第六十話 ずっとそばにいてくれてありがとう

 俺はローンダードからスカーレットの屋敷近くの村へ向かう馬車に揺られていた。


「結局、キースのやつはどこに行ったんだ……」


 あの後、俺はルリエルにエリクサーを使用し、彼女を回復させた。

 ヒュドラ戦であまり経験値を得られなかったのが幸いし、ルリエルのダメージを引き受けたと同時に超回復が発動。

 そのまま、動かないヒュドラを尻目にルリエルの姉を担ぎ水晶の洞窟を後にした。

 街に戻ってキースを探したけれど、結局見つからず、これ以上時間は費やせないと判断して俺は一旦スカーレットの屋敷へ帰ることにしたのだった。


「確かやることができたとか言っていたけれど……」


 まるで人が変わったかのような言動、そして急な蒸発。

 考えれば考えるほど頭はこんがらがるけれど、これ以上考えていても仕方がない。

 まず優先するべきはルーシィの回復だ。

 しかし、ローンダードからの出立の日、まさかルリエルが付いて来たいって言うなんてな。





「私もロクスさんに同行させてください!」


「はぁっ!?」


 リリエルさんが目を覚ました翌日。

 ロンド芸団で朝飯を御馳走になっている時、ルリエルが荷物を纏めていたから何事かと思って聞いてみたら、まさか俺に同行する気だったとは……。


「何でそんな話になるんだ……」


 俺は頭に手をやりながらため息を吐く。


「英雄の件、お話ししましたよね」


「英雄の件? ああ、あの昔居た英雄と踊り子がどうとかっていうやつか?」


 確か神の力を持った英雄の傍らにいた踊り子、それがルリエルの先祖らしい。

 その先祖が編み出した舞は英雄が使っていた神の力とやらを模倣したもので、効果が俺の天下無双にそっくりだとか。

 それで時を経て、同じように自分が英雄の傍らに居てともに戦いたいというのが彼女の意見らしい。


「あのなぁ。その時も言ったと思うけど、俺は英雄なんて大層なもんじゃないし、今こうやって色々やっているのもあまり褒められた理由じゃないんだよ」


 そう、俺の目的は今でも変わらない。

 俺を奴隷のように扱ったあいつらを見返すことだ。

 そんな自己満足のようなことにルリエルを巻き込むことなんてできない。

 何度も言うが、決して俺は英雄なんて良いものではないのだから。


「それにルリエルはまだ子供だろ」


 ヒュドラ相手に大立ち回りを繰り広げたとはいえ、彼女はまだ子供。

 今回のような危険な橋を渡ることがあと何回待ち受けているか分からない。


「失礼ですねっ! 私だってもう14歳なんですよっ!」


「えっ?」


 俺は自分の耳を疑った。

 今14歳って言った?


「ですから、私はもう14歳なんです! ロクスさんとそんなに歳は変わらないと思いますけどっ!」


 プンスカとほぉ膨らませながら怒るルリエル。

 いや、俺と3つしか変わらないの? えっ、嘘だろ?


