第3話 娼婦

 だから、どうしたと言うの?


 鏡に映る自分を見つめ返しながら、私は自分に問いかけました。


 こんな私の身体など、それほど執着して守るべきものでもなかったのかもしれない、とまた別の声がしました。


 私の身体など。貴之だって、興味を失くしていたのだから。


 元夫の貴之と離婚した頃、私達はセックスレスの状態でした。いつ頃からそうなったのか、はっきりとは覚えていませんでした。もしかすると、結婚する以前からか、結婚後間もなかったのか、いつしか私はそのことで悩むようになりました。


 交際の年数が経つうちに、だんだんと頻度は少なくなってゆきました。交際を始めた頃はお互い若かったこともあり、頻繁にしていました。ですがやがて、いつの間にか少しずつ、私達は体を交わす機会が少なくなってゆきました。


 互いに年を重ねるにつれ、そんなものかもしれない、と思いました。ですが本当は、貴之から求められないことに不安と淋しさを抱えていました。たまに、私から求めることもありました。ですが気のなさそうな彼の様子にいっそう私は傷つきました。


 私など、もう魅力がないのだろうと思うしかありませんでした。貴之と付き合い始めた19歳の頃とは違うのだから、無理もないのだと自分に言い聞かせました。仕方のないことだと諦めるのが賢いことのように考えていました。自分の奥深くにひそむ悲しみや切望とは向き合わず、ふたをすることを私は選びました。


 身体の触れ合う機会は少なくとも、夫婦として互いを大切にすることが結婚というものだと考えることにしました。はっきりとした予定はありませんでしたが、いずれは子供を持つかもしれないという思いもありました。


 ですが現実には、私達の結婚生活は、互いを大切にし合う関係とは言い難いものでした。貴之はある専門的な職種の人でしたが、ある時部署の異動があってから、職場のストレスが大きくなっていたようでした。


 帰宅してからも彼はいつもぎすぎすした態度で、彼といる時は心の休まる暇がありませんでした。何か言えばそのたびに批判され、私は自分を責めるようになってゆきました。


 貴之との結婚生活を思い返すといまだに心が痛みます。それだけに、再就職をして彼と別れられたことは、あの頃の自分を救ってくれたと思うのです。その会社で正社員になれたのは願ってもないことでした。


 須藤が私の身体をもてあそびたかっただけだとしても、私には価値のある事だった。


 それを娼婦と責めるのは、過去の私の声だったのかもしれません。過去の私は自分の中の、遠い奥の隅に追いやられ、どこかで泣いているようでした。


 それでも私には意味のあることだった。

 これから自立して生きてゆくための収入と安定が得られるなら、後悔なんてしていない。


 鏡の中の見慣れないスーツ姿の女は、傷ついた過去の私を冷ややかに諭していました。

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