第三十九話 ニナ・ユーレシュ⑤
「二――ナ・ユーレシュの名において命ずる。赤は真炎、陽光纏いし心臓、天、海、地、神に仇なす全ての愚者に黒を超えた裁きの溶解を! 『レッド・プロミネンス』!」
王都スノーデンから少し離れた氷の平原ホワイトフィールド。
そこにニナの透き通った声が響き渡る。
刹那、空中に小さな赤い球体が発生したかと思うと、何倍、何十倍、何百倍にも膨れ上がり、静かにその身を地面に落とした。
超級魔法『レッド・プロミネンス』。
文字通り上級魔法を超えた魔法。
それにより顕現した疑似太陽は、雪と氷に包まれた平原を溶かしながら地に沈んでいく。
そして赤い光とともに爆散し、巨大なクレーターを残して消滅した。
「でき……た」
ニナは倒れそうになるのを堪える。
一般的に上級魔法を扱えた時点で魔法使いとしてはエリートだ。
ましてやそれを超える超級魔法にまで達するのはごく一握り。
その頂に、ニナはわずか12歳という若さでたどり着いていた。
◇
「すごいですよ、ニナ様! 感服いたしました」
「ええ、ありがとう」
スノーデンへ帰る道程、馬車の中。
隣ではしゃぐメイド兼護衛のモニカ・ブラントールを尻目に、ニナは嘆息する。
超級魔法の修練を始めてから今日まで、四年かかった。
と、同時に、その年月はニナが剣の修練から逃げ出してから――という年月に他ならなかった。
四年前、ニナはロギメル陥落の話を聞き、考えを改めた。
このまま色々なことに手を出していてはだめだと。
器用貧乏となるぐらいならば、いっそのこと自分の得意なことに一極集中すべきだと。
「ごめんなさい」
ニナはマルビスに頭を垂れて謝罪する。
自分から志願しておいて中途半端な状態で終えてしまうこと、無駄な時間をマルビスに使わせてしまったことを。
「いえ、いいのです」
そんなニナに対しマルビスは優しく微笑みかけた。
「以前にも申し上げましたがニナ様は魔法に才のあるお方。遅かれ早かれ私の方からも進言をしようと思っていたところですから」
◇
「どうされましたニナ様?」
「えっ!?」
不意に自分の名前を呼ばれ、はっと我に返る。
目の前にはこちらを不思議そうに覗き込むモニカの顔があった。
「いえ、なんだかあまり嬉しそうではないなと思いまして」
「そんなことは……ない」
超級魔法への到達はあの日からの目標だ。嬉しくないはずがない。
だがどうしても胸につっかえるものがある。それが何なのかはニナには分かっていた。
「そうですか。あ、スノーデンが見えてきましたよ」
モニカは馬車の窓から外を指差す。
ニナがそちらへ目を向けると、遠目に自らが住まう白氷の青殿が見えた。
帰城したらまず父と母に報告。あと、いつも良くしてくれるルードと――、マルビスにも伝えておこう。
ニナはそう思いながら、腰元の細剣をゆっくりと撫でた。
◇
王城の地下。
書物庫と呼ばれるその一室にニナは居た。
超級魔法の報告を父にした際、感激した父から書物庫の出入りを許可されたためだ。
広さにして自室と同じ大きさ。だが、ここに蔵書されている書物は全て国宝級のものばかり。
魔法関連の書物で自身の力になるようなものが無いかと、早速訪れたのだ。
「えっと――」
手に取る書物がどれも表紙がボロボロになっており、書いてある文字も古代文字であるのか良く分からない。
これを読むにはまず古代文字を勉強する必要があるのか……。
そう考えると少し頭が重くなる。
「?」
不意に目を向けた先。
気になる装丁の本が目から離れない。
ニナはそれを手にとって表紙を見てみる。
比較的綺麗な表紙には、他の書物と同じく古代文字で書かれていると思われるタイトル。
しかしそのタイトルは古代文字に造詣が深くないニナでも分かった。
「禁……魔法?」
古代文字で「禁魔法」と書かれた青い書物。
ニナは魔法の基礎学で習った記憶を手繰り寄せる。
魔法の序列は、下から下級魔法、中級魔法、上級魔法、そして超級魔法となっている。
その最上位に位置する超級魔法の中で、その効力から古代に使用が禁止された魔法があると教えられた。
畏怖から、それらは総じて「禁魔法」と呼ばれた……とも。
「確か禁止された理由は威力だけじゃなかったはず」
その時教えられたのは「禁魔法」のデメリット。
威力が絶大である故に、術者へ激しい反動があるというもの。
中には一発唱えるだけで命が失われるものもあったらしいとは、その時の教師の話だ。
禁止されたのはどちらかというとこの反動の激しさ故とも言われているとも言っていた。
ニナはゴクリと生唾を飲み込む。
これを習得すれば、魔法において自らの右に出る者は居ない。
ましてやそれが他国に知れれば、それだけでもしかしたら牽制になるかもしれない。
ユーレシュに手を出せば、禁魔法の使い手が黙ってはいない――と。
ニナはゆっくりとその本を開く。
この本に書いてある魔法さえ習得できれば――。
しかし、中に書いてある文字まではさすがに読み切れなかった。
ふぅ、と一息つく。
「古代文字、やっぱり勉強しないと……」
ニナはそう決意を新たにし、青色の表紙を閉じた。
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