「コ、コホン。それでもだ。せ、せめて俺と同い年くらいになってからじゃないとな」


「そんなに違いますかね?」


「違うんだっ!」


 自分でも苦しい言い訳だとは分かっている。

 だがここで折れては彼女の将来に申し訳がない。

 ここは心を鬼にしてでも断らなければならない。


「……」


 しばし考え込む素振りを見せるルリエル。

 そのまま引き下がってくれるといいのだけれど。


「……たらいいんですね?」


「ん?」


「ロクスさんと、同じ年齢になったら同行を許してもらえるんですね?」


 彼女はこちらを真っ直ぐ見つめながら、そう俺に尋ねる。

 少なくとも一番の理由は、巻き込みたくないというものだから年齢自体は関係ないのだけれど……。


「ああ、そうだな」


 とりあえずここら辺で手を打っておかないと、いつまでも引き下がってくれなさそうだしな。

 それに同じ年齢ということは今から3年後だ。

 その頃には、確証はないけれどどうにかなっているだろう。


「約束ですよ」


「分かった。約束する」


 3年後の俺、後は頼んだ。





 俺はスカーレットの屋敷近くの村で場所を降りる。

 日はすっかりと落ち、空には星が輝いていた。

 ここからならすぐに到着するだろうと、俺は天下無双を発動させる。

 虹色のオーラに包まれたのを確認すると、スカーレットの屋敷へ向けて駈け出した。

 木々を抜けていくと、見慣れた湖が俺の目の前に現れる。

 際で俺は地面を蹴り、スカーレットの屋敷の目の前に着地した。


「全く。荒々しい帰還じゃの」


 懐かしい声の方向へ顔を向けると、スカーレットが扉の前に立っていた。


「外に出てもいいのか?」


「太陽が出てなければ問題ないのじゃ。それよりもルーシィが中で待っておるぞ」


 それだけ告げると、スカーレットは屋敷の中へ消えていく。

 俺も慌ててスカーレットの後を追った。





「ルーシィ!」


 いつもの謁見の間。

 俺がそこへ到着すると、ルーシィが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「遅くなって悪かったな……。って、お前元気じゃないか?」


 ブルブルと鼻を鳴らしながら、顔を擦り付けてくるルーシィ。

 あの憔悴しきった姿とは打って変わって、今目の前にいるルーシィはいつも通りのルーシィそのものだった。


「さて、ルーシィの解呪の件じゃが、ちょうどタイミングよく日が変わるの。お主に呪いが跳ね返ってもすぐにレベルリセットで元に戻るじゃろ」


「やっぱりエリクサーのデメリットを知っていたんだな。それにレベルリセットの状態異常解除も」


 俺はため息交じりにそう呟いた。

 もはや強く突っ込む気にもなれない。


「ルーシィはもう元気じゃないか。呪いなんて本当にかかっているのか?」


「ルーシィが弱っていたのは単に少し頑張りすぎただけじゃ。呪いはそれとは別にある」


「別に?」


「エリクサーを使ってみれば分かるのじゃ。ほれ、さっさとせんと日が変わってしまうぞ」


 謁見の間の壁にかかっている時計を見ると、確かにスカーレットの言っていることは正しかった。

 まぁ、どんな呪いであったとしてもレベルリセットが解決するのなら問題はないだろう。

 俺はルーシィにそっと手を伸ばし、エリクサーを発動させた。

 俺の手から発現した白い光は、ルーシィを包み込んでいき、やがて馬から人の形へと……。

 ん? 人の形?

 そう思った瞬間、急に体が重くなる感覚に襲われた。


「ヒヒン?」


 あれ、喋れない……?

 いや、これ俺が馬になってないか!?

 と、思ったらレベルリセットが発動したのか、元の俺の身体へと戻った。

 

「おい、一体どうなって……」


 スカーレットに詰め寄ろうとすると、馬から人へ変貌を遂げたルーシィがくりくりとした目を大きく広げてこちらを見つめてくる。

 見れば腰まで伸びた瑠璃色の髪の少女。

 薄手の白いワンピースに身をつつんだ彼女の瞳は、片方は透き通るような白色で、もう片方は綺麗な青色だった。

 顔の造形や姿形から恐らく俺と同い年くらいだと思う……、けどそれよりも似ている。

 すると不意に体が全体に温もりを感じた。

 優しい風に乗り、俺の頬を撫でた淡く甘い香り。

 彼女の顔が真横にあることに気づき、そして抱き着かれているという事実に気付いた。


 この子……、いや、まさか……、嘘だろ……。


「どうじゃ。体は特に異常はないかの?」


 俺が戸惑っていると、柔らかい声色でスカーレットが少女へと尋ねる。

 少女はそれを受けて、俺から離れコクリと小さく頷いた。


「声は出せるか?」


「……はい」


 少女は消え入りそうな声でそう返事をする。

 鈴を転がしたような声。

 あの頃よりも少し大人びてはいるものの、その彼女の声色で俺は確信した。


「よし。では、自分の名前は言えるか?」


 スカーレットからの問いかけに少女は再度小さく頷き、答えた。



「私は……」



 会いたかった。



 死んだと聞かされたあの時から。



 会いたかった。



 助けられなかった自分を責めたあの時から。



 止めどなく溢れ出る涙を袖口で拭う。



 何で俺はこんなに近くに居たのに気付いてあげられなかったんだろう。



 奴隷のような扱いだったあの時から。



 最初から彼女だけが俺に優しかったっていうのに。



 ごめん。

 気付いてあげられなくて……、本当にごめんな。

 


 ― ラグっ、大好き ―



「私の名前は……、エアリルシア・ロギメル……です」

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