第88話 更衣室

 かねてから気になっていた件をとうとう須藤に話すことができたものの、まだ気持ちはもやもやとしていました。この日も残業もして遅い時間になっていて、須藤と話すのに緊張したせいもあって疲れていました。


 事務所のメインフロアを出た私は給湯室へ寄りました。そこにはコーヒーやお茶を淹れられる機械が設置されていました。カップにお茶を淹れると、女子更衣室へ向かいました。日によってはスーツのまま出社して着替えないこともありましたが、基本的には私服で出社し会社で着替えるようにしていました。


 更衣室は休憩スペースも兼ねていて、一呼吸できるようなテーブルや椅子もありました。テーブルの上には持ち寄ったお菓子が置かれていて、仕事が終わるとお茶を飲みながら甘いものをいただくのが習慣になっていました。


 更衣室へ着くと、私はテーブルの上にあるお菓子を物色しました。お菓子用のカゴに入れられた飴やチョコレートの他にも、どなたかの差し入れのクッキーがありました。


 着替える前にさっそく頂こうと思っていると、更衣室のドアが開きました。この日残っていた女性は自分が最後と思っていましたから、不思議に思ってそちらを見ました。


 すると驚いたことに、ドアを開けて入ってきたのは須藤でした。私は目を疑いました。


「・・・須藤部長、どうしたんですか?こんな所へ来るなんて。」


 私は女子更衣室へ入ってきた須藤に面食らいました。


「誰かに見られたら大変です。」


 さすがに私も驚き呆れました。


「俺もここに入ったのは初めてだよ。こんな風になっているんだね。」


 須藤は物珍しそうに更衣室の中を見回しました。


「この時間だと女子社員はもうユリちゃんしかいないのはわかってたから。でもカギはかけた方がいいんじゃない?ドアが開いたから、こっちが驚いたよ。着替えをする場所なのに不用心だよね・・・」


 須藤はドアの鍵を締めながら忠告するかのようでした。更衣室にまでやってきて、予想外の言い草にまた呆れました。本当に変わった人だとつくづく思いました。


「そんな、誰もカギなんてかけませんよ。普通は女性しか出入りしませんから・・・カギをしめたり開けたりなんて面倒じゃないですか。」


「でも、最後の人は念のためカギをかけた方がいいと思うけど。いつ誰が入ろうとするかわからないんだから。」


 須藤の言い分はある意味正しいのかもしれないと思いました。


「ほんとですね。私も須藤部長がここまで踏み込んでくるとは想像していませんでしたけど。須藤部長のような方が他にいないとも限りませんしね・・・」


 いくぶん冷ややかに皮肉をこめて告げると、須藤は苦笑いしつつ呟きました。


「いや、さっきね・・・きちんとユリちゃんと話せていない気がしたから。部署を変わりたいというのは本心かい?」


 ふと、須藤が怖いほどに鋭い視線を向けたので、気持ちを伝えるのを一瞬躊躇しました。

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