第十二話 大猪討伐戦
俺たちは村長の家へ通され、大猪に襲われるようになった経緯を聞いた。
どうやら村の人間が大猪の子供を狩ろうとしていたところを見つかり、執拗に追い回された挙句、村の位置を特定されてしまったらしい。
村の畑は荒らされ、狩ろうとしていた村人やその他何人もが大猪の牙の犠牲となったそうだ。
現在村が閑散としているのは、大猪を恐れた村人たちが家に閉じこもってしまった結果らしい。
「報復か」
村人たちが生きるためとはいえ、大猪からしたら自分の子供を襲われたのだ。それが今も続いているのを考えると、当時の怒りは相当なものだったのだろう。
「何とも言えませんね。正しい事とは何なのかを考えさせられます」
「そんなことは関係ないだろう」
迷いが生じたアールヴに対して俺はピシャリと断言した。
「食うか食われるかの世界に正義や悪はない。殺るか、殺られるかだけだ」
「そんな、言い方……」
「それで村長。大猪の来襲はいつ頃になる?」
アールヴの言葉を切って、俺は村長へ言葉を投げる。彼女の言いたいことも分かるが、今は時間の無駄だ。
「いつも通りであれば、日が暮れた辺りで姿を現します。それまでは家でゆっくりしていただいて構いませんので」
「分かった」
俺はそれだけ頷くと、使っていいと言われた部屋に案内をしてもらい、ベッドへ横になった。
すると、アールヴはすごく納得をしていないといった表情で、横たわる俺に傍らにやってくる。
「ロクス。さっきのことなのですが……」
「これは人間と大猪の、それぞれが自分の守りたいもののための喧嘩だ。強いて言うなら、それぞれが思う正しい事の為に動いているんじゃないのか?」
そして、俺はチラとアールヴの方へ目を向けた。
「で、お前はどっちに付くつもりなんだ?」
「そ、それは勿論村側の方ですけど……」
「じゃあうだうだ考えてないで今晩の戦いのために体力残しとけよ。いざって時に動けない奴ほど使えないものは無いんだからな」
そして、俺はそれだけ言うと彼女に背を向けて目をつむった。それ以上に話すことは無いからな。
「――いちいち正論ばかりですねロクスは。レベル1のくせに」
残念でしたー。朝からのエンカウント続きで今はレベル5ですー。
俺は数時間ほど仮眠を取り、起きて軽い食事を済ませる。
その後の軽いウォーミングアップ中にアールヴが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「ねえロクス。ロクスの力があれば苦戦はしないと思いますが、何故そこまで準備を徹底するんですか?」
恐らくアールヴはこう言いたいのだろう。どうせ、天下無双で一撃なのにどうしてそこまでするのかと。
まぁ、相手は切れた大猪1頭だけだし、それもそうなのだが……。
「念を入れるに越したことは無いだろう。戦いは何が起こるか分からないしな」
「そういうものなのですか」
「そういうもんだ」
そして軽く体が温まったところで、遠くから地響きが聞こえてきた。
「来なすったみたいだ」
「ですね。頑張りましょう、ロクス!」
村長の家を出て、俺たちはその音がする方へ小走りで近づく。
少しでも村に被害を出さないために、できるだけ村から離れたところで迎撃したいところだ。
ある程度走り、村を出てすぐのところでそいつが見えた。
まだ少し距離はあるから正確には分からないけれど、推定で俺の身長の倍、3メートル以上は確実にある。大猪とはその通りだなと思った。
「アールヴ。あいつの足止めできるか?」
「了解です」
そう言って、アールヴは両手を大猪の方へ向けた。
「『アースバインド』」
彼女がそう唱えると、地面からツタが生え、大猪の後足に絡みついた。
足を取られた大猪は、勢いのまま鼻を地面に叩きつける。
それを確認した俺は瞬時に天下無双を発動させた。
刹那の後、虹色のオーラに包まれ、力が溢れ出てくる。
俺は地面を蹴り、瞬間移動のごとき速さで大猪に迫ると、思い切り鼻づら目掛けてアッパーを繰り出した。
「終わりだ!」
俺の拳が大猪に当たった瞬間、大猪の顔が血飛沫と共に弾け飛び、体躯は空高く舞い上がった。
そして、ドシンという音ともに力なきそれが地面に横たわった。
「お、終わったのですか?」
ちょうど天下無双の効果が切れたタイミングでアールヴが駆け寄ってくる。
「ああ。やっぱりこのスキルの前では大したことは無かったな」
改めて自分のこのスキルに戦慄する。
Cランク相当とされるモンスターでさえ一撃で屠れるこの力は、とんでもないものだなと。
その後俺は大猪の解体を始めた。
当分の間の村人たちの食料になるし、牙と骨は武具にしてもいいし、最悪金にも変わるからだ。
ちなみに、雄だったらしく、精巣も上手く切り取っておいた。猪のコレは薬屋に持っていくと滋養強壮のある薬に変わるからな。
それに、アイテムボックスに収めようと思うと、持てるぐらいのサイズにしておく必要がある。
アイテムボックスとは空間魔法の一つで、異空間に物を収めておくことができるというものだ。
「なあアールヴ。アイテムボックスの容量ってどのくらいだ?」
容量は、その人物の魔力の総量で決まる。ちなみにレベル1の時の俺の容量は、この護身用の剣が一本収まる程度だ。
「えっと、この大猪1頭分ぐらいでしたらギリギリ大丈夫です」
ある程度何かしら入っているのか、ごそごそと確認した後彼女はそう告げる。
「そうか。結構入るんだな」
これが丸っと入ると言うことはそこそこの魔力なんだなと思う。
今までの戦い方からも、もしかしたらアールヴは魔法適性が高いのかもしれない。
「何だか初めてロクスに勝った気がします」
「言っとけ。ほら、解体できたところから収納していってくれ」
二人でえっちらおっちら解体と収納を繰り返し、1時間ほどで全ての収納を終えた。
「やっと終わりましたねー」
ふぅ、とアールヴは汗をぬぐった。
「それじゃあ帰りますか」
ドシン。
「ああ、そうだ……、ん?」
気のせいか?
「どうしましたロクス?」
アールヴが俺の顔を覗き込んでくる。さっきの音に気付かなかったのか?
「いや、何でも……」
ドシン。
ないと言いかけたところで、再び先ほどと同じ音がする。
今度はアールヴも気づいたのか俺の顔を慌てて見た。
「この音、何なのでしょう」
声に少し焦りが感じられる。
ドシンという音はどんどんと近づいてくる。やがて、その音が間近まで迫った時に俺たちの目でもはっきりとそれが見えた。
「お、大猪……」
アールヴの声は完全に動揺していた。気が合うな、俺も今同じ状態だ。背中の汗が尋常じゃない。
倒したと思ったのに、何故か別の大猪がこちらへ向かってきたんだからな。
そんな中でも原因を俺の中で考える。何故こういう状況になるのかと。
そして、俺は村長の言葉を思い出し、ハハハと乾いた笑いを浮かべた。
どうして、切れた大猪が1頭だけだと勘違いしていたのか。自分のバカさ加減が笑えてくる。
「ロクス?」
「そりゃそうだよな。自分の子供が襲われて、怒っていたのはお父さんだけじゃなかったってことだ!」
ブモオオオオオオオ!
大きな鳴き声と共に、その雌だと思われる大猪は、こちらへ向け突進を開始した。
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