第三章 魔法の香水―リラルーテット―
第六十三話 ルーシィのスキル
「なぁ、ルーシィ」
「何?」
アスアレフを出国し、ラオツァディ―公国内を走る馬車。
その決して狭くない車内で、窓際に座る俺にぴったりと、それこそ文字通りぴったりとくっついているルーシィへ俺は尋ねる。
「寒いのか?」
「ううん」
ルーシィは小さく顔を横に振った。
あの頃のように結われた瑠璃色のサイドテールが、小さくぴょこぴょこと動く。
どうやら寒いわけではないらしい。
それはそうだ。いくら北上しているとはいえ、まだ気候はアスアレフと変わりない、ちょうどいい温かさだ。
「どうして?」
くりくりとした双眸でルーシィはこちらを見上げる。
いや、どうしてと言われても。
「いや、もうちょっとゆったりと座ってもいいんじゃないかと」
少し遠まわしにルーシィへそう伝える。
せっかく広めの馬車を調達したのだから、わざわざこんなに詰めて座る必要はないと思う。
「嫌……だった?」
すると、ルーシィはすごく寂しそうにこちらを見つめてくる。
「あ、いや、そうじゃなくて……」
そう、嫌ではない。嫌ではないんだ。
ただ、その何というか……。
ぴったりとくっついていると言っても色々あるけど、今の状況としては俺の左腕に抱き着くような形でルーシィは身体を預けてきている。
ということはつまり、ルーシィの決して小さくない柔らかい部分が、俺の左腕へこれでもかと主張をしてきている訳だ。
嫌というよりも、気恥ずかしいのでとりあえず離れて欲しい。
けどそれを直接的に伝えるとルーシィは落ち込む。
「何でそんな意地悪言うの?」とか言って、最悪泣くまである。
そんなルーシィの悲しい顔を見るのは俺が望むところではない。
さて、どうしたものか……。
そう考える俺の視界に、飛び込んできた光景。
そうだ! この手がある!
「あ、あー。何だか暑いなー。確かこの近くって大きい火山があったはずだしなー」
そう、ラオツァディ―公国には世界最大級であるロナーウ火山がある。
ここからでもその山は当然見える訳で、噴火をしている訳でもないから俺としては全然暑くもなんともないけれど、これを言い訳にできるのではないかと思った次第だ。
「やっぱり、嫌だよね……。ごめんね、ラグ」
しかし、ルーシィは俺の思いに反して、更に落ち込んだ顔になりするすると俺から離れていく。
いや、違う。違う違う違う。そうじゃない、そうじゃないんだって!
「あ、あー。何だか急に寒くなって来たなー。特に左腕辺りがすごく寒いな―。もう、凍りつくんじゃないかってくらい寒いなー」
「そうなの? それじゃあ」
そして俺の左腕に戻ってくる柔らかい感触。
「これで寒くない?」
満面の笑み。すごく嬉しそうに尋ねるルーシィに、俺は唯一言、「うん」としか答えることができなかった。
とりあえず、意識は左腕以外に集中させておこう。沈まれ煩悩。
◇
そもそも、何故俺とルーシィはラオツァディ―公国内を馬車で走っているのか。
俺の次なる目的地は、英雄の眠る地ディアインだ。
ただディアインはリーゼベト王国の北西に位置しており、リーゼベトの東に位置するアスアレフから最短距離で向かうとなると。どうしてもリーゼベト王国内を横断する必要がある。
ニナやフォーロックの件で恐らく顔や名前が割れているであろう俺が、考えなしにそうするのは非常に危険だ。
そこで、少し時間はかかるが、俺は大回りして向かう道を選択した。
アスアレフから北上し、ラオツァディ―公国を抜けると、旧ユーレシュのちょうど真東にあるインステッド王国へ到着する。
そして更に北上をし、旧ユーレシュよりも北に位置する、この大陸の北部全域を覆うノースラメド王国を最西端まで抜け、南下をすれば旧ディアインの土地へ直接たどり着くことができる。
それが一番安全だ、そう判断した俺は、早速出国の手続や諸々の準備をすべく、ヨーゲンへ向かうことにした。
ヨーゲンにはあの気持ち悪いギルドマスターが居る。
あいつに頼めばよしなに取り計らってくれるだろう。
「そう言えば、アールヴは?」
大体の方向性は決まったが、一つ気になるのはアールヴ。
ローンダードへ向かう際に別れたが、戻ってきた今もここに居る気配はない。
もし、用事が片付いているのなら、ディアインに向けて手を貸してほしいところなのだけれど……。
「ニナは今ここにはおらんのじゃ」
スカーレットは俺の問いに短く答える。
「そうか」
ということはまだ片付いていないということだな。
スカーレットの雰囲気でそう察した俺は、やむなしと諦めることにする。
「ねぇ、ラグ」
「なんだルーシィ?」
「私も行く」
「ダメだ」
ルーシィの言葉を速攻で却下する。
「危険な旅なんだ。ルーシィを連れて行くわけにはいかない」
最終目的地はディアインとはいえ、今はリーゼベト王国領。
いつ敵と対峙するかも分からないし、ルーシィが生きていると知られるのも非常にまずい。
対してここの屋敷に居れば、ルーシィの身が危険にさらされることはない。
スカーレットも居るし、俺としても安心できる。
せっかく生きて再会できた友達を、死地かもしれない場所へわざわざ連れて行くなんてできるかよ。
「私は……、私は……」
「ルーシィ?」
「私は、ラグと一緒に居たいっ!」
涙声でそう叫ぶルーシィ。
ルーシィのこんな大きな声を初めて聴いた俺は少したじろいでしまう。
「せっかくお話しできるようになったのに……。また、お別れは……いやだよ」
そしてポツリと告げられる。
先ほどと打って変わって弱々しくか細い声だが、俺の耳にはしっかり届いていた。
俺だって嫌に決まってる。
だけど、だけどさ……。
「連れて行ってやるのじゃ。ラグナス」
すると、スカーレットが満面の笑みで胸を張りながらそう言った。
「ルーシィは強いのじゃぞ。それにスキルもな」
スキル?
そう言えば、ルーシィが持つスキルってなんなんだ?」
「私、スキル持ってない……です」
ルーシィは首を振りながらそう答える。
そうか、10歳を迎える前に馬になって過ごしていたから、スキルを習得していないのか。
「なら今、お主のスキルクリスタルを使って習得すればよいのじゃ」
確かに。
今彼女の左眼にはスキルクリスタルがあるのだから、習得は容易だ。
「きっと驚くと思うのじゃぞ~」
そう言いながら、ニヤニヤと笑いながらこちらを見てくるスカーレット。
その顔、なんだか腹が立つな。
「やってみます」
そんな俺を余所に、ルーシィは意を決した様子で自分の左眼に手を伸ばした。
そして念じると、彼女の左眼が光に包まれていく。
その光の色は……金色だった。
やがて光は収縮し、彼女の中に吸収されていった。
「どうだルーシィ」
「今、確認してみる」
ルーシィは自分のステータスパネルを開いてスキルの確認をする。
「えっと……私のスキルは……」
そして彼女からそのスキルの名が告げられる。
「え、マジで……!?」
驚く俺の横で、スカーレットはいつまでもニヤニヤと笑っていた。
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