第六十一話 呪いの元凶

「ルーシィ!」


 俺の声にルーシィはこちらへ振り返る。

 間違いない、ルーシィだ。

 あのルーシィなんだ!

 俺は居ても立ってもいられず、彼女をそのまま抱き寄せた。


「会いたかった……。ずっと、ずっと会いたかった!」


「ラグ……」


 ルーシィはそっと身体を俺に預ける。


「私、傍に居たよ……。ずっと、ずっと傍に居たよ」


「ああ。ごめん、気付けなくてごめん」


 彼女の声はしだいに涙を交え、かすれていく。


「ううん。ラグは気付いてくれた。私のことをルーシィって、そう呼んでくれた」


 俺がツヴァイトの屋敷から逃げ出したあの日。

 俺はずっと傍で寄り添ってくれていた馬にルーシィと名付けた。

 その馬が、あまりにもかつての幼馴染に似ていたが故に。


「ありがとう。私を見つけてくれて、私を元に戻してくれて」


 ルーシィは俺の胸元からゆっくりと顔を離し、こちらを見上げた。

 

「ラグ……、大好き……」


 そう告げた彼女の笑顔は、二度と戻って来ないと思っていたはずの幼き日のルーシィのままだった。





「コホン。イチャついているところ悪いんじゃがそろそろええかの?」


 不意にスカーレットの声がして、俺は我に返り、恥ずかしくなって慌ててルーシィから離れた。

 ルーシィが寂しそうな表情を見せたのに気付いて、少し罪悪感を感じたけれど、よくよく考えれば俺もルーシィもあの頃みたいにもう子供じゃない。

 やっぱり過度なスキンシップは良く無いよな。うん。


「ラグナスよ。ルーシィには昔と違っているところがあるんじゃが、そこには気付いたかの?」


「違っているところ? ああ、そう言えば……」


 ルーシィに会えた嬉しさで忘れていたけれど、確かに違和感が一点だけ。


「ルーシィ。その左眼どうした?」


 確かルーシィの瞳の色は、髪の色と同系色の青色だったはず。

 右眼は昔のままだけれど、左眼は透き通るような白い瞳をしている。

 そう、その色合いはまるで……。


「いや、ちょっと待て」


 俺はルーシィへと近寄り、そっと彼女の頬を両手でつかみ、左眼を覗き込んだ。

 ルーシィは少し顔を赤らめているが、いやいや、俺も恥ずかしいけど今はそれを忍んでも確認したいことがある。

 おい、これってまさか……。


「スキルクリスタル……か?」


 彼女の左眼。

 その色合いは今まで見てきたスキルクリスタルに酷似していた。

 ルーシィは俺の言を受け、コクコクと首を縦に振る。


「何でルーシィの眼がスキルクリスタルになっているんだ?」


「リーゼベトと戦争が始まった時、スキルクリスタルが私の眼に移植されたの。ロネはこのロギメルのスキルクリスタルを欲していたから……」


「スキルクリスタルを欲していた?」


「そう。もともとリーゼベトが宣戦布告したのは、ロギメルがスキルクリスタルの譲渡を断ったから。だから絶対にロネの手にこれが渡らないようスキルクリスタルを隠す必要性があったの。そしていよいよ敗戦が濃厚になった時、私はスカーレットさんの魔法で馬に姿を変え、このスキルクリスタルごと姿を眩ませることに成功した」


「ちょっとストップ」


 ルーシィの説明に一部聞き捨てならないことがあったので、会話を止める。


「スカーレットの魔法で馬になったのか?」


「うん」


 俺の問いに隠す素振りを見せず、ルーシィは肯定する。


「だ、そうだが? 糞のじゃロリ吸血鬼」


「誰が糞のじゃロリ吸血じゃ! 全く失礼な奴じゃのお主は……ああぁぁっ!?」


 俺は瞬時に天下無双を発動させ、糞吸血鬼の胸ぐらをつかみ持ち上げると、喉元に手刀をつきつけた。


「御託はいい。何か現世に言い残しておくことがあれば聞いてやるぞ」


 これまで世話になって情けだ。

 せめて最後の言葉くらいは残させておいてやろう。


「待つのじゃ、待つのじゃ! 儂が馬に変えたのはルーデンスとルーシィのたっての願いじゃ!」


「ルーシィの願い?」


 俺はルーシィの方へ顔を向け真偽を確かめる。


「私からスカーレットさんにお願いした。そうしないと多分私は死んでいたと思うから」


 それを聞き、俺はとりあえずスカーレットから手を離す。

 スカーレットはそのまま重力に従い地面へと落下し、大きく尻餅をついた。


「あたっ! 全く儂の扱いがちぃと酷過ぎると思うんじゃがな」


 ぶつぶつと俺を恨みがましく睨みつけながらスカーレットは文句を垂れる。

 が、俺としてはまだ合点がいかないことがあった。


「なんで自分では解呪できない呪系統の魔法を使った?」


 呪系統の魔法は、術の魔力を大幅に上回る魔力を以てしか解呪することができない。

 俺の見立てではスカーレットは相当の魔法の使い手。

 そう簡単に自身を超えるような魔法の使い手が現れることはないことなんて分かりきっているはずだ。


「ラグが元に戻してくれるからって……」


 するとルーシィが俺の前に歩み出てそう告げた。


「スカーレットさんが、大きくなったラグが元に戻してくれるから大丈夫だって言ったの」


 大きくなった俺が元に戻す?


「儂は魔眼の吸血鬼じゃぞ。今日という日が訪れることを知らないはずがないじゃろ」


 お尻をさすりながら俺に向かってスカーレットはそう言う。

 俺がエリクサーを手に入れ、ルーシィを馬から人へと戻す……、そんな未来を見通していたということか。


「何故教えてくれなかったのか……という顔をしておるの」


「ああ、そうだな」


 そう、それならそれで最初から全て説明をしてくれれば良かったはずだ。

 それともまたこいつは面白くないからという理由で俺に説明をしなかったというのか?

 それならそれで人を小馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたくなる。


「この際じゃからはっきりと言っておくが、儂がお主に明確な未来を伝えることは無い。儂ができるのはお主の指針を示すことだけ。これはラグナスお主の、ひいてはお主の未来のためなのじゃからな」


「俺の未来のため……?」


「ここに居る儂が、未来を伝えないという選択をしたことにより、どのような未来になるのかは正直儂にも分からん。じゃが、未来を伝えるという選択をしたことにより訪れる未来よりかは、お主が救われることを信じて儂はこの意思を貫いておるのじゃ」


「待て、言っている意味がさっぱり……」


「今はそれでいいのじゃ。その代わり、時が来たら全てをお主に伝えることを約束するのじゃ。それよりも……」


 話はこれまでというようにスカーレットは切り上げ、すっとルーシィの方を指差す。


「新しいスキルはいいのか?」


 俺ははっ、としてルーシィに向き直る。

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