第28話 冷えた心

 須藤はしばしそのままでいましたが、やがて後始末をしていました。私はぼんやりと彼を眺めていましたが、けだるい疲れの中でベッドの感触が気持ち良く、少し眠ってしまいました。


 どの程度の時間だったのかはわかりませんが、それほど長い時間ではなかったように思います。ふと目を覚ますと、隣にいた須藤が私を眺めていました。


「ユリちゃん、気持ち良さそうに寝ていたね。疲れていたの?」


 軽く笑いながら須藤が言いました。私はあの後は眠くなってしまうのですが、須藤は元気そうでした。彼は日頃、夜にランニングをするだとか、長距離を歩くだとか、身体を鍛えている風な話を聞いたことがあったので体力には自信があるようでした。


「すみません。ベッドが気持ち良くて・・・せっかくなので、もう一度お風呂に行ってきます。」


 裸のままだったので私はお風呂場へ向かいました。先ほどは窓からの景色を堪能する間もなかったので、今度こそゆっくりとお湯につかりたいと思いました。


 再びの入浴は、お湯につかる時の心地良さは格別なうえ、窓から海を眺められるのはなんとも贅沢でした。温泉は大好きでしたから、須藤がこのような場所に連れてきてくれたことを感謝していました。


 ですが私は須藤を愛するつもりはありませんでした。彼は私に恋していて、愛していると言いましたが、そんな彼の思いなど、一時的な勘違いのようなものだと私には映っていました。家族からの愛を得られない彼の淋しさをしばしの間、紛らわせるだけの存在であろうと心得ていました。


 そうありながらも、須藤から与えられるものは心地よく、彼から大事にされていると感じているのも事実でした。うっかりしていると、自分がしだいに自堕落になってしまいかねないとどこかで危機感を抱いていました。


 彼が思い違いをしていても、自分は冷静でいなければと思いました。あの人が私を愛していると言おうが、所詮私など都合良く使われ、隠れて遊ばれるだけの愛人にすぎないのだと。


 ですが愛人というのは悪くない立場だとも実感していました。


 結婚よりもずっといい。あれほど窮屈で割に合わない大変なことを、なぜわざわざ願ったのか。専業主婦だった頃は、やはり主婦の仲間がいて、昼間に会ったり話したりする時間もありましたが、多くの友人は夫に対して不満を抱いていました。それぞれの夫たちに対して悪口を並べ、つかの間のうさ晴らしをする間柄だったように思えます。勿論私もそのひとりでした。元夫への深刻な不満をさんざんこぼしたものでした。


 独身の頃は結婚生活というものを知らないからこそ結婚をしたがるのだと考えずにはいられません。知らないからできるのであり、知っていたら、あえてしたいとは思わなかったでしょう。


 個人的に私は、良い相手ではなかったせいもあり結婚に対して絶望していました。偏った考えではあるのでしょうが、仕事や収入さえあれば、二度と結婚などしたくないと思わずにはいられませんでした。


 同じく結婚に失敗しているらしい須藤にとっても、私は都合の良い相手だったのでしょう。私に結婚願望がないところも、遊び相手としてうってつけだったのかもしれません。既婚男性にとって魅力的に映る独身の不倫相手が、やがて本気になって面倒を起こすというリスクが起こりにくいと踏んだのでしょうか。


 結局のところ、須藤と私は互いにとって、都合の良い相手だったのかもしれません。

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