第六十四話 魔法の香水―リラルーテット―

 インステッド王国。

 ラオツァディ―に入国してから馬車で数日ほどの距離にある高い山々に囲まれたこの国は、周辺諸国から『花の国』と呼ばれている。

 インステッド王国内の各村々で栽培された綺麗な花は、王都グレナデへ持ち込まれ、加工されたり、観賞用で販売されたりしているが、中でもインステッドで作られた女性物の香水は評価が高く、各国の貴族がインステッドの香水だけを目的に訪れるほどである。


「中でも一番人気なのは……」


 王都グレナデの中心街にあるギルドの一角。

 インステッド王国内でも冒険者活動ができるよう手続きを終えた俺がルーシィの元へ戻ると、何やらぶつぶつと呟きながら壁の張り紙を見つめていた。

 何が書かれているのか、俺はこっそりと後ろに立ち目を向ける。


 ―おすすめ香水―

 まず最初に紹介するのは、ベレギルが売り出す魅惑の香水ヴィオーレだ。バイオレットの花を主原料としたこのヴィオーレは、妖艶な甘い香りが売りの一品。一度振りかければ、振り向かない男など居ない。勝負の夜にはかかせない代物だ。

 次に紹介するのは、クリストフ・ティアラの看板商品、マグナーラ。形容するならば高貴・高潔が相応しいこの一品は、マグリアの花から作られている。隣国ラオツァディ―の貴族にも愛用されており、ダンスパーティーなどにはうってつけだろう。

 そして最後はもちろん、リラルーテット。リラの花から作られるこの香水は、インステッド王国内売れ行きナンバーワン。清廉、清楚なその香りは、まるで現インステッド王国王女をイメージさせる。特に男性諸君に告ぐ。愛の魔法という別名もあるこの香水は、好きな女性への贈るのに最適だそうだぞ。うーん、マーベラス!


 記事編集者 ― トレース ―


 香水ねぇ……。

 男の俺からすると一切興味が無いものだけれど、女の子はやっぱりこういったものに興味があるんだろうな。

 かくいうルーシィも背後の俺に気付かないまま、食い入るように読んでる訳だし。


「ラグ、終わったんだ」


 ルーシィは張り紙を見つめたままそう呟く。


「なんだ、気付いてたのか」


 俺がそう声をかけると、ルーシィはこちらを振り向かずコクコクと頷いた。


「女の子はこういうのが好きなの。というか香りに敏感。ラグも覚えておいて」


 ……。ルーシィ、俺と居る時はスキルをオフにしておいてくれとお願いしたはずだけど?


「何の話? 私はスキルをオフにしてるよ?」


「いや、思い切り発動させてるよな!?」


 とぼけ顔でこちらを振り返るルーシィに思わず突っ込んでしまう。

 ルーシィは何でバレたんだという顔をしているが、一度そのスキルを習得したことのある俺を騙せる訳がないだろ。


「全く、俺が使う分には良かったけど他人が持ってるとこれほど厄介なものは無いな。『静聴』は」


 そう、ルーシィが習得したスキルは、以前ランダムスキルで俺が習得したことのあるスキル『静聴』だ。

 相手の心が読めるという代物は厄介だが、難点があるとすれば二つ。

 一つは、近距離で相手の心を読んだ時に喋りかけられているのかどうなのかの判別がつかないということ。

 もう一つは人が大勢いるときに心の声が聞こえすぎて、うるさくてたまらないということだ。

 ここはギルド内でそこそこ人も多い。よく、俺の声が聞き分けられたなと思う。


「私がラグの声を聞き逃す訳ない」


「スキルをオフにしなさい」


 俺がそう言うと、しぶしぶと言った顔でルーシィはスキルをオフにしてくれた。

 スキルのオンオフの判別は、ルーシィの右眼を見れば分かる。

 スキル発動中は、瞳が微かに金色の光を放っているのだが、今は消えているので間違いはないだろう。

 これはスカーレットが教えてくれたことだが、スキルを発動すると、スキルクリスタルでスキルを習得したときの色の光が瞳から微かに発せられるらしい。

 つまり、金色のスキルである『静聴』を発動し続けていれば、瞳は金色の光を放ち続けることとなるという訳だ。


「これじゃあラグが何考えてるか、少ししか分からない……」


 はぁ、とため息をつきながらそう言うルーシィ。

 いや、何を悲しそうに言っているのか知らないけど、人が何を考えてるのかって分からないもんなんだよ、普通は。

 いや、ちょっと待って、少しは分かっちゃうの?


「分かるの? って顔してる」


 瞳は金色の光を放っていない。

 え、マジか。すごいなルーシィ。


「すごいって顔してる」


「それ、俺が分かり易いだけってことはないか?」


「そうとも言える。でもそれは私だから分かるという自負はある」


 えへんと自慢げに言うルーシィ。


「へぇ、スキル無しに分かるなんてそんな特技があったんだな。じゃあ今度あの吸血鬼を探ってみてくれよ。あいつ何かにかけて色々と……」


 と言っていると、ルーシィを見るとジト目でこちらを睨んでいることに気付いた。

 ん? どうしたんだ?


「ラグのバカ……」


 そして一言ポツリ。プイッとそっぽを向くとそのまま出口へ向かって歩き出してしまった。

 あれ? 俺、今何か気に障ること言った?





 ギルドを出た俺たちは、中心街をとりあえずぶらぶらする。

 鼻唄交じりで俺の横を楽しそうに歩くルーシィ。

 結局何が悪かったのかは分からないけれど、ひとまずは機嫌が直ったみたいで良かった。

 ある程度歩いたところでハタとルーシィが歩みを止めた。

 唯一点、とある店の方をずっと見つめている。

 オシャレな外装、看板には『シャドール』の文字。

 あれは……香水店?

