第七十七話 おしゃべり好きな同行者

「お待ちしておりました」


 ヴィヴロさんと別れた俺たちがライラ王女との待ち合わせの場所に向かうと、そこには一人の少女が立っていた。

 口元を隠し、まるで盗賊のような服装に身をつつんだ彼女は、俺たちを見つけるやいなやそう一言つぶやく。


「ライラ……王女?」


 見てくれはライラ王女だけれど、どこか雰囲気が違った。

 どこがと言われると分からないけれど、どこかクールっぽいと言うか……。


「はい。正確にはライラ・インステッドの複製体ですが」


「複製体?」


「はい。ライラ・インステッドの持つスキル『コピードール』により生み出された存在、それが私です。ライラ・インステッドに代わり、『雲海の大樹』へは私が同行いたします。道中、私のことはライカとお呼びください」


 そう言って恭しくお辞儀をするライカ。

 なるほど、ライラ王女本人が俺たちに同行するのではなく、このライカという言わば分身のような存在を俺たちと同行させるってことか。


「ライラじゃなくてライカって呼べばいいのか?」


「はい。それがライラ・インステッドより付けられた私の名前ですから」


 私の名前……か。


「複製体とはいえ、わざわざ名前を付ける必要性があるのか」


 俺が思考を巡らせていると、ライカが俺に向けそう言い放つ。

 そして、呆気にとられている俺を見つめながら首を傾げた。


「そうお考えかと思いましたが?」


「あ、あぁ。そうだけど」


 自分の考えを言い当てられたことに驚きながらも、俺は頷く。


「『コピードール』とは自身の力の半分を使って複製体を作り出すスキルですが、発動には複製体に名前を付けることが条件となります。ライラ・インステッドがスキルの発動の際に私に付けた名前がライカということです」


 ライカは俺とルーシィへ向けて淡々と説明をする。

 何だろう。複製体である彼女自身が複製体複製体と連呼するに違和感を覚えるのは俺だけだろうか。


「複製体に意思などは存在するのか」


 何だか得体のしれない気持ち悪さを抱えていると、ライカが俺に向けてそう言い放ち、首を傾げた。


「そうお考えかと思いましたが?」


「いや、それは特に……」


「私自身の性格、感情の有無などはスキル発動の際、発動者の任意選択によってメイキングされます。そして本体が任意のタイミングで複製体を自身へ戻す、または複製体が死んだ場合は、複製体が得た経験及び記憶は本体へ瞬時に還元されます。あ、ちなみに複製された際に本体の記憶も複製体に引き継がれており――」


「いやいや、聞いてないって。参考にはなったけど」


 特段聞いてもいないのにペラペラとスキルについて語るライカを俺は制止する。


「そうでしたか。これは失礼いたしました」


 そう言ってライカは再び恭しくお辞儀をする。


「何か、変な人」


 小声で俺にだけ聞こえるようにそうつぶやくルーシィ。

 まぁ、確かにそうは思うけど悪いのはどちらかというと発動者であるライラ王女自身だと思うけどな。というかなんでこんな口軽な性格にしたのだろうか。


「何故こんなにも口軽なのか」


 ……。


「そうお考えかと思いましたが?」


「あぁ、そうお考えだよ」


「それはライラ・インステッドが私を生み出す際にそのようにメイキングしたからです。道中お二方がお暇にならないよう誠心誠意私が喋り続けさせていただきます」


「喋り続けなくていいから。最低限でいいから」


「そうですか。残念です」


 全く残念そうじゃない顔でライカはそう言う。

 ホント、なんでこんな性格にしたんだろう……。



「これはカッコイの実ですね。スティウルスの大好物で、とりあえずこれを持っていれば万が一スティウルスと出くわしても大丈夫です。これを投げればスティウルスはそちらへ一目散。夢中になっている間に逃げ切れる代物です。ちなみに赤い果肉からも分かるように主成分は――」


「へぇー」


「あっ、気を付けてください。ナイトウルフです。夜行性で凶暴な性格ですが、落ち着いて対処すれば大した敵ではありません。あ、ちなみに私は本体の半分の力しか持っておりませんので、戦闘はできません」


「諸々知ってる」


「もうすぐで到着する竜の巣とは、その昔、『黄の災獣』と呼ばれた巨竜の魔物が英雄との戦いの末に命を散らせながらその身を横たえた衝撃で抉られた地面が峡谷となったという言い伝えから、そう呼ばれるようになったそうです。あ、ちなみに英雄というのは――」


「大丈夫。それ以降は知ってる」


 といったやり取りが延々と続き、気が付けば俺たちは竜の巣へとたどり着いていた。

 確かに道中暇はしなかったけれど、この永遠と喋り続ける体力はどこから湧き出ているのだろうか。


「ここが竜の巣です。この峡谷を東へ向かった先の竜の頭の先端、ラオツァディー公国との国境に目指すべき風鳴りの丘があります」


 竜の巣はトロル討伐の際に訪れているためこの景色は二度目だ。

 とはいえ前回は不測の事態ですぐにここを離れたため、周辺の探索をしていないことを鑑みると初めてに等しい。

 というか、竜の巣の言い伝えは初めて聞いたけど、ギルドでは確か竜の頭がインステッド側で、尾がラオツァディー側って言っていた気がする。

 さっき竜の頭の先端って言ってたけど、そこは竜の尾じゃないのか? 俺の聞き間違いだったんだろうか。



 俺たちはライカの喋りをBGMとして竜の巣を更に東へと進んだ。

 途中途中で何度か魔物と対峙したけれど、どれもルーシィの敵じゃなかった。

 ここで俺の敵じゃなかったって言えないところが悲しい。


 しばらく進んだところで、俺にも分かるほどに急に空気感が変わったのが分かった。

 それまでの渇いた荒々しい空気とは違い、どこか澄んでいて落ち着いた空気。


「風が気持ちいい」


 ルーシィも目を細め、吹く風に身体を委ねている。


「風鳴りの丘は、風の精霊の力が最も高まる土地です。精霊術士にとっての四大聖地の一つとされ、ここの空気はいつも澄んでいてよどみがありません。ご覧ください。もうそこに見えています」


 ライカが指差す先には、一面に広がる緑の平原の中、自身の存在感を示すかのように天に向かう小高い丘があった。

 その天辺には、何やら古めかしい建物跡のようなものが微かに見える。


 あれが風鳴りの丘……。


 ライラ王女が言うには、あの風鳴りの丘で風の精霊の力を借りることで『雲海の大樹』にたどり着くことができるという。

 パッと見、空には『雲海の大樹』と呼ばれるものは見えないが、兎にも角にもここまで来たからにはあの丘でルーシィの力を試してみる他ない。

 俺たち三人はお互いの顔を見合わせると、コクリと一つ頷き、風鳴りの丘へ向けて歩を進めた。

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