第89話 口論

「それは・・・やはり、もともと営業の仕事を望んでいたわけではありませんし・・・できれば内勤に戻りたいという気持ちは常にあるんです。いろいろ教えていただいた須藤部長には悪いんですけど。」


 無意識に彼から顔を逸らしていました。いくぶん決まり悪く感じながら、歯切れ悪く返事をしました。


「・・・それはユリちゃんが、俺と距離を置きたいということではないの?俺の気のせいじゃなければ、最近のユリちゃんはよそよそしく感じていたけど・・・」


 意外な彼の言葉に腑に落ちない思いでした。しばらくの間、はっきりとした期間はわかりませんが、むしろ須藤の方が私に対して冷ややかだったと感じていました。なぜ彼からそのように言われなくてはならないのかと思いました。


「・・・それは私よりも、須藤部長の方がいろいろ忙しくされているようで、私のことなど構っていられないご様子でしたけど・・・」


 少々苛立ちを覚えながら彼を見返しました。須藤はきっと心変わりをして、あの綺麗な倉木さんに惹かれているのだと感じないではいられませんでした。私に対してはもう、かつてのように熱のこもった眼差しを向けていないのは彼だったはずでした。


 私は須藤をあしらうように、持ってきていたお茶へ口をつけました。互いにしばしの沈黙がありました。


「・・・最近よく、夕方過ぎになるとユリちゃんへ取引先以外の人から電話がかかってくるようだけど。携帯でよく話しているよね。」


 私に劣らず冷ややかな声で須藤は告げました。いきなり思いがけない話をされて、内心動揺しました。そっと彼を見返し、何か言わなくてはと思いましたが、なんと答えてよいのかわからず言葉を詰まらせました。


「・・・吉澤さんって人からじゃないの?少し前は会社の代表電話にもよく電話が来ていて、最近では、ユリちゃんが携帯で敬語じゃない話し方をしている時がある。」


 須藤の指摘に再び驚き言葉を失いました。確かに須藤の席は私のすぐそばですが、携帯での会話に気付かれていたとは思っていませんでした。さすがに気まずい思いをしました。


「・・・すみません。古い友人から、どういうわけか、最近よくかかってくるようになっていたのですが・・・」


 須藤が貴之との会話を聞いていたのかと思うと、不気味なような、怖いような思いにかられました。ですが短い時間で、ごく乾いた内容の話しかしていないはずでした。


「古い友人?吉澤って、ユリちゃんが入社した頃の名字と同じじゃないか。電話の相手って、ユリちゃんの元旦那じゃないの?」


 須藤はいよいよ核心に迫ってきました。彼の顔つきが険しくなっていて、心怯みそうになりました。嘘をつくべきか、元夫であることを認めるべきか混乱していました。

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