 そういえばギルドでずっと見てたのって、オススメ香水の張り紙だったっけ。

 

「少し寄っていくか?」


「いいの?」


 俺の提案に目をキラキラと輝かせながら嬉しそうにこちらへとルーシィが振り返る。

 無いけど、尻尾をパタパタと振っているみたいだ。

 俺が分かり易いとか言っときながら、自分だってそうじゃないか。


「この状況で先を急ぎようもないしな……」


 ラオツァディ―への入国、そしてインステッドへの入国は、アスアレフのギルドマスターが手配してくれた許可証ですることができた。

 これはインステッド及びラオツァディ―の両国がアスアレフと友好国であるためだ。

 しかしそこからさらにノースラメドへ渡ろうとすると話は変わる。

 決して敵対関係にある訳ではないけれど、そもそもノースラメドはインステッドにしか門扉を開いていないらしい。

 つまり、ノースラメドへ入国するためにはインステッド王国の許可をもらわなければならないという訳だ。

 しかしインステッド側も誰彼構わず許可を出している訳ではない。

 少なくとも謁見し、国王が認めた者でなければ許可証は降りないらしい。

 それで早速謁見を申込もうと思ったのだけれど、どうも城内で色々なごたつきが起こっているらしく、特段の事情が無ければ謁見は一年後だと言われた。

 それで何とか謁見する方法を模索する間、とりあえずの収入口を確保するためにギルドで冒険者活動できるよう手続きをしたという次第だ。


「やった!」


 ルーシィは満面の笑みで俺の手を取り、シャドールと言う香水店へと歩を進めていく。

 そして店の扉を開けた瞬間、一瞬気が遠のいた。


「うっ、何だこれ」


 鼻をつく甘ったるい香り。

 何事もなく入っていくルーシィは、これを異臭だと認識できないのだろうか。


「いらっしゃいませ~」


 店の奥から、俺たちとそう年齢も変わらない女の子が姿を現す。

 オシャレな服に身を包み、ニコニコとこちらへ歩いてくるが、その子からもマジでと言うくらい甘ったるい香りが漂っている。


「今日はどんなものをお探しですか~?」


「えっと……その……」


 ぐいぐいと来る店員に対し、恥ずかしそうに目を逸らすルーシィ。

 そしてタタタッと俺の背後に隠れる。


「あらら」


「悪い……。この子人見知りだから」


 俺は口での呼吸に切り替え店員にそう告げた。

 そう言えば俺も最初話するのでさえ苦労したっけか。


「そうなんですか~」


「このお店で一番のオススメを見せて欲しい……でいいかルーシィ?」


 俺がそう問いかけると黙ったままコクコクと頷く。


「だ、そうだ」


「かしこまりました~」


 そう言って少しばかり俺たちから離れる店員。

 俺の後ろからヒョコッと顔を出してそれを確認するルーシィに思わず笑みがこぼれる。


「変わらないな」


「人と話すのは苦手」


「俺も人だけど?」


「ラグは別」


「お待たせしました~」


 タタッと小走り店員が戻ってきた。

 その声が聞こえた途端に、再びルーシィが俺の背中に隠れる。


「こちらが当店一番のオススメ、『リラルーテット』です!」


 店員の手には一つの小瓶。

 透明なガラスの瓶の中には、薄水色の液体が揺らめいていた。


「リラルーテットって、確か一番売れているっていう……」


 確かギルドで見た記事にそう書かれていたはず。


「そうなんです。別名を『愛の魔法』と言うこの香水は、昔とある男性がインステッドの王女に贈ったものを再現したものなんですよ」


「ふーん」


「転じて、男性が好きな女性に対して贈るのに最適な一品です。よろしければ、後ろの彼女さんに御一ついかかですか?」


 後ろの彼女さん?

 俺が店員の目線に合わせて振り返ると、後ろでルーシィが真っ赤になっていた。


「あー勘違いさせたな。そういうのじゃなくて、ただの冒険者仲間みたいなもんだから」


 慌てて俺は否定する。

 細かい説明は面倒くさいし、とりあえず冒険者仲間ってことにしといたら問題ないだろ。

 なんか、言った瞬間に背中を軽く殴られた気がしたけど、気にしない気にしない。


「そうだったんですね~。お二人を見てたら私てっきりそう思っちゃって。失礼しました」


 少しバツが悪そうに笑う店員。

 まぁ男女二人でこんな店に来てたらそう思うよな……。

 ただ、彼女じゃないにしてもプレゼントするってのはやぶさかじゃない。

 

「ちなみにそれっていくら?」


 それとはリラルーテットなる香水のことだ。

 本当なら香りを確認して買うのが良いのかもしれないけど、ここでそれをしようものなら俺の鼻がもたない。

 それにこういうのに俺は疎いし、正直何が良いのかは分からないので、とりあえず一番のオススメを買うに越したことは無いだろう。


「あ、お買い上げですか? こちらの商品はですね……」


「やめておいた方がいいよ、そんなを買うのは」


 店員が値段を告げようとした瞬間、背後から若い男の声が店内に響いた。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆


遅くなりましたが、

日ごろの読者の皆様のおかげもありまして、

2020/9/11に発表されました集英社WEB小説大賞でこの度奨励賞の方を受賞いたしましたことをご報告いたします。

投稿ペースはゆっくりですが、今後も皆様が面白いと思えるお話をお届けできたらと思います。


カクヨムのあとがきの書き方が分からなかったので、作品内でごめんなさい。


雷舞蛇尾


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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