第八十二話 雲海の大樹
長く続く急な階段。
どのくらい登っただろうか。
四肢体躯を全て使い、まるでよじ登るようにしないと上へ行けないそれを、私は必死に登っていた。
「さぁ、あそこが出口だよ」
少し荒くなった呼吸を整えたところで、私の後ろをヒラヒラと飛んでいたシルフが先を指差し、笑顔を浮かべながらそう言う。
その出口と言われた穴は光に包まれており、こちらから外の様子は伺えない。
「うん」
私はそのシルフの言葉に返事をすると、また腕に力を入れて自分の上半身を引き上げ、そして足に力を入れて、下半身を送り出す。
正直精霊術でここを登りたかったけれど、シルフが「ダメだよ。言っただろう、君の器を見定めると。ここも自力で登らなくちゃ」と言って力を貸してくれなかった。
魔法と違って精霊術は精霊が了承しないとその力が発揮できない。
ましてやいつも力を借りている祖精霊本人が「ダメだ」と言っているのだから、ここは自分の力で登るしかなかった。
◇
「きれい――」
何とか自力で階段を登り切った私を出迎えたのは、とても綺麗な風景だった。
目の前にはまるで綺麗な絨毯が敷き詰められたかのような、一面緑の平原。
その向こうには、頭に真白の雪をかぶせた山々が見える。
少し目線を下げると、大きな浮島に黄金色の花々がちょうど自分が居る一本の巨大樹を取り囲むようにして咲いていた。
見える範囲で目測するに、ちょうど自分が居るのは巨大樹の中腹辺り。
恐らくこの巨大樹を支える浮島の下部から樹の中を通ってここまでやって来たのだろう。
ふと見上げると、枝葉の間から覗く青々とした空は少しばかり太陽の光を失っており、これから夕時がやってっくるのが分かる。
ラグやライカと一緒にグレナデを発って、オリバーやシルフと出会ったり、ラグが新しいスキルを手に入れたりなど色々なことがあった割にまだそんなに時間が経っていなかったのだと、不思議な感覚に苛まれる。
「まだまだこれからだよ」
シルフに促される先。
大樹の外壁を取り囲むようにして、長い螺旋階段が続いているのが見える。
どうやらここを進んで行けということみたいだ。
少し溜息が出そうになるけれど、先ほどまでの急な階段をよじ登ってきたことに比べれば、可愛いものだ。というか螺旋階段は下にも続いているのだから、もしかしたら先ほどのような茨道を進まなくても別ルートがあったのではないだろうか。
「このルートが一番近いんだ」
そんな私の気持ちを察してか、先回りするようにシルフがニコリと笑って言った。
「さぁ、ボヤボヤしていたら他の輩に先を越されちゃうよ」
シルフはそう言って、すっと下の浮島を指す。
浮島から飛び出た桟橋のような場所、そこには一隻の飛行船が停泊していた。
人が何人か確認できるが、その中にヴィヴロさんらしき人が伺える。
私はシルフの方へ目線を戻すと、何も言わずにコクリと頷き、その螺旋階段を上へ向けて足早に進んでいった。
◇
「暇だし黄金の宝珠の話でもしようか」
螺旋階段を上っていると、不意にシルフがそう話しかけてくる。
そう言われれば、黄金の宝珠を持ちかえるということだったけれど、実際に黄金の宝珠とやらが何なのか詳しくは聞いていなかった。
私はお願いしますという意味で、歩きながらもシルフに目線を向け小さく頷く。
「じゃあ折角だからそれっぽく――、そうだね……、とある書物にあった口上で語らせてもらおうかな」
「とある書物?」
「あぁ~、んっ」
シルフは調子を整えるように喉を鳴らすと、少し声色を大人びたものに変えた。
―― 雲海の大樹に広がる、金色の光。
その輝きは雫となって辺りに降り注いだ。
一片でさえ数多の魔物を払うその光は、
紫の脈動、虹の波動を背に据えて、
花の国の遍く魔物を追い払った。
金色の光、宝珠と呼ぶにふさわしいその御姿は、
贖罪の巨人が支える大樹の傍らにて、真の英雄を待つ。 ――
「と、これが黄金の宝珠にまつわる話かな」
「全く訳が分からない」
何やら黄金の宝珠の光がすごいことは分かったけれど、それ以外は何が何やらさっぱりだった。
「う~ん。じゃあボクからもう少しだけ。ルーシィ、君が手に入れるべきは『黄金の林檎』だ」
「黄金の林檎?」
「そうとも。この雲海の大樹において、巨大聖獣アトラスが守護しているとされているのが黄金の林檎。それこそがボクが手にして欲しい代物なんだ」
黄金の林檎。
そんなものがあるなら、確かに黄金の宝珠と形容されてもおかしくはない。
「黄金の林檎は、この大樹の最上階に位置する部屋に実っている。だから後は……」
「上を目指すだけ」
シルフの言葉を引き継ぐようにして私がそう告げると、満足のいく回答だったのか満面の笑みで「そうだ」とシルフは言った。
はぐれたラグ達とは会える気配がまだ一向にない。
とはいえ私が目指す場所も、ラグが目指す場所も結果は同じはず。
であれば、このまま歩を進めるのが再会への、そして私達がここへきた目的への一番の近道のはずだ。
ラグが居ないことはとてつもなく心細い。
けれど、いつまでも彼に頼りきりでは駄目だ。
私は――、私自身の力でやり切らないと。
そう決意を新たにして、私は螺旋階段を先ほどよりも早い足取りで上って行くのだった。
◇
「なるほど。黄金の林檎か」
雲海の大樹、浮島の桟橋。
停泊している飛行船の甲板から一人、大樹の方を見つめていた眼鏡の男は薄い笑みを浮かべると、誰に聞かせる訳でもなく静かにそうつぶやいた。
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