞ」
「ラグ……、『ラグ』がいいなの!」
どうやら俺の愛称がお気に召したのか、何度も「ラグ、ラグ」と嬉しそうにその精霊は復唱した。
「んで、お前の名前は?」
「名前?」
一応は外まで連れて行ってくれるみたいだし、いつまでも精霊精霊と呼ぶのも悪い。
と、思って聞いてみたものの、そいつはうーんうーんと考え込んで出した結論が。
「名前は無いなの」
「無い?」
「そうなの。今まで気にしたことがなかったけど、そういえば名前で呼ばれたことが一度も無いなの」
風の祖精霊シルフみたいに、精霊一人一人にも名前があると思っていたけれどそういう訳でもないらしい。
昔ルーシィが呼び出した精霊も名前があったからてっきりこいつにも名前の一つくらいあるものだと思っていた。
「では、名前を付けてあげたらいかがでしょう」
するとオリバーの隣を歩いていたライカが、右手を挙げてそう提案してきた。
「名前、付けてくれるなの!」
「え、面倒くさい」
「えー」
輝かしい満面の笑みを浮かべたかと思いきや、どん底に突き落とされた顔に変わる精霊。
こいつの表情、中々豊かで面白いな。
「まぁまぁ、そう言わず。友達なんだから」
「そうなの、ラグは友達なの!」
精霊の方はすごく真面目なんだろうけど、オリバーは絶対に面白がっているよな。
とはいえ、名付けてやらないとこれ以上先にも進めなさそうだし、適当に何か付けてやるか。
「そうだな。じゃあ、さっきからなのなのうるさいから『ナノ』で」
自分で名付けておきながら安直の一言に尽きる。あと雑。
同じ意見なのか、マジかよお前といった感じでオリバーとライカがこちらを見てきた。うるさいな、じゃあお前たちが付けろよと心の中で文句を言っておく。
「『ナノ』! ナノの名前は『ナノ』なの!」
しかし精霊は気に入ったのかしきりに『ナノ』という名前を反芻していた。
そんなになのなの言われたら、名前を言っているのか語尾なのかが分からないが、俺が名付けたのだから仕方ない。もっとややこしくない名前を付ければよかった。
「これで『ラグ』と『ナノ』はお友達なの! ずーっと、ずーっとお友達なの!」
いや、ずっとって。いきなり重すぎるんじゃないか。
「『ナノ』にできることは何でも言って欲しいなの。何か無いなの?」
期待と言う言葉がこれ以上にないほど詰まった笑顔で、ナノはそう聞いてくる。
ま、俺の頼みは最初から最後まで一つだけだからそれを改めて伝えるか。
「じゃ、とりあえず外まで連れてってくれるか」
「了解しましたなの!!」
俺の言葉を聞いたナノは張り切った様子で鼻息を荒くすると、俺達の先頭を意気揚々と進んでいくのだった。
はぁ……、やっと外に出られる。